第3話

逃げるようにグール宅を発ち、黒紫城の宰務室に転移した。クェイネルバロウがシセラ神官に「暫く留守にするから夫子を頼む」という旨を伝えると、グールはあからさまに「余計な事言うな」という顔をしていた。だがこどもたちは懐いているようだったし、クェイネルバロウ的には彼女は頼りになる人なのだろう。

「やっほー!……あれ?」

転移完了と共に元気に声を上げたKはハタと口を噤んだ。一拍遅れてaも理解する。シルータが部屋に居ない。どころか。

「なるほど。いつもこのように来訪なさるのですね。正面通用門からお入りください」

執務机に向かっているのは黒曜参謀長だった。Kがそっとaの後ろに身を隠す。盾にしないで欲しい。

「黒曜さん。宰相に就任したんですか?」

「いいえまさか。アーズは所用で出張中です。出来る仕事のみ代理で片付けているんですよ」

なるほど。タイミングが悪かったようだ。

「なぁんだ、シールくん居ないのか。残念だなぁ」

「あら。そちらは?」

「えーっと。シールとの共通の友人で…」

曖昧に紹介すると、クェイネルバロウは参謀長にヒラヒラと手を振って応えた。

「こんにちはー。つまがお世話になってます」

「お客人の。そうですか」

取り敢えずは初対面の人物との挨拶ということもあり、黒曜は仕事の手を止め立ち上がった。aとKはヒヤヒヤしながら見守っている。

「はじめまして、死の神官マスカルム。私は直接客人との付き合いはありませんが、城の一員として歓迎致します」

握手を交わし、クェイネルバロウは笑顔のままカルキストを振り返る。

「グールって、此処だとどんな扱い?」

「扱い辛い客人」

「まああの…人喰種だからね…腫物的な感じは否めないけど、功労者で且つ宰相シールの仲間だから…『客人』」

端的なKの発言をaが補う。殺人容疑が掛かっていたことなどもあるが、クェイネルバロウが何処まで知っているか解らない。グールのことだから何も話していなくても不思議はない。

「それより黒曜さん。今マスカルムって言った。なんで知ってんの?」

「陛下から伺ったことがあります」

「オーサマなんでも知ってんなぁ」

知っていることよりも、どういう流れでその話題になったのかが謎だ。

「それで、シールくんは何処に?」

仕事ならば出張先まで追いかけようとは思わないが、行き先を訊くくらいはいいかとaとKも黒曜に視線をやった。

「エケルットだと伺っています」

「やっぱりシール退職すんの?」

エケルットはシルータが昔治めていた土地だ。退職騒ぎの時も、いざとなったらエケルットに戻るなどと言っていたらしい。

「今の処そのような話は聞いていませんね。公務と私用の中間くらいの用事のようでしたし、覗きに行かれても宜しいのでは?」

どうやら端的にaたちが邪魔らしい。仕方ない。今だって絶賛仕事の邪魔をしている最中だ。

「んじゃ行ってみようか」

「いいのかな?」

「黒曜さんが良いって言ったって言えば大概大丈夫だよ」

遠慮がちなクェイネルバロウの手を取って、一旦街へ転移した。


「うっ 寒っ」

城内では気付けなかったが、外は随分と薄暗くて寒い。慌てて上着を取り出しつつ、ついでとばかりにフェニックスくんを喚び出した。

「久々時超えといきますか」

思い返してみれば今までエケルットにお邪魔したことはない気がする。初訪問だ。座標が解らなければ転移は使えない。そういえばクェイネルバロウはフェニックスくんともはじめましてだ。

「はいはい寄って寄って」

ぐわん!と周囲が揺らいで、見知らぬ景色に塗り変わった。


「ほい着いた」

「…なかなか大胆だね…」

いつも飄々としているクェイネルバロウも、些か顔色が悪い。検証実績が少なすぎるので何とも言い難いが、今の処転移よりも時超えの方が酔うというのは珍しい。

「いやしかし、寒いね」

「北国だもんな…」

毎回夏頃に訪問していたので、ケテルの冬を初めて体験する。まだ秋といっても良さそうな頃だが、知っている真冬よりも冷えている。氷点下は間違いない。

追加でマフラーや帽子、手袋を取り出しクェイネルバロウにも提供する。足だけがどうしても冷たいが流石にここで靴下を装備し直すわけにはいかない。三人とも長ズボンだ。

「オレの昔住んでた場所も冬は寒かったけど、ここまでじゃなかった気がするなぁ」

既に鼻が赤くなってきている。

「とっととお城にお邪魔したい」

問題は場所を知らないことだ。

「なんで確認してこなかったの?」

クェイネルバロウの最も過ぎるツッコミにカルキストふたりは目を逸らす。目的地を確認してから向かうという習慣がふたりにはない。いつも地図を連れていたというのが大きな理由だ。

「そういやホドでグールとふたりになった時、割と困った記憶があるな…」

「その話は落ち着いたらまた聞かせて欲しいけど、早くシールくんの居場所を探そう。外に長居すると凍死しそうだ」

aはぐるりと辺りを見回す。人気ひとけは少ないが、数件の商店がある。領主の居城なら住民は知っているだろう。

「んじゃテキトーに入って訊くか」

「先頭ヨロシク!」

aの後ろに回り込むK。aが溜め息を吐いている間に、

「すいませーん」

クェイネルバロウは手近な店の扉を潜っていた。

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