叶う運命

紫雪

叶う運命

 願いが叶わない、なんてことはない。叶う日は、ちゃんと用意してある。自分の行動で、ちゃんと。






 2m、6y、12w。


 街で行き交う人々の頭上を見る。数字に、英語。これは全て、「願いが叶うまでの時間」を示している。カフェの窓を挟んでも見えるそれは、私の能力。誰にでも、願いが叶う期限はある。叶わないというものは、期間に対して、寿命が先に尽きる時だ。そして、願いは内容によって色が違う。基本はみんなシャボン玉のような色だ。誰かの幸せや成功、ただ何となく、「これがあればいいのに」って願う時の色。それに加え、特に期待が大きかったり、叶ったときの嬉しさが特別だったりする時、黄色く輝く。基本は、叶った時のその人の感情で決まるらしい。けどそれは、された相手も嬉しい時に限られる。


 誰かをいじめる、何かを傷つける。盗む、誰かを殺す。そういうことを願望にしている時、色は暗い。頭上の時間は、青い涙を流す。叶う瞬間に近づくにつれて色が流れる。いじめや傷つける行為は、時間の文字も傷ついている。


 人を殺したいと願う時、文字は赤く黒く、常に溶けてその人の頭に滴っている。


 恐らく、私自身の色の印象から来てるんだと思う。頭上に見える数字も、小さい頃は時計やカレンダーで見えた。それらを認識していたから見えただけで、どう使うかは知らなかった。カウントダウン方式になったのは、「じ」と「ふん」を習ったときだ。そこから漢字になって、英語になった。


 ふと、自分の手元にある英語の薄いテキストを見る。残りは家でやろう。シャーペンを筆箱に入れて、足元にあるリュックに私物を入れる。飲み干したグラスを返却口に入れて、カフェをでた。


 あ、レジのお姉さん、今日いい事あるな。


 しばらく歩く。桜が咲いてる季節なんだけど、片付けの観点からこの通りには常緑樹しかない。明日は始業式だから浴びるほど見るかも。


 私は、私の時間が見えない。服屋のショーウィンドウでも、鏡越しでも見えない。自分の願いがいつ叶うかは、教えないよう配慮されてるらしい。誰に?誰かに。


 20分ほど歩けば、自分の家に着く。桃色の壁に黄緑色の屋根。おまけに好奇心旺盛なおばさまもついてくるので、目の前の通りを通学路にしている小学生からは「さくらもち」と呼ばれている。


「さくらもちのおねえさんこんにちは」


「こんにちは」


 ちょうど玄関の扉を開けようとしたところ、庭の外からトイプードルを連れた近所の女の子に挨拶された。


 そう、私は「さくらもちのおねえさん」。実は案外気に入っている。


 手を振ってくれた女の子に振り返し、私は「さくらもち」の中に入った。


 3m。たしかあの子は7月誕生日だったっけ。


 玄関で靴を脱ぐ。今日も白いキャンバスボードが靴箱に立て掛けてあった。


 リビングに向かうと、好奇心旺盛な「さくらもちのおばさん」がソファーに座ってテレビを見ていた。そのあだ名とは裏腹に細身の体型、ツヤのある肌にかきあげるのは茶髪のロングヘア。ただ、私たちと相対的におばさんと呼ばれている。


「ただいま、ママ」


「おかえりぃ泉璃せんり


 ママはこっちを見て、テーブルの上に置いてある何かに手を伸ばす。


今日夕璃ゆうりのえんぴつのついでに油絵の具買ったんだけど、夕璃使わないっていって〜」


「油とか筆とかあるけど、もう専門外だよ。ママが気になって買ってきちゃったんでしょ」


 2階から降りてきた姉につっこまれ、ママは図星を突かれてむすっとし、「泉璃はつかう〜?」と12色入り油絵の具を見せてくる。


 姉の夕璃は美大生で3年生になる。ママに似て思いついたらすぐ行動、ファッションデザインや彫刻など幅広いジャンルに手を出している。もちろん油絵もやったことあるんだろうけど、今は違うらしい。けっこうな変わり者で、家を「さくらもち化」させたのも夕璃だ。主犯だからか、この人のあだ名は「さくらもちさん」。家のあだ名と融合している。


「使う趣味ないよ、どうせ夕璃がいつか使うんだからとっといたら?」


「ママが使えばいいよ」


 今度は玄関から。夕璃がキャンバスを取りに行ったようだ。娘2人からいらない宣言をされるが、しょぼくれたママも言い訳混じりに「今はヨガやってるから・・・」と使用しない意向らしい。


 この好奇心の塊は、ひとつずつ極めるつもりだ。


「まあ持ってて損はないし、あたしの部屋に置いておくよ」


 キャンバス片手に夕璃が言ったので、ママは嬉しそうに絵の具を渡した。


 一件落着したので、私も手洗いうがいを済ませて2階に上がった。


 夕璃の向かいの部屋が私の部屋。夕璃と違って壁は絵の具まみれじゃないし、粘土をぶちまけた跡もない。私は速攻で部屋着になり、ごろんとベッドに横になる。


 夕璃の頭上の数字は、なかった。というか、あの人はいつもない。普通、願いが叶うまでの時間は、願望が生まれた瞬間に、生まれる。いつもは願いの有無に関わらず基本の時間がそれぞれに固定されているが、願望が生まれたら、その願望が叶うまでの時間に切り替わる。叶うまでの時間は、当日までカウントダウンをしない。だから、カフェの店員は今日何かしらいいことはあるんだけど、挨拶してくれた女の子は7月より前に願いが叶うかもしれないし、その子自身の基本の時間なのかもしれない。


 夕璃は、長期的な願望を持たない。基本の時間もない。ただ、無気力であるのとは違う。叶う直前に、願うらしい。昔、家の壁を塗り終えたときだ。ふと夕璃の頭上を見るとら急に1が出てきて、膨らみ、シャボン玉のごとくはじけた。そして0になった。「秒」すら出てこない、ちょっとしたことだった。


 姉にとって、そういうのは願望でもなんでもなくて、ただの思いつきに過ぎないんだろう。ただ、0になった瞬間の笑顔は、満足そうににこにこしていた。時間を表すなら、「1s」といったところか。


 ちなみに、ママは数字が多すぎる。基本の時間など別の意味で存在しないようだ。あの人はやりたいことが多すぎるから。


 こんな感じで、私の能力はけっこう複雑だ。活かす機会もないんだから、別に細かな設定じゃなくていいのに。


 能力と言えば、小さい頃に聞いたことがある。実は、私が知らないだけで、みんなが何かしら超能力を持っているのかもしれないと思ったからだ。予想は外れた。親も、親戚も、友達も。夕璃でさえ、「なんかそれおもしろいね」とリアクションした。みんなにとって、視界に人の心が映るのは架空の出来事らしい。


 起き上がり、リュックから英語のテキストを取り出す。机に向かってさっきの続きだ。そういう人とのギャップは受け入れるしかない。シャーペンを持って、長文を読む。


 何分経ったか、ごはんができたというママの合図で、私は下に降りた。


 2日後、通常の時程で授業が進む。2限の世界史が終わり、次は移動教室だ。2年次にある芸術選択、私は美術にした。1番近い存在だからかもしれない。


 美術室に入って、黒板に指示された席に座る。年度始めなので、初回は世界史と同じようにオリエンテーションをするらしく先生の自己紹介、先生が呼ぶための名前の読み確認、1年間の流れといった内容だ。


「いとばた・・あらなんて読むのかしら」「せんりです」


 先生に尋ねられ答える。


 オリエンテーションは続き、1年の流れの説明を受けた。


「5月から油絵入りますので、セット買う人は12日までに申し込み書、私まで提出してください」


 油絵かあ。夕璃が筆とか持ってるし、あと絵の具あればいいのに、と思ったが、改める。


 あった。ママが好奇心で買ったものが。


 何気にこういう時があるから、ママの衝動買いは否定できない。


 美術はその後、汚れてもいいような服を持ってくることなどの注意事項と先生の昔話、最後に油絵セットの申し込み書が配られてチャイムが鳴った。


 昼休み、前の席の子が落としたヘアゴムを拾って渡し、それから弁当を持って空き教室に向かった。去年からの習慣で、友達と一緒に食べている。今年はクラスは離れてしまったけど、空き教室にはちゃんと居てくれた。


「わぁ泉璃〜、久しぶり!今日購買にメロンパンあったよ〜」


 ふわふわボブに垂れ目のこの子は詩保しほという。


「年度始めで気合い入ってたんだよ、1口ちょうだい」


 詩保は手でちぎって口の中に入れてくれた。久しぶり、と言っても春休みに出かけたことがあるので約2週間ぶりに直接話す。 仲が良すぎると、話しすぎて会話するネタがないことはよくあるが、今日は詩保が彼氏について色々話してくれた。意外にも私と詩保は波長が合い、気難しい私でも詩保の恋バナは楽しいものだ。


 何回かトピックが変わったあと、詩保は「見てみて〜」とスマホの画面を勢いよく私に見せてきた。


「 今度ここに出かけない?1泊2日のスイーツビュッフェ旅!電車で行けるよ!!」


 そこはお菓子屋さんが経営しているホテルらしく、画面には綺麗に並べられた一口サイズのケーキやカステラがあった。


「 ここ前から気になってたんだけどね、私泉璃とお泊まり行きたいの。どう?」


 「行きたい」と言いつつも頭上の時間は変わらない。 これまた複雑で、詩保のこういう類の願いは相手の肯定で動き出す。わがままのようで、 とても他人軸に生きている。


「いいじゃん、行こうよ」


 2人とも甘いものには目がない。私が嬉しくなって返事をすると、詩保は「やったぁ」と足をバタバタさせる。同時に頭上に4mが表示された。


 4ヶ月後と言うと夏休みだろうか。詩保にしては長い。きっとこれは最短で叶う期間じゃない。


 私はとあることを試してみる。


「ねえ、ゴールデンウィーク空いてる?」


 一か八かで聞いてみると、詩保はスマホでスケジュールを確認し、


「空いてる!」


と言った。するとどうだろう。「4m」の隣に2本の矢印が出てきて円状に回り始めた。


 これは時間を調整していることを意味する。


 そう、時間は調整できる。変わらないことがほとんどだけど、こうやって違和感があれば変えられることが多い。時間が見えないとできないことだから、私の能力の一つと言ってもいいかもしれない。


「じゃあ、5月の方、始まって2日目とかは?」


「うん、行ける!ありがと泉璃!」


 詩保はテンションが上がって立ち上がり、変な動きをする。「4m」を調整していた矢印たちは、「1m」に変えてからぱっと消えた。


 よかった。


「詩保が嬉しいと私も嬉しい」


 言葉にしてみると、詩保は動きを止め、「やめてよう照れちゃう」とくねくねした。


「そういえば、ホテルとか大丈夫なのかな?人気だからゴールデンウィークも混むだろうし、1ヶ月前で予約できるかしら?」


 詩保はお嬢様風に頬杖をついた。数字は変化しない。


 どうにかこうにかでホテルは取れるらしい。


 こういう時、ドキドキ感がないのはこの能力のデメリットかもしれない。けど、余裕を持てることに越したことはない。


「私連絡してみるよ」


「いいの!?ありがとう。じゃあ私は電車の時間調べるね〜」


 そして、ゴールデンウィークの旅計画は着々と進んだ。部屋は偶然にもキャンセルした客がいたらしく、無事取ることができた。2人でノートを買い、修学旅行のようにしおりを作る。シールやカラーペンでデコレーションをして、たまに交換する。女子高生らしいと思うことより、 詩保の頭上の「1m」が日に日にシャボンの色を強め、より鮮やかになることが、楽しみにしてくれていることが、嬉しかった。


 5月に入り、明日から本格的なゴールデンウィーク、旅行まであと2日、といったときだ。


 私は珍しく寝坊した。


 ベッドの中で、大きく伸びる。謎の満足感に包まれながら、時計を見る。10時半。


 10時半。


 眠気は一気に吹き飛んだ。


「10時半」


 そういえば、夕璃もママもパパも、みんな早く出かける日だからよろしくねって、昨日の夜言っていた。おかげでいつもより静かで、起きる材料はなかった。スマホのアラームより目覚まし時計派だし、だから二度寝すれば起きられないのも事実だけど。今は原因をかんがえてる場合じゃない。


 ベッドから飛び起き、ブラシで髪をとかしながら1階に下りた。ラップされた朝ごはんが目に入る。そしてお弁当も。


 とりあえず朝ごはんを温めている間に洗面台ね行って顔を洗い、保湿する。


 ピーと電子レンジが鳴り、キッチンに戻る。お箸とお茶を用意して、椅子に座り、漬け物を口に入れ、ご飯をかきこむ。消化不良だと腹痛を起こすのでよく噛む。けど急ぐ。玉子焼きとおみそ汁も忘れずに無事食べ終える。食器は1度水盤に入れ、洗面所で寝癖をなおす。コテを温めながらキッチンで食器を洗う。水滴を拭いて元の場所に戻し、髪を巻く。2階に上がって制服に着替える。


 慌ただしく動いたので少し休憩。時刻表を調べようとスマホを手に取ると、ママから多くのメッセージが。「寝坊しました」と送るとすぐさま「やっぱり」と返ってきた。「気をつけてね」と続く文字を確認して電車の時間を調べると、10分ほど余裕ができていたのですっぴんに少々てを加えてから出発した。


 寝坊した日って新鮮だ。朝の騒がしい雰囲気が消え、ゆっくりと時間が流れるよう。いやただ寝坊してるだけなんだけど。


 いつもは乗らない電車に乗る。通勤ラッシュもとっくに過ぎていて、座席に座れてしまった。ガタンゴトンと揺れる時間さえ永遠のようだ。ゆるやかに、ゆるやかに生きる。


 駅に到着し、私は学校へ急ぐ。着く頃には、3時間目の始めだろうか。


 ここで、思いついてしまう。授業中なら、いつ来たとしても出席簿は遅刻の扱いになる。最初の方でも、終わる10分前くらいだとしても。それなら、終わりに来た方がなんかお得ではないだろうか。


 他の人ならここから天使と悪魔が登場して唆し合うんだろうけど、残念ながらこれは悪魔の意見ではなく、私の思いつき。もちろん、天使サイドは存在しなかった。


 通学路にあるコンビニに寄る。軽く店内を1周した後、何気なくアイスコーナーを眺めて、何気なくチョコアイスバーを買った。別に暑いわけではないけれど、ただ何となく、おいしそうに見えた。


 コンビニを出て、歩きながらアイスを食べる。大通りの信号に引っかかり、立ち止まる。


 アイスは生チョコが中に入ってるようで、滑らかな食感。おいしい。食べ終えて、棒はパッケージの中に入れ、お弁当を入れた袋にしまった。


 この調子で計画通りに、と思っていた矢先、突然どんと、空気が全て落ちたかのような衝撃を感じた。皮膚が強ばる。震える隙もないほど、ただ固まり、呼吸するので精一杯だ。周りはそんなことないようで、車も普通に走り、通行人も歩いている。能力によるものらしい。


 原因は、すぐに分かった。背後の空気が、より重くなっていく。何かが近づいている。


 逃げる足も出ない。振り向いて確認することも出来ない。ただ、その何かは私を追い越し、私よりも前で立ち止まった。


 怖くて確認することが出来ず、俯いておく。


 その「何か」は黒いワンピースを着ているようだ。ただ、足元を広く囲うように黒い煙が出ている。誰も反応しないので、やはり私の能力が感じるものだ。願いに、時間に関係はあるのか?


 この人の頭を見なきゃ、と思っても、首は動かない。


 すると、足と歩道と煙だけの私の視界に、変化が起きた。


 その人の足元に1滴、赤黒い雫が滴った。


 信号は青に変わり、その人の足は動き出す。


 私はただ呆然として、いつの間にか信号は赤になっていた。


 今のは、何。血?いや、煙と同じ、私にしか見えないものだ。それなら、答えはひとつ。


 あの人は、誰かを殺そうとしている。


 止めなきゃ。と思うけれど、あの物々しいおどろおどろしい雰囲気、私がどうにかできるだろうか。私があの人の意思を知っても、事件が起きるまで警察は動かない。通報は意味ない。


 そもそも、あんなに空気が重くなるなんて知らなかった。殺す願望があんな色をしてると知ったのは、役にのめり込むのが得意な俳優をドラマで見たことがあったからだ。しかもあれは演技で、演技による感情で。本物とは違う殺意だから。


 でも、ここで見て見ぬふりはできない。大変なことになってから、自分の行動を悔やむことはしたくない。


 信号は青に変わる。私は前を向き、歩きだす。


 あの人を追いかけよう。学校に間に合わないとか、そんなことよりも重要だ。


 まだ近くにいるはず。微かに残る煙を辿って、私は歩く。


 20分ほど経ったか、着いたのは高校。私が通っている場所だった。


 校門の前には赤黒い雫が溜まっていた。あの人の数字だ。躊躇したのだろうか、でも煙は敷地内に入っている。


 早くしないと。


 私は走り出した。


 校内で、誰か殺される。止めないと。止めないと。


 生徒玄関はいつも上級生が開けておく。まずい。


 開きっぱなしの扉にも赤黒いところがある。私は下駄箱の前でリュックとお弁当を置き捨て、履き替えずに走った。


 「キャー」と悲鳴が聞こえる。まずい。


 目の前には1階の教室前廊下。生徒が壁際に寄って逃げてくる。


 目に入ったのは、横になる男子生徒と、それに股がって座る黒いワンピースを着た女の人。両手を振り上げ、包丁を持っている。頭上は、3s。


「やめて!!!」


 私は叫んだが、女の耳には届かないようだ。


 2s。


 私は走り続ける。


 1s。


 殺させない。


 振り下ろそうとした女の両手首を掴み、強く握って包丁を取り上げる。


 包丁は遠くに滑らせ、近くで見ていた生徒が足で押さえた。


「先生呼んで!!!」


 別の生徒が頷き、走っていった。


 女は肩で息をしながら俯いていたかと思ったが、急に振り向き、わたしの肩を突き飛ばした。


 私がよろけて尻もちをつくと、女は立ち上がる。


「じゃますんじゃないよ」


 あともうちょっとだったのに、と続ける。


 でも、男子生徒は助かった、と思って女の後ろに目をやると、彼は立ち上がらない。右手で肩を抑えながら、呻いている。


 そうだ。私が止めたのは殺すこと。1度刺すこと自体、殺しになる訳じゃないとしたら。


 そう。男子生徒は刺されていた。女は笑う。


「ギャハハハハ!!!ねえ、あんたもそうなの?」


「何が」


「いい。何も言うな」


 女はポケットに手を入れたかと思うと、取り出したのは折りたたみ式のナイフ。用意周到すぎるでしょ。


「あんたもそうなんでしょ?このブスが」


 内容が全く入ってこないまま、距離を詰められる。数字は、、、見えない。焦りやショックからだろうか、いつの間にか、黒い煙も、周りの人の数字も見えない。これじゃあ、この人願望が今どうなっているのか分からない。


 後ずさっても、女はふらふらしながらこちらにナイフを向ける。背中に何か当たる。壁だ。


 女はにいっと笑い、ナイフを持つ手を振り上げた。ああ、これだめなやつだ。私は目をぎゅっとつぶる。


「死ね!!」


 ナイフは、私に届くことはなかった。手を止めたのは、私服で、金髪の男の人。


 突然の登場に言葉が出てこない。


 金髪の男は、女の腕をひねり上げ、そして組み伏せた。女は喚き散らかすが、男はやめない。


 加えて、私に対して、「怪我ない?」と話しかけてきた。


「だ、大丈夫です」


「よかった」


 周りの生徒には、被害者の止血をするように指示を出した。


 すぐに先生と救急車、警察が来て、女は逮捕、男子生徒は搬送された。


 こんな状態で授業などできるはずがなく、午後からは休校、私は事情聴取を受けた。


 金髪の男は、いつの間にか、姿を消していた。


 2日後、私たちの予定は崩れることなく、お泊まりに来ていた。スイーツはもちろんおいしかったし、ホテルの近辺のお店も楽しかった。限定アイスも食べたかったが、ちょうど売り切れてしまったので絶対リベンジしようと詩保と誓う。2日前のことはどうであれ、楽しい思い出を作ることができた。


 それから約2週間後、休日のショッピング帰りで、私は比較的交通量の少ない歩道を通っていた。


 あの事件はだいぶ風化してきたが、真相は明らかになった。


 まず、男子生徒と女の関係。2人は付き合っていた。だけど、男の方が浮気性で、それを指摘したところ、「いつから本命だと思ってたの」と罵られたことがきっかけだったそうだ。今更、女に言われた「そうなんでしょ」の「そう」の部分を理解した。浮気相手だと思われてたらしい。


 男子生徒は死ななかった。肩の傷も深い訳ではなく、2、3週間である程度回復するらしい。ただ、彼自身は今回のことを反省し自主退学した。そして、私はその親から感謝された。複雑な気分で、とにかく気まずかった。


 そして、私を助けてくれた金髪の男の人。周りにいた生徒も、「突然走ってやってきた」と言うから、結局どこの誰なのか分からない。しかも、なんで中に入ったのか。警察にもお願いして、この前新聞にこのエピソードを載せて、お礼が言いたいと伝えたが、音沙汰なし。新聞を読まないのかもしれない。


 そのせいか、最近、金髪に敏感になってしまった。今も、前からやってくる男3人組の真ん中が金髪で、もしかしたら助けてくれた人かもしれない、と金髪みんなにするように心の中でお礼を言う。3人組は、そんなことも知らず大声で喋っている。


「ツキさぁ、この前新聞出てたよ」


「え何で」


「ほら、この前の高校の事件、」


「ああ、ツキがバイトあるから警察来る前に外でちゃったやつだ」


 あれ、もしかして。


「なんか作文コーナーみたいなとこで、お礼が言いたいって書いてあった」


「ふーん」


「名乗り出てやれよー」


「そうだぞー」


 やっぱり、もしかして、この真ん中の人が、助けてくれた・・・?


 真ん中の人を見てみると、ばちっと目が合ったが、思い違いだと怖いのですぐ逸らしてしまった。でも、あの人の基本の時間、2hだった。2時間。早すぎる。得を積んでないとなかなかならない。


 相手はこっちを見たままのようだけど、そのまますれ違う。


「マイナス、、2日、??」


 私は足を止めた。思い違いでもいい、もしかしたら、今聞いたことが、私にとって、理解できるものだとしたら。


 私が振り返ると、真ん中の男の人だけが、こっちを向いて立ち止まっていた。


「2日前って、どんなことしてんの」


 その金髪の人は、私を、私の少し上を、見ていた。


 確信した。この人も、止めるために、あの日、高校に入ったんだ。


「ツキ?どしたん」


 ツキと呼ばれた男の人。私は、この機会を無駄にはできない。


「あの時は、助けてくださり、ありがとうございました」


 頭を下げて、お礼を言う。突然だっだろうが、ツキさんは理解してくれた。


「いや、すごいギリギリだったし。すぐ帰っちゃって、すんません」


 ツキさんの友人2人も、勘づく。そして、私はもうひとつ言うことがあった。


「2日前でも、願ったあとに叶いません」


 その言葉で、ツキさんはハッとする。


「あなたは、2時間です 」


 ツキさんも、確信したようだ。そして頭上に、「10s」が出てきた。


「あの、俺もっと話したいことあるんだけど、やましい意味とかなくて、カフェとか、どっすか?」


 誠実な態度に、嬉しくなる。


「喜んで」


 しゃぼんが、はじけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

叶う運命 紫雪 @shiyuki908

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る