第3話


 ✽


 ――それから私は幾度も戦場に立った。


 英雄の剣を手にして、穢れた英雄で在り続けた。


 戦に勝利する度、秘めていた想いが欠けていくのを身に沁みながら、それでもと戦い続けた。


 初めて人を殺した時、どれほど胸が押し潰されそうになったことか。それでも、それでもと渇望する姿がどれだけ枉惑だったことか。あの時の感情でさえ、今となっては忘れてしまいそうになる。


 それでも────リトラに生きて欲しかった。だから、私は自分を正当化しようと決めた。


 戦場から勝利を収めて帰還すれば、国民から大歓声が湧き上がる。金色こんじき赤色せきしょくの豪華な王宮の一室に住まい、一生を遊んで暮らせるような富を得た。帝国中に名が馳せ、誰もが私を称賛する名誉を得た。



 そうして、私は罪深き自分を偽ったのだ。



 私は人を殺し続けた。


 殺して、殺して、殺し続けた。全ては正義の為、リトラの為と。そうして得た富と名誉、そして平和の代償に、私は私を殺している。


 戦争が落ち着いた時は街を見て回った。いつも戦場にいたからか街並みはより綺麗に見え、国民の暮らしも見ることができた。


 母と父に挟まれ、手を繋ぎながら買い物を楽しむ親子の姿。冒険をしているのか、子供達が街を駆けている。飲食店を横目に見ると、たくさんの鼻腔をくすぐる料理が見え、それを美味しそうに頬張る人々の姿。それらを見ていると心が安らかになる気がした。


 次の戦争から帰還した時、恐るべき真実を見た。数年前、帝国に敗戦した国の人々が捕虜として牢獄に閉じ込められていた。ボロ布と表現するに相応しい薄汚い衣服を着ていて、泣き喚く子の頭を撫でる母の姿。配給された僅かな食糧を貪る痩せ細った少年。傷を負い、今にも絶命してしまいそうな少女。


 驚くことに、私が守りたかったものがそこにあったのだ。


 子を撫でる母の側に父親の姿はない。満足に食糧を得られる姿はない。生に希望を持つ姿はない。


 私は誰かの生活を守るのと同時に、誰かの生活を奪っている。


 私は、変わらず穢れた英雄だった。


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