159.美咲との時間

「うぅ~、レンっちとのデートの回数減らされたぁ」

「仕方ありません。その分楽しんでいたじゃないですか」


 美咲は嘆いていた。それを瑠華が諌める。瑠奈はお茶を淹れに行っている。

 レンを11日間も拘束したのだ。当然の処置と言えば処置だ。灯火や楓、水琴、葵にエマやエアリス、全員が美咲の為に我慢してくれていたのだ。

 代わりに11日間はいつになく幸せそうだった。

 最初の1週間はレンと訓練を、残りの襲撃を待っている間も神気の扱いについてレンにレクチャーを受けていた。それにいつ襲撃があるのか不明だったので常に近くにいてくれた。


 レンが手助けしてくれたおかげでなんとか奥羽の妖狐を倒すことができた。と、言っても途中で助けられてしまったし、最後の最後で詰めを誤ってしまったので自分たちで倒したとはとても言えない。本来美咲と瑠華と瑠奈を中心にして討伐できる予定だったのだ。

 奥羽の妖狐があれほどのモノだとは誰も想像もしていなかった。

 レンの左腕を犠牲にしてしまったので美咲は葵にとても怒られていた。

 瑠華も瑠奈もレンに救われなければ奥羽の妖狐の銀閃で命を失っていた可能性が高い。


「玖条様にはあれからも毎日会いに行っているではありませんか。本家からも良くやったとお褒めの言葉と、危険に晒したことについての詫びが届いていましたよ。ほとんどは玖条様への返礼品でしたけれど」


 美咲は癇癪を起こした子供のようにバタバタと暴れる。


「そうだけど~、みんなと一緒にいるのもいいんだけど2人っきりってのは大事な時間なのっ!」

「その大事な時間を美咲様の為に11日間も使ってくれたのだから良いではありませんか」

「むぅ、正論良くない。わかってるよ、わかっててもやっぱり寂しいの。もうレンっちとのデート時間がないあの時には戻れない体にされちゃったの」

「美咲様、その言い方はどうかと」


 実際美咲が豊川家の依頼という名目でレンを独占していたのだ。その間スケジューリングされていたレンの婚約者や恋人たちはレンに会うことすらほとんどできなかった。葵はついてきていたが美咲との時間を邪魔する気はないようで気配を消し、時に美咲の話し相手になり、レンの世話を焼いていた。


(それにしても玖条様は凄いですね)


 瑠華も瑠奈も豊川家から神気の扱いの手解きは受けている。美咲も同様だ。仙術には神気が必須だからだ。

 しかしレンの使う神気は流麗で瑠華や瑠奈の使う神気と同じものとは思えなかった。手足のように、もしくは指先のように繊細に神気を操り、量も質も自由自在だ。


 奥羽の妖狐が攻めてくるとわかってから1週間、瑠華と瑠奈も交えて美咲はレンと模擬戦を行っていたが3人掛かりでもレンに一撃も喰らわせることができなかった。まるで来る場所がわかっているとばかりに美咲たちの攻撃は先読みされ、逸らされ、稀に返された。

 神気の攻撃を返すのはよほどその力を理解していないと難しい。通常神気の攻撃は避けるか逸らすのが精一杯だ。


 少なくとも瑠華はその認識でいた。だが実際に目の前で返されてしまってはぐぅの音もでない。

 それが自身よりも年少の少年で、しかも覚醒してまだ3年しか経ってないというのだから意味がわからない。どこで神気の使い方など覚えたのだろう。扱いが難しいので通常はゆっくりと手解きを受けねば神気を操ることすら不可能なのだ。


(玖条様は秘密の多い方ですが本当にわけがわかりませんね)


「ねぇ、瑠華ねぇ

「なぁに、瑠奈」


 美咲がふてくされて自身の部屋に帰ってしまったので後片付けをしていたら妹の瑠奈から話しかけられる。

 瑠華と瑠奈は姉妹ではあるが性格が違う。瑠華は活発で瑠奈はおとなしい。しかしその瑠奈の瞳には断固たる決意が見て取れた。


「私も、いえ、私たちも玖条様に娶って頂きましょう。幸い美咲様は元々そのおつもりだったようですし」

「それはっ。えぇ、そうね。わかっているわ。これが神霊の血の本能ってやつなのね、自分でもびっくりしているわ」

「問題は玖条様が受け入れてくれるかどうかわからないことかしら」

「幸い私達には長い時間があります。急がず、ゆっくりとでも玖条様と共に歩みましょう。最悪でも常にお傍に侍れます」


 瑠華は一瞬驚いたが諦めて瑠奈の提案に頷いた。

 実際レンが瑠華と瑠奈も娶ってくれるとは限らない。

 だが瑠華も瑠奈も美咲が生まれるまでは豊川家の中で最も藤の血を引いた姉妹だった。次期当主候補だと周囲が騒いでいたのを幼い記憶に残っている。


 美咲が生まれ、美咲の血が何百年に1度あるかないかというレベルで濃いことがわかってから2人は美咲の側仕え兼護衛となった。仙狐の血を引いたものでしかわからない感覚というのは確かにあるのだ。だからこそ瑠華と瑠奈は美咲の側近として扱われるようになった。

 美咲を理解できるのは同じ仙狐の血を引いたものたちだけ。豊川家にはそれなりに血を発現したものはいるが、美咲ほど濃い血に生まれた者は居ない。故に美咲に準じて血が濃く生まれた瑠華と瑠奈がつけられることになったのだ。


(はぁ、私たちももう引き返せませんわね。美咲様を説得する手間がないのは良い事ですけれど)


 そして瑠華と瑠奈も仙狐の血を引いているというのが今回の問題だ。

 要するに瑠華と瑠奈の命を救ってくれたレンに惚れてしまったのである。

 ちなみに李偉も一緒に助けてくれたのだが仙狐の血と仙人の血は相容れない。故に李偉は本能的に除外されていた。


「幸い本家にもそれなりに血の濃い者は生まれてきております。私たちが居なくても豊川家が困ることはないでしょう」

「そうね、やっぱり暗黒期というのは本当なのかもしれないわね。仙狐の血を引いた者がこれほど生まれるなんて豊川家の歴史を紐解いてもそうないわ」


 幸いというかなんというか、瑠華、瑠奈と同等の血を引く者たちは美咲の後に生まれてきて英才教育を受けさせられている。いずれ彼ら、彼女たちは豊川家の血を紡ぎ、豊川家を繁栄させてくれることだろう。

 瑠華、瑠奈、美咲が居なくても豊川家の長い歴史という大きな視点で見ればそれほどの問題ではないのだ。

 美咲がレンに嫁入りが許されたのもそれがあったという背景もある。

 豊川家の後継者が誰になるかはわからないが、後継者に困っているということはない。


「幸い美咲様のお世話をしていれば玖条様の近くには居られるわ。私たちは番を見つけるために婚約者も居なかったのだからちょうど良いと言えばちょうど良いわね」


 瑠華がそう言うと瑠奈がおっとりと笑った。


「結局美咲様が言うように玖条様に一緒に嫁ぐことになりそうですね。そしてそれが自身の番であるならばこれほど嬉しいことはありません」


 瑠華は妹が微笑むのを見て神霊の血を引くというのも難儀だが、レンの近くに居られるだけで幸せになれるのだから安いものだと思ってしまった。

 実際自分も同じように感じているのだからどうしようもない。

 妹がしているような蕩けた表情を自分もしているのだろうと思うと、瑠華は恥ずかしくなった。



 ◇ ◇



「はぁ、やっぱりレンっちと2人きりの時間は大切だよね」

「どうしたの今更。ちょっと前までずっと2人きりだったじゃない」

「アレは瑠華や瑠奈や使用人たちもいたじゃん。本当の意味で2人きりじゃないし、妖狐対策もしなきゃだったからイチャイチャもできなかったし」


 レンは久しぶりに美咲と〈箱庭〉の中で2人きりでいた。ようやく美咲の順番が回ってきたので美咲はいつも以上に喜んでいる。


「どこか行きたいところはある?」

「う~ん、前言ってた霊樹を見てみたい!」

「いいよ。スカイボードで行くのとライカに乗って行くの、どっちがいい?」

「ライカかな、いい? ライカ」

「ガウ」


 ライカはどうぞとばかりに体をぺたんと地面につけた。

 美咲はライカやその眷属を好む。水琴は白天狼が好きだったりと好みは様々だ。

 ライカの上に乗ると美咲がギュッと腰に抱きついてくる。ライカの眷属たちも並走する。

 霊樹への道は容易ではなく、魔物が襲ってくるのだ。ライカたちが居れば魔物たちも危険を感じて襲ってこない。今のレンと美咲であれば倒して進むことも不可能ではないが今はそういう時間ではない。

 ライカの足なら片道一時間も掛からない。結界で風を遮っているので会話に支障はないのでおしゃべりをしながら霊樹への道なき道を進んでいく。

 レンと美咲は素早く通り過ぎる風景を見ながら会話をし、霊樹の元へたどり着いた。


「すごい、超きれい。ってかでっかい!」

「アレでもまだ小さい方なんだよ。霊樹はもっともっと大きく育つんだ」


 霊樹は巨大な泉の島に生えていて、泉の前から見ても首が疲れるくらいには大きい。それでも〈箱庭〉に霊樹の種を植えて300年も経っていない。霊樹としてはまだ幼い部類と言っても過言ではない。

 霊樹の泉の周囲には魔物はいないので安心だ。美咲が与えた収納からバスケットを取り出す。中からは唐揚げや卵焼きなどがちょっと不格好ながらも並んでいた。


「今日はうちが頑張って作ったんだよ」

「それは楽しみだ」


 美咲は慣れない中頑張って料理を瑠華と瑠奈に補佐されながら作ってくれたらしい。


「うん、美味しいよ」

「ほんと!? 嬉しいっ。でも簡単だと思ってたことでもたくさん失敗しちゃったんだよね。包丁程度じゃうちの指は切れないからアレだけど普通の人だと指に何枚も絆創膏張るくらい指に包丁当てちゃったよ。やってみて瑠華と瑠奈は料理上手だし、葵もうまくなってるし凄いなって改めて思った。うちは頑張ったけど向いてないな~って思う。レンっちの為なら幾らでも作るけどね!」


 美咲の作った料理は見かけはいまいちだったが美味しかった。味に関しては監修した瑠華と瑠奈の手柄だろう。

 しかしレンに助けられてからずっと料理の腕を磨いてきた葵や、豊川家の料理人に教わってきた瑠華や瑠奈と比べては相手が悪い。


 初めて作ったのなら十分だと思うし美咲が手作りをしてくれたという気持ちだけで嬉しい。実際レンも自身は料理に向いていないと思っているのでそっち方面には手をつけていない。

 美味しいご飯が食べたいなら美味しい料理人のいる店に行くか料理人を雇えば良いと思っているのだ。

 ただこういう風にレンのために手作りしてくれたというのはまた違ったおもむきがある。例え多少味がまずかったとしてもレンは喜んで食べただろう。


「そういえばレンっち」

「ん?」


 泉のほとりで美咲の料理を堪能し、美咲は抱っこしてだの頭を撫でてなどと言い、それらのリクエストに答えていたのだが、美咲が対面に座って真面目な表情で問いかけてきた。


「瑠華と瑠奈も貰ってくれない?」

「えっ、あれ本気だったの?」


 レンは危うくオレンジジュースを吹き出しそうになった。


「冗談だと思ってたよ。美咲を娶ると瑠華さんと瑠奈さんもついてくるって」

「あぁうん、あれも本気だったけどそうじゃないの。瑠華と瑠奈はうちの側仕えだから、どっちみちうちを娶ったらついてくる予定だったんだよ。うちを救ってくれた恩人だから瑠華も瑠奈も求められたら応えるって言ってたしね。でもほら、この前の妖狐退治で瑠華と瑠奈も救ったでしょ。それで瑠華と瑠奈も本格的にレンっちにやられちゃったみたいなんだよね」

「やられたって……あ~、妖狐が惚れっぽいってアレ?」


 レンは美咲と葵がレンに執着するようになった時を思い出して言った。


「そう……だけど単純に神霊の血を引いた女の子を助ければ惚れられるって簡単な話でもないんだよ? そうじゃないと襲う役と助ける役で分けてマッチポンプをすれば豊川家の妖狐の血を引いた女子なんてみんないちころじゃん? それに李偉さんにも助けられたけど李偉さんには惚れてないじゃない?」

「そうだね、そう言われてみればそうだ。ハクたちに襲わせて助ければ惚れられるって考えるとそう難しくないね」


 単純に命の危機に助ければ良いのだと思っていたのだがそうではないと美咲は続ける。


「うん。実際そういうのを試してきた奴らはたくさんいたんだって。でも豊川家の女は靡かなかった。命を助けられても魂の波長が合わなきゃ惚れないの。恩はもちろん感じるけどね。そして魂の波長が合った相手に助けられると本能が『この相手は自分のつがいだ』って訴えかけてくるんだよ。妖狐も白蛇も魔女もそんなチョロくないんだよ」

「そうだったのか。正直チョロい種族なんだと思ってたよ」


 レンは素直にそう返すと美咲は呆れたようにレンをジト目で見た。美咲のジト目は珍しい。葵は多いが。


「どっちかというとレンっちの魂がおかしいんだと思う。普通妖狐に白蛇に魔女なんて全部の魂の波長が合う人がいるわけがないんだよ。妖狐に合えば白蛇には合わない。両方に合う人がいたとしても魔女にまで合うなんて絶対おかしいよ。でもレンっちはそのどれにも惚れられてる。実際命を助けたっていう事実があったとしても流石にエアリスっちあたりからおかしいなぁって思ってたんだよね」


 美咲は熱弁した。

 レンは言っていることはわかるが理解ができない。なぜならレンは妖狐の血も白蛇の血も魔女の血も引いていないからだ。

 美咲が言うのならばそういうものなのだろうと思うしかないのだ。


「レンっちが単なる女ったらしだってならわかるんだけどね、そういう感じでもないしね。エマっちも結局落ちちゃったし、うちもこの前のでまたキュンキュンきちゃったしね。絶対レンっち神霊の血を引いた娘を引き付ける何かがあるよ」

「そんなこと言われてもなぁ」


 レンとしてはそうとしか言いようがない。実際レンは狙って少女たちを救ったのではない。エマやエアリスなど完全なビジネスだ。

 護衛依頼を受けて護衛対象に惚れられた経験はないこともないが、そういうケースは希少だ。

 エマとエアリスが魔女の血という特殊な血筋であったことが原因だと思っていたが美咲が言うには原因はレンにあるという。


「魂魄魔法を使えば自分の魂魄を確認できるけど、まだ使えないんだよなぁ。それに美咲の言う波長もサンプルが少なすぎて確かめようがない。神霊の血を引く子たちを助けて回るわけにも行かないしね」

「絶対やめてよね。これ以上ライバルが増えるのはイヤだかんね。知ってるんだよ、予知の神子たちもレンっちのこと狙ってるんでしょ」

「そうだね、何人かは僕と一緒になりたいって言っているよ」


 レンは〈蛇の目〉の神子たちについては彼女たちに話をしていた。話さないのは不誠実だと思ったからだ。

 美咲たちは知らない間にまた女が増えてる! と呆れ顔だったが凛音たちのこともレンが意図したわけではない。

 エマやエアリス、凛音が例え男だったとしても助けを求められれば助けたはずだ。


「まぁもういいけどね。そういうわけで瑠華と瑠奈も宜しくね。大事なうちのお姉ちゃんなんだから瑠華にも瑠奈にも幸せになって欲しいんだよね。レンっちなら瑠華も瑠奈も幸せにできるでしょ? 大丈夫だよ、1度惚れちゃえばうちら超チョロいから。自分でもわかってるんだけどね、何されても嬉しい、幸せってなっちゃうんだよね。エマっちはそれがわかってたから頑張ってレンっちへの想いを封印してたんだよ」

「チョロいのはチョロいのか」

「一途で何されても喜ぶんだよ。それに浮気にも寛容。本当は独占したい気持ちはあるんだけどそれでも許しちゃうんだよ。超チョロいじゃん。痛いのはイヤだけどね。DVは流石にないよ」

「いや、そんなことをするつもりはないけれど」


 ずいと美咲に詰め寄られレンはたじたじになった。


「わかってくれたら良しだよ。レンっち抱っこして」

「また甘えたになったな。仕方ないな。おいで」

「うん、ぎゅ~。はぁ、超幸せ。これがないともう生きていけないよ」


 レンに抱きついて美咲はレンの匂いを吸い込むようにしてから体の力を抜いて蕩けたような表情をする。


「大袈裟だな」

「ふふっ、良いじゃない。自分で言うのもなんだけどお手軽だよ。せっかくココまで来たんだから霊樹の麓まで行こうよ。精霊さんがいるんでしょ?」

「うん、紹介するよ」


 レンはライカたちに待って貰うように言い、スカイボードを取り出し、泉を渡って霊樹の麓まで美咲と行き、美しい精霊や遊んでいる妖精たちに見惚れる美咲を見てくすりと笑った。


「僕も美咲たちに会えて幸せだよ」


 レンの言った小さな言葉は風に流され、美咲には聞こえなかった。



◇  ◇


これでこの章は終わりです。美咲はちゃんとヒロインできているでしょうか? あんまりどのヒロインが好きとかコメント来ないので誰が人気なのか良くわからないんですよねw 灯火は少し影が薄い自覚はあります。彼女にももっとフォーカスしてあげたかったですね。

次回は登場人物紹介と閑話を挟んで次で最終章です。もう少しいろいろエピを入れても良いかなと思ったのですがだらだらと続けるのも良くないなと思っているので、最後までお付き合いください。


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

☆三つ頂けると私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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