第一章十一話 勘違い少女、学園長

その日の授業をつつがなく終えた俺は、RTA少女とともに保健室へ向かっていた。


 「大体、何で今日になって保健室?」

 「さあ?学園長に言われたんだよ」


 少し話さない内に随分とぶっきらぼうになったRTA少女だが、もしかしたらこっちが素なのかもしれない。

 一緒にゲームで遊んだ時に比べて、表情がころころと変わるのが印象的だった。


 「学園長……ね、随分こってり絞られたみたいね」


 フンっとはなを鳴らしたRTA少女は諭すように語りだした。


 「学園長といえば、その類まれな頭脳で学園をまとめる大人物じゃない。実際、学園長まで話がいくなんて相当なバカやらかさないとありえないわ……」

 「いやー、それが自分から喧嘩売った結果なんだよね……これ……」


 RTA少女は、信じられないと言わんばかりに俺の顔を凝視して言った。


 「あなたがこれほどバカだったなんて……」

 「いんや、最近なんかおかしいんだよ、前までの自分とどんどん乖離して行ってるというか……」


 一度は成長しているからだ、と結論づけたもののどうしても気になる。

 今まではストレスを感じることはあっても、それが爆発するようなことはなかったというのに……


 「ふーん」


 気まずそうに目をそらしたRTA少女に、何か知っているのか尋ねようとしたところで、


 「保健室、着いたよ。さっさと行こう」


 白塗りの壁と清潔そうなベッド、窓ガラスから覗いた部屋は随分と小奇麗な印象を与えてきた。


 「失礼しまーす」


 扉を開けた先には、二人の人物……

 保険医の先生と学園長がいた。


 「おいおい、おぬし、ガールフレンドを連れてこいなどと言った覚えはないんじゃが」

 「いや、ガールフレ……」

 「ガールフレンドじゃありません、やめてください」


 俺が言い切るよりも前に早口でまくし立てたRTA少女は一気に不機嫌になっていた。


 「まあよいか、雪花、自己紹介を……」

 「はーい、みんなの天使、雪花でーす。よろしくお願いしまーーす」


 学園長に促されて自己紹介を繰り出した保険医は間延びした声でそう宣った。


 「よ、よろしくおねがいします」


 黒髪に、清楚な印象を受ける若い女性の人を思わせる彼女に、内心バクバクしていると……


 「なに緊張してんのよ!?」


 かなり鋭いつっこみが隣から入った。


 「いやーだって明らかにやばいでしょこの人、だって自称天使だよ?」

 

 はあ、とため息をついたRTA少女は呆れたようにこちらを見やると、続けざまに言った。


 「こういう大人なんていくらでもいるのよ、いつまでも学生気分の困った大人がね」

 「あのー私、一応目の前にいるんですけどー」


 困ったように笑う保険医の雪花さんを前に当の本人はフンっとはなを鳴らして顔をそむけた。


 「なんじゃ、随分と礼儀のなっておらんクソガキじゃの~」

 「ふふ、元気なのは良いことじゃないですか、学園長」

 「それもそうかの~」


 学園長に悪印象を抱かせてしまったようだが、RTA少女は良かったのだろうか?

 ついと顔をそむけてしまっているため、その顔色をうかがうことはできなかった。


 「まあよい、こっちゃこいこい、坊主」

 「え、なんですか学園長?」


 学園長に手招きされて、保健室の奥まで踏み入った。

 近くで見ると無駄にかわいくて腹立つなこの人……


 「私はちょっとこの坊主と話があるから少しだけまっておれ!」

 「はーい、了解しましたー」


 雪花さんに声をかけた学園長はそのまま、ずんずんと奥に進んで、部屋の最奥にあるベッドの前で、立ち止まった。


 「ねえ、なんで私がキャラ作ってるの知ってるの!?」


 そこにいたのは、先ほどまでの威厳をすべて取っ払った、ただの少女だった。


 「いやー学園長自身がおっしゃったんですよ?キャラを作ってることも、本当は無能なのになぜか学園長の席に座らされて、苦労していることも」

 「ねえ、君の異能『さとり』か何かなの?ねえ!?」


 目に涙を溜めた学園長が制服をつかんで揺さぶってくる。

 その動揺具合から見て、相当知られたくないことだったらしい。

 緊急連絡をよこすたびに疲れをにじませて俺に愚痴ってきていたくせにこの慌てようはなんなんだろう?


 「とにかく、君の私に関する記憶、雪花にけしてもらうから!」

 「ええ、なんでですか??一緒に世界の終末を五度も見届けた仲じゃないですか?」

 「世界が五回も終わるわけないじゃん!!もおーこの人やだあああー」


 悲痛な声を上げた学園長はいよいよ泣き出してしまった。

 よしよし、となだめていると、そのうちスンっとなって学園長は硬直した。


 「だが実際、私に能力がないことを知られるのは困る。周りのみんなはなぜか私が超有能な敏腕学園長だと勘違いしているが本当はまったくの無能だとばれたその時には、学園が危機に陥ってしまう」


 きりりと表情を変えた学園長だったが、そのまなじりには涙の跡が残っていて、あんまり格好ついていなかった。


 「実際、私がいることで、手を出してきていない組織もいくつかある。だがやつらに私の真の実力を知られてしまえば、それは致命的な隙になってしまうだろう」

 「なんか格好つけてますけど、それって要は学園長の自業自得でしょう?」

 「うぐっ」


 私、責任があるんです、みたいな顔をしていた学園長だったが軽くつっこむと顔を歪めた。


 「だってだって。みんなが勝手に祭り上げるんだもん、私、何もしてないって言ってるのに!勝手に世界を救ったことになってるし、飛び級で魔法大学卒業したことになってるし!」


 べらべらと話す学園長だったが今まで、ここまで情けないことになってるのは見たことがなかった。

 わんわんと泣きはらし、駄々をこねる学園長の姿は、あまりにも惨めだった。


 「子供みたいですね、学園長」

 「実際子供だよ!まだ十歳だよ!おかしいよこの世界!わーん!」


 どうやら学園長は壊れてしまったらしい。

 でも、学園長は本当に十歳なのだろうか?

 ジーっと観察してみる。


 「ジーーー」

 「なんだよ、じろじろ見ないでよ、恥ずかしいよおおお」


 確かによく見てみると随分と顔が幼い気がする。

 ほんとに十歳で学園長やらされてんのか……

 と俺が同情を感じていると、


 「学園長ーー、伊藤君ーー、そろそろいーい?」

 

 雪花さんがちらりとこちらを覗き込んだ。

 これじゃあ学園長の本性がばれてしまうのでは、と心配して隣を見ると、さっきまでの痴態が嘘だったかのように、凛々しい表情を浮かべた学園長が立っていた。


 「ふむ、待たせてしまってすまない、ほら話は終わりだ、いくぞ」

 

 威風堂々とした様子の学園長は、肩で風を切って雪花さんの元に帰っていった。


 「ま、いっか。記憶消去だけなら俺の記憶の中身が漏れるわけでもないし」


 またもや手招きしている学園長の元に向かうと、雪花さんがニコニコとしていた。


 「それじゃーあ、記憶消去、いってみようかー」

 「はいはい、お手柔らかに頼みますよ」

 「え、何?私何にも聞いてないんだけど?ねえ?」


 RTA少女がなにやら喚いているが無視だ。

 そもそも記憶消去なんて割と一般的なものなのだ。

 どうしても忘れたい黒歴史やら機密を知ってしまった一般人相手やら、その仕事は多岐に渡るが、受けたことのない人間のほうが少ないほどである。

 かくいう俺も、精神崩壊しそうになるたびに、アンナのつてを使って記憶を消去してもらっている。

 なんども記憶遡行してると、いらない記憶がどんどんたまっていっちゃうからね。


 「ちゃんと、記憶の中身を見てけすんじゃぞ!」


 学園長がとんでもないことを言っている。


 「安心してくださいねー恥ずかしい記憶を見ても―お姉さんは黙っておいてあげますからー」

 「ちょ、ちょっと待ってください、さすがに記憶を覗かれるのはご勘弁!」

 「むむ、だがそれでは本当に記憶が消えたかどうかわからんじゃろうが」

 「なら、記憶消去をした後に俺になにがしかの質問をしてくださいよ、それで分からなかったら記憶はちゃんと消されてる、そうでしょう?」


 考え込むように唸りだした学園長は、最後に一言。


 「まあ、よいじゃろう」


 と言葉をひねりだした。

 この人ちょろすぎだろ、俺は心配になった。


 「じゃーそういうことでー記憶消去ー行っちゃいますねー」


 おもむろに手を伸ばした雪花さんの手が俺の頭をとらえた。

 あ、やわらか。

 感触を楽しんでいたら、記憶消去はすでに終わっていた。

 

 記憶消えてないんですけど……


 思わず雪花さんを凝視するもニコニコと笑っているだけでその心のうちはのぞけなかった。


 「よし、では私の名前を言ってみろ!」


 学園長が詰問してくる。

 ここは話を合わせるべきだろう。


 「すいません、どちら様でしょうか……?」

 

 安堵したように顔を緩めた学園長は、次の瞬間一際顔を引き締めて言った。


 「私はこの学校の学園長であーる。崇めるとよい」


 そういってスキップしながら保健室を去っていった。


 「わけわかんないんだけど?」


 RTA少女は呆れながら帰っていった。


 保健室に残ったのは、俺と雪花さんだけ。

 

 「どうしてですか、雪花さん?」

 「私は確かに仕事を果たしました」


 そういって、今までで一番硬い表情を作った雪花さんはこれ以上言うことはない、といったふうに資料の整理を始めた。


 「あの、失礼しましたー」


 何だったんだろう?と不思議に思いながら俺は帰路についた。


 


 「何、あの化け物……?」


 震える声が、保健室にこだました。

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