第5話
なんだか後ろに気配を感じる。墨の吐かれたような空の下、人の気配もない帰り道だった。決して足音は聞こえないが、確実に何かがいる。首筋に触れる妙に冷たい空気がその「何者」かの存在を伝えた。思わず足取りが早くなっていく。だが走ってはいけない気がした。心臓が速く飛び跳ねていることが余計に私を焦らせた。下を向き肩掛けバッグを抱えて早歩きで家に向かう。急にこんなことをしているのが馬鹿らしく思えてきて、頭を上げたその瞬間、目の前には―――という映画を見た。
もう夏は過ぎているのに、あまり面白くもないホラー映画を見ていた。私自身怖いものが見たくて提案したのだが、期待外れだった。幽霊というよりかは、殺人鬼とか人間の狂気が描かれたものとかが見たかった。それでも、真菜はとてもおびえている。作戦成功だ。吊り橋効果を狙うという私の考えも、我ながらかわいいものだと思う。吊り橋効果より先に得た私の利益は、隣を覗いたら自分のスカートを握りしめて怖がっている彼女の姿が見えたことだ。そんな効果なんかよりも、真菜の多種多様な身振り、表情が尊い。常にこの子は汚してはならない、丁寧に保存するべきだと思うほど触れたら消えてしまいそうな感覚があった。そんなやわらかい塊が、暗闇の中でスクリーンの光を吸収していた。
「め、めっちゃ怖かったぁ…」
「すごい震えてたもんね。私はそんなに怖くなかったかな」
驚きつつ若干引いたような表情でこちらを見てくる。
「ええ、私は今日の夢にも出てきそうなほど怖かったよ。今も後ろに振り向けないや」
「いやぁごめんね。これくらいならいけるかなと思ったんだけどね」
真菜の頭に手を置いて優しく撫でる。これは合法だ。だって私たちは、友達だから。すべすべした髪の感覚とふんわりした香りが好きを暴れさせる。いろいろな感情が頭の中を駆け巡った。内臓も血も浮き上がるような不思議な感覚。自分でも気持ち悪いと思う笑みが形成される。自然に頭から手を離して自分じゃない自分が体から消えた。さっきの暴走を思い返すと少し恐ろしくなった。
「じゃあ次は甘いもの食べよ?あの恐怖を甘いもので拭うの」
すぐさま態度を切り替えて明るい顔で下から私の顔を覗いた。私たちは何か食べれるものを探しに歩いていった。
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