第20話 奇襲
家から出ると、リリスは門の方まで見送りに来てくれた。
「またね、フィオちゃん。ご武運を」
「うん。ありがとう。それじゃあ──」
別れの挨拶を返そうとすると、突如として私の胸が張り裂けた。下を向くと鉄の杭のようなものの先端が突き出ており、右の肺を貫通していた。
「フィオナ!」
アランが私を庇うようにして、射線を遮る形で背後に立った。
「大……丈夫……」
即座に魔法陣を展開して傷を癒す。しかし再生の魔法といえど、体内に食い込んだ異物までもを抜き出すことはできない。それを分かっていたリリスは、私の傷口に腕を突っ込み、刃先を押し返すことでそれを取り出した。
「ウッ……!」
リリスが私の体から手を引っこ抜くと、その風穴は何とか塞がっていく。
攻撃を受けた方へと振り返ると、マスクで顔を隠した黒装束の者達がこちらを取り囲んでいた。
「暗部の連中か!」
アランが剣を抜き、周囲を警戒する。一人、また一人と姿を現し、やがては中隊規模の軍勢が見えてきた。
「暗部……?」
「ジベラールの裏部隊……教団の汚れ仕事を受け持つ暗殺集団だ」
「なるほどね。どうりで気配がなかった訳だ」
私が姿勢を起こすと、ふとリリスが前に出た。
「リリス! そっちは危険よ!」
案の定、リリスを目掛けて一斉に暗器が放たれた。私は結界を展開しようと手をかざす。
しかし暗器の雨はなぜだか一瞬にして灰に変わり、消え去ってしまった。
彼女がその小さな拳を握りしめると、膨大な魔力が漏れ出し、大気が震えはじめる。
「私のフィオちゃんに、何するの……」
そう呟くと、地中から街灯ほどの長さの槍が飛び出し、彼らを串刺しにしてしまった。
部隊長と見られる男はそれを身をよじってかわし、血の雨の中、双剣を構えながら走り込んでくる。
そいつに向けてリリスが白い魔弾を飛ばすと、生き残った周りの部下が身を盾にしてそれを受け止め、その肉壁が弾け飛んでいく。
アランが迎え討とうとして斬りかかるが、軽快に剣をいなしてから、こちらへと跳躍してきた。何かの体術だろうか。暗殺者なだけのことはあり、素早い身のこなしである。
私が正面に薔薇の結界を展開しようとすると、リリスが目を細めながら彼を見上げ、再びボソッと呟く。
「裂けろ……」
するとそいつの体は腹から下が切断されて真っ二つになってしまった。
しかしその男は諦めずに両手首から仕込み銃をこちらへと向け、鎖がついた二本の暗器を射出する。
一本は狙いが外れ、私の足元に突き刺さったが、続いて放たれたもう一本の方の切先は私の頭を捉えていた。それに反応したアランが私の前に飛び込み、剣で弾く。命中は避けられたと思った次の瞬間、地面に突き刺さった方の暗器に紐づけられた鎖が一気に縮んでいき、それに引っ張られた男がこちらに突っ込んできた。
二本目の暗器は、一本目の方を外したと思わせるためのダミー。本命は地面に突き刺した暗器を利用して私の懐に飛び込むことであり、二撃目の目的は一撃目が直接私を射抜くために放ったものに見えるよう偽装することだった。下半身を失っても動じず、あらゆる手を尽くして突撃してくる。
しかし今度こそ私は薔薇の結界でそいつを絡めとり、空中で串刺しにする。
さすがにやったと思ったその時、その男は逆さ吊りになりながらも、最後の力を振り絞って自分の胸に強く拳を押し付けた。すると胸元を中心に橙色の魔法陣が一気に展開される。
「なっ!?」
術式を見るに爆発系統の魔法である。こいつははじめから自爆するつもりだった。
発動を許してしまい、その体が内側から破裂する。
まずい。刃のように薄い薔薇の結界の強度では防御しきれない。命を魔力に換えて放った魔術ならば尚更だ。この出力ならここら一帯は吹き飛んでしまうだろう。部下でさえも巻き込むことを前提とした決死の作戦である。
爆風に飲み込まれかけたその瞬間、何故だかその爆発は時を戻したかのように爆心地にむかって収縮し、リリスの指先で赤く光る玉となって固められてしまった。
何の魔法かはさっぱり分からない。けれども今は後続の敵に対処しなければならない。結界を張り替えようとすると、リリスは爆発を圧縮させた玉を指先から放つ。地面に着弾すると、再びエネルギーを発散させ、奴らを吹き飛ばしてしまった。
部隊長がやられたのを見て、後方の生き残りは撤退しようとするが、もちろん逃しはしない。
逃走先に薔薇の結界を展開し、撃ち漏らしのないように切り刻んだ。
全滅を確認すると、リリスが私の方に振り返る。
「大丈夫……?」
「う、うん。大丈夫。巻き込んでごめん……」
友との語らいを経て、少し気が緩んでいた。油断していたことに反省していると、だんだんと顔が下がってきてしまう。
「ううん、謝るのは私の方……」
「えっ?」
「最初の一撃で確実に瞬殺できる魔法にするべきだった。フィオちゃんのこと傷つけられて頭に血が昇っちゃってさ、痛めつけて殺すことばかりに気をとられちゃった……まさかあそこまでしてくるなんて……」
アランが剣をしまいながら口を開いた。
「仕方ないさ。いくら暗部の頭とはいえ、俺も奴があんなにも執念深いとは思わなかった」
「奴って、あの自爆した?」
「ああ。ドゥルサス・ディープナイト。ジベラール暗部の部隊長だ。まあおそらくはこれも偽名だろうが……」
そういいながら、あの男が放った暗器に目をやった。
「リリス、ここら一帯にアンチ魔法を展開できるか?」
「誰に言ってるのー? もうやってるよ」
「流石だな。助かる」
辺りで術式が割れる音が聞こえてくる。おそらくは自爆用の魔法と、この辺りに仕掛けられたトラップだろう。
「それともう一押し必要ね」
杖を取り出すと、杖先から濃霧を放ち、彼らを包み込む。
「何をしたの?」
「火薬をしけらせたの。まあ持ってるかは分からないけど。爆発系の魔法を封じるだけじゃ爆弾そのものには対応できないでしょ?」
「そうね。助かるわ」
入念に置き土産をつぶしてから、ようやく死体の山に近づいた。
「まだ何人か息があるわね。情報とか聞き出せないかしら。また奇襲を受けると厄介だし……」
「いいや、無理だろう。そもそも奴らは声を出せない」
「どういうこと?」
「生まれた時から声帯を潰されてるんだ。理由は三つ。一つ目は隠密行動の際に万が一にも声が出ないようにするため。二つ目は捕虜にされたとしても口が割れないようにするため。そして三つ目は、教団から下される命令に対して一切の問答が認められていないため」
「そんなことして、部隊内の指揮伝達に困らないのかしら?」
「問題はない。暗部の者同士での会話は、全て読唇術によるものらしいからな」
「なるほど。本当に人を殺すためだけに育てられてきたってことね」
「ああ。それに幼い頃から愛国心を刷り込まれているからな、任務のためなら命も惜しまない」
「愛国心……ね……」
自爆を仕掛けてきた部隊長の肉片に視線を落とした。
「じゃあなおさら情報を引き出すのは無理そうね。リリス、こいつらいる?」
「うん! 暗部の人達の魔法、すっごく興味ある! 秘匿されてるから中々お目にかかれないんだ! もちろん魔法について話してもらうことはできないけど、体内から魔力回路と精神を無理矢理引き剥がせば結構色んな分析ができると思う!」
戦闘が終わったからか、いつもの調子で目を輝かせはじめた。シュナちゃんに心を許していたり、寂しがったりと、人の心を理解しはじめてはいたものの、やっぱりこの辺のモラルは相変わらず壊れているらしい。お気に入りでない人間のことは、しゃべるモルモット程度にしか思っていない。
「そう。なら好きにするといいわ」
「ありがとう。あとこれも、貰っちゃうね」
不敵な笑みを浮かべながら、手にこびりついた私の血を一舐めした。
「す、好きにしなさい……」
「うん、好きにする。好きだから」
「はいはい……」
どこからともなく小瓶を取り出すと、指をパチリと鳴らす。すると手に滴る私の血だけが綺麗に吸い込まれていった。満足そうに瓶の蓋を閉めると、今度は玄関の方へ声を張る。
「シュナー! 聞こえるー?」
「は、はい!」
彼女は今にも転びそうになりながら、パタパタと走って出てきた。
「そこの生きている二体、後で実験室に運んでおいてもらえる? 麻酔は薬品じゃなくて魔法でお願いね」
「はい! お任せください!」
「ありがとう。よろしくね」
シュナちゃんは運ぶために杖を持ってくると言って家へと戻って行った。
リリスはそれを見送ると、自分の手の平を抑えながらやけにいじらしそうに私を見つめてくる。
「フィオちゃん、私、さっき刀身を押し込んだから、ちょっと怪我しちゃったんだー」
「あ、ああ、そうね」
「あー、痛いなぁー。誰か私の傷を癒してくれる優しい優しい聖女様とかいないかなぁー」
「あなたならそのくらい自分で治せるでしょ」
「えー、つれないー。治してよー」
「あー、分かった分かった」
「やったー。治癒じゃなくて再生の方でお願いね!」
「分かってる。観察したいんでしょ。手、貸しなさい」
「はーい」
リリスの手をとって、祈りの言葉を唱える。
「
手の平の傷が塞がっていく。その様子を彼女はうっとりとした目で見つめていた。
「ああ……やっぱりフィオちゃんの聖魔法はいいなぁ……食べちゃいたいくらい……でも……」
「ん?」
「フィオちゃんさ、魔力の色、変わったよね? 前は真っ白じゃなかった?」
「あ、ああ、そうね。ちょっと赤黒くなってきてるかも」
「そっか。魔女になったからかな。これはこれで、フィオちゃんの悲哀を感じられてとっても素敵」
傷の修復を確認して、魔法を解いた。
「はい。おしまい」
「えー、まだ見たかったのに」
「もう治ったでしょ?」
「まだ痛い気がするー。フィオちゃん助けてー」
甘えるようにしてすがりつこうとしてくる。
「あー、もう、分かったから! 少し離れなさい!」
もう一度魔法を起動させ、魔力の輝きを見せてやると、子供のように無邪気にそれを見つめた。
「うん、やっぱり素敵。ありがとう」
「どういたしまして」
「ね、ねぇ、フィオちゃん」
「ん?」
「やっぱり私もさ、行った方がいいかな……」
「だめよ」
「……」
「もちろんリリスがいてくれたら頼もしいけど、私にはアランやロザリアのみんながいる。だから大丈夫よ。なによりリリスは、シュナちゃんと一緒にいてあげないと」
「……分かった……気をつけてね」
「うん、ありがとう」
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