第2話

空から降ってきた紙にはそんな事が書かれていた。綺麗な話だ。普段の自分と全然違う。酒に潰れては女に手を出そうとし一発平手打ちを食らう。クズみたいな習慣を繰り返していた。

酒場のドアが音を立てながら開く。昔からある建物なのに若い人が多いのは不思議だ。まぁ、この街に遊ぶところがここしかないからだろうが。

酒場の中にはハイスピードな曲が流れていて、多くの人がリズムに合わせて踊っている。

「うぁ!」

いきなり叫び声が聞こえた。多くの人が現場へと向かうと、紫色の煙が何処かから漏れているようだった。

「やぁ、若人よ。」と魔王のかなり低い声が聞こえる。

酒場のオーナーが藻掻くように動いている。首を掴まれ足が浮いた状態になっている。

「……お前らが攻めてこないからもう魔王、痺れ切らした。こいつ持ってく。」

まるでラインを十分ほど返さなかったメンヘラ彼女のようなセリフを残した後魔王は天井を開けて南西方向の何処かへと飛んでいった。

「おい、これどうするんだよ?」

酒場の勇者たちは混乱している。きっと実戦経験がないからだろう。三年前ほどまで村に低頻度で襲ってきた魔物の集団も最近には来なくなって実践するタイミングを見失ってしまったのだろう。

最近は活動する機会がなくなって勇者をやめたベテランもいると聞いた。

実戦に行けるのは…あたりを見渡す限り俺だけみたいだ。


ふと思い直した。さっき見たあの紙に書いてあること、そのままではないか。このまま駒のようにオーナーの救出へ行かされるのか。

いいや、俺は何にも縛られない男。勇者育成時代に共感に隠れて数種類の知育菓子を作り続けた男だ。あんなモノ、破って当然。

きっと誰かが助けに行くだろう。

そう決心すると私は北東方向へとあらたな娯楽場を探しに行った。カジノがあるらしくうまく行けば人生を最後まで快楽で埋め尽くせるだろう。三大欲求がすべて埋まる夢のような世界。

「おじさん、イムサ・ザオダまで。」

酒場で使う予定だったお金を交通費へと変え隣町へタクシーで向かうことにした。


ドンと大きな音と振動で目を覚ました。運転手は慌てた表情をしている。

前を見ると、魔王と同じ紫色の煙が皮膚から出ている異型の生物がいた。

「お前がこの街唯一のビビリじゃない勇者か。魔王様がもう飽き飽きしている。早く行け。」

ヘリウムガスを擦ったかのように不自然に高い声。かすかに見える白い肌と筋肉のついていない細い体つき。に魔王の部下、幹部かそれ以下くらいだろう。

「運転手さん、ここ右に曲がってください。」

俺は気にせず運転手に指示を出すが当の運転手は怯えて硬直してしまっている。俺は車前方へと勝手に移動すると運転手を押しのけ運転を始めた。

読みの通り、あの体つきでは車に追いつくわけがないし、目覚めた時に見えた魔法陣、三流魔法使いは基本一時間に一個使えて精一杯だろう。いつかの昔、魔法使いと話した時に教えてもらった。

そういえば、あのときの肉を刀で切るような感覚。罪ある生物を火を使って遺言を聞きながら死の瞬間を見ること。どれも面白かった気が…やっぱりしない。もうあんな戦いは嫌だ。

車からの眺めでも見て落ち着こう。幸い、運転手は元に戻ったようだ。


イムサ・ザオダにつくと先程の街がひどく見えるくらいに高層ビルがたくさんできていた。

街を舐め回すように探索する。歩きながら読書をする人がたくさんいた。肩がぶつかることも時々あった。

さて、地図を見るとカジノ付近に来ていた。イメージとは違ってネオンが明るくここであると教えているようなものではなく、逆に汚らしい飲食店を真似てライト層が近づかないようにしていた。

ドアを開けると…魔王がいた。別に誰かの比喩というわけでもなく、魔王だ。物語の最初にでたやつ。

「お前が一番強そうだから無理やりカジノと繋いだ。」

もうめちゃくちゃだ。もうここまで来たなら仕方ないと背中の大剣を抜くといつの間にか後ろにいた魔法使いが先制攻撃を仕掛けた。上からオーナーが見守っている。

俺の大剣を持つ手が自然と震えた。

三年前、魔王軍が最後の急襲をする一回前のときだった。切る気満々で前夜に大剣を研いでいると警報がなった。びっくりして指が刃先にちょんと触れる。指先から血が流れてくる。異常なほどに尖ってしまったみたいだ。

ここまでこれば十分だと急襲を対処しようとして大剣を引き抜こうとするとカバーが耐えきれず切れて、隣にいた魔法使いの体にあたった。

次あったのは病院。人工呼吸器に繋がれて目を開けない彼女、責任感が俺を襲うとヤケ酒を始めた。もう死んじゃって良いやって。

急襲警報が三日ぶりに鳴った。俺は家にこもっていた。たくさんの悲鳴が聞こえて、なのに俺は無気力で…。


この大剣を見ると俺はあの時のことを思い出す…。

ふと、魔王のほうに目線をやると、魔王は心配そうにこちらを見ていた。震えた手をそっと煙が包む。人肌程度に暖かい。

「人間も魔物も苦しんで生きてるんだな。俺は、人間に忘れられたのかと思って心配だった。なのに、部下が足りなくなってきて急襲ができなくなって何年か経ったのが嫌だった。頑張って編み出した瞬間移動…みんな驚いてくれて良かった。」

魔王は紫色の煙へと溶けていった。


それからというものオーナーは酒場に戻り街の人々に笑顔が戻った。

酒場での胴上げも意外と嬉しかった。

なんてこともなく、ただそれまでと同じネットを見て酒を飲んでまた眠る生活へと戻っていった。まぁこれも自分なりの幸せだ。

あの紙の最後とは全然違うが、あの紙通りに生きる筋合いもない。自由に生きて何が悪い。

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