第8話

長い紺の髪に、一見和装のような布を重ねた衣装を纏うその姿は鬼神だろうと直感する。

「めーわく!すっごい迷惑なんだけどアレ!」

「…玄霊?」

「そーそれ!」

aたちは顔を見合わせた。Kは首を傾げ、シルータは頭を振る。クェイネルバロウは面白そうに笑っており、騏雲は我関せずで酒を飲んでいる。

「それで、あなたは…?」

「ヒザルビン。海を司る鬼神でーすヨロ」

ビシッと額でピースを決められた。軽い。

海神わだつみかぁ」

「んで?なんとかできんの?」

海神は腰に手を当てて問い直す。aには「出来る」と断言はできない。それはKも同じらしい。チラとクェイネルバロウを覗き見る。

「うん、試してはみたいけど、負けたら大惨事過ぎる賭けに出るには勝率が不透明だ」

「ビンちゃん、飲み込み直せる?」

Kが海神を見る。ヒザルビンのビンちゃん、らしい。ヒザルビンはその呼び名に文句はないようだが、質問内容には大層不服があるようだ。

「深海から引き揚げてみて、ダメそうならもっかい沈めるってこと?やだよ!メーワクだっつってんじゃん!?」

「出来るか出来ないかを聞いています」

「解んないよ!玄霊の抵抗次第!」

むくれるヒザルビンにシルータが問い掛ける。

「そもそも、引き揚げられるのか?玄霊の前じゃ鬼神は力を失うんだろ」

「そういやそうじゃん」

ヒザルビンは一瞬だけキョトンとした顔をして、すぐに胸を張った。

「それは出来るし。私、海だもん」

召喚という事象。火という現象。それらとは一種異なる、海という存在。強度が違う、と海神は訴える。

「え。でも、鬼神最強は火の神スクラグスって聞いてるけど」

「うん、まあ、信仰はね?信者の量は仕方ないっていうか。人間たち海出ないし。メジャーな鬼神にはなれないわけよ、海じゃ。でも海だからさ。世界の半分以上占めてるのよ、こっちは」

海神は言い募る。

「えっとじゃあ、マスカルムは?」

「死は万物に等しく訪れる逃れられないものだからね。マスカルムが力を揮えない場面はなかなかないと思う」

「海はね!」

ヒザルビンが張り合うように胸を張った。

「命の循環を司るの。死んで、生まれての繰り返し。そして人間には未だ暴かれない未知の領域。神秘だって内包してるんだから」

つまり、マスカルムとジズフの権能を自分も持つと言っているのだろう。

「なら最初から手伝ってくれたら良かったじゃん?」

「海じゃなかったじゃない」

ただしそれらは全て海域に限る、ということらしい。

「んじゃ飲み込んでる今、倒しちゃってくれていいんだけど」

「既にヘクサオクタと一緒にガリガリガリガリ削ってんのよ!でも削り切れないの!いずれ削り切れても、時間掛けたらその分被害が拡がっちゃうでしょ!」

「なぁるほど…」

既に頑張ってくれているなら文句は言えない。不法投棄したのはこちら側だ。

「あの狂気がグランチェスカに届いたらヤバイんだって!」

聞いたことのある名前に反応を返す。

「ヤバイ、とは?」

「下手するとビナーが消える!」

「シェレスキアに続いてグランチェスカか」

シルータは頭が痛そうだ。

「ヘクサオクタってゲブラーの守護獣?」

「だと思うけど…」

Kがaを見、aはシルータを見る。シルータは逡巡の後、騏雲を見た。騏雲は話はちゃんと聞いていたらしく、シルータの視線に応じて答えてくれた。

「ん?そうだぞ。よく知ってるな?そんな名前」

名前を知ったのは昨日のことだ。

「んじゃ、ぐらんちぇは手伝ってくれないの?」

「アレはもう『わざわい』だからね」

海神は、僅かに目を伏せて呟くように言った。

「無理かぁ」

襲われたことがあるからだろう。Kもそれだけでグランチェスカの協力は諦めたようだ。

「あー、そうだオーサマは?あとはコクマの人たちとか」

「魔術師たちの協力を仰ぐのは極力避けたい。面倒が多い」

確かに、海洋投棄の失態つみを態々他国に知らせることはない。

「オーサマは?」

「…俺からは何とも」

最高戦力だとは思うが、国王だ。危険な戦場に宰相諸共向かわせるわけにはいかない。

「まあそうか。いやでも、ウチら四人分以上の戦力なのに…」

王という肩書は面倒臭いものだ。

「オーサマとやらは、そんなに強いの?」

クェイネルバロウの問いにaは迷いなく肯いた。

「規格外。Kの火炎獄でも軽傷だったくらい」

「微風みたいな顔してやがったからな」

「ひえー」

「……ヴァイスにアレを?」

聞こうか聞くまいか悩んだ顔で、シルータはKを見た。

「ん、あー、うん。帝国うちの姫に手ェ出したからね。殺す気でやった」

「………」

眉間を抑えて唸り込んでしまった。仕方あるまい。

「アレはヴァイスが悪い。死んでないから、まあいいじゃん」

aの言葉にKも「そうそう」と頷きを繰り返す。はあ、と息を吐いてシルータも「そうだな」と飲み込んだ。今生きているから問題ない。

「あの時は──ああ、十年前の玄霊戦ね。あの時は自分たちの力で倒そうと思い過ぎてたよね。借りられる力は何でも借りたい構え」

aもそれには同意する。もうタクリタンのような犠牲は出したくない。とはいえ、思い付く伝手はもう出ない。

「んじゃ、まあ…準備しよっか」

a、K、シルータ、クェイネルバロウ、マスカルム、ヒザルビン、グール、ジズフ。このメンバーで玄霊戦再挑戦だ。

「がんばれー」

騏雲は三本目の酒瓶に手を掛けた。

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