第一章九話 反省書

「あのさあ、君頭おかしいんじゃないの?厨二病まだ卒業してないの?」

 

 俺は今……

 職員室で説教を受けていた。

 

 そう、窓ガラスを割りまくった件である。

 正直自分が自分でないような感覚に陥っていたが、あれがハイになるってやつなのだろうか?

 普段ならもっと慎重に事を運んでいただろうに……

 だが何も言い返さないのはよくないだろう。

 

 「違うんですよ先生、世界の危機だったんです!一刻を争う事態だったんです!」

 「はいはい、ラグナロクラグナロク。それで?世界を救った勇者様はそのあとどうして優雅にランチを楽しんでたのかしら?それも立ち入り禁止の屋上で?」


 この人……強い、まったく説得できそうにない。

 まあ美月の異能のことは秘匿されているので何を言っても無駄なのだが。


 「とにかく、窓二枚分の賠償と反省書を書いておきなさい、いいわね!」

 「学園長おおおおおおおお!!」


 俺はたまらず職員室の最奥で茶をすする学園長に助けを求める。


 「学園長!!いつもあんなに情けなく俺に助けを求めてくるくせに!この窓代、経費で落ちないんですか??」

 「おぬし、頭がおかしいんじゃなかろうか?」

 「てめえ、その含蓄がございますみたいな話し方、化けの皮だって知ってんだぞ??」

 「話にならんな、この後保健室に行くように、よいな?」


 まったく相手にされなかった……

 おかしい、俺は今、間違いなく冷静さを欠いている。

 というか学園長は緊急時以外は俺の異能のこと知らないんだった。

 普段はこんなにわめくようなタイプじゃなかったはずだ。

 うーん、わからん原因がわからん。


 「ほら、さっさと保護者に電話しておきなさい、いいわね?」

 「はーい」


 おとなしく職員室を出てスマホからアンナに連絡する。


 「あ、もしもしアンナ?ごめん、仕事の最中に窓ガラス割っちゃってさ、請求書がそっちに行くかもだからお願いできる?」

 「…………そう、まあそういうこともあるわよね。応援してるわ」


 いやに沈黙が長かった気がするが怒ってないよね?

 まあ大丈夫だろ、アンナは数少ない俺の理解者なのだ。

 気にすることはない、うん。


 それにしても……

 明らかに今の俺の精神は乱れている。

 なにがきっかけなのだろうと頭をひねってみるが、とくに思いつかない。

 まさか……成長か?

 

 美月がその精神を成長させているように、俺にも成長期が来たということだろうか?

 確かに小学生の頃はよくわからん奴らに連れまわされてよくわからんことをやっていたが……


 その分の成長が今、高校という新たな環境に身を置いたことで遅れてやってきているのだろうか?


 ならばそれは良いことなのでは?

 今まではただ言われるままに世界を救ってきたがここにきて自主性に芽生えたと言っても良いのでは?

 視野が広がり世界が広がり、そして自分という存在を再定義する……


 そうか、これが成長なのか……





ーーーーーーーーーーー


 エージェントK視点

 

 「こちらエージェントK」


 静謐とした空間に凛と声が響く。


 「監視対象に関してご報告があります」

 「いいだろう、報告を許可する、エージェントK」


 少女は確かめるように息を吸った。


 「監視対象、伊藤祐也はどうやら……狂ってしまったようです」

 「……っは!?どういうことだ!説明しろ!」

 「はい、彼は授業が終わると同時に教室の窓を突き破り、そのままグラウンドに着地、その後は職員室の窓を叩き割って侵入そこから一年A組の教室に突っ込んだそうです。


 少女は体をふるわせた。

 彼が窓から飛び降りる直前、一瞬目が合い、そして……

 なぜだかその瞳に感謝の色を見た。

 あれは明らかに狂気を宿した瞳だった。


 「それだけ時間がなかった、ということではないのか?」

 「室長はご存知のはずです、彼にとって時間なんてものはどうとでもなる。」

 「む、だがなあ」


 お互いに黙り込んでしまう。

 少なくとも彼は今まで試行回数は多くともスマートに仕事をこなしてきたはずである。

 それは組織にある歪時計が証明している。


 ではなぜこのタイミングでこんな突拍子もないことを?

 思考がぐるぐると回りだす。


 「エージェントK、そういえばこの前監視対象とゲームをしたと言っていたな?」

 「ええ、RTAを見せました」

 「ならばそれが原因ではないのか?お前の異能、『洗脳』を用いたのだろう?」

 「いえ、まさかそんな!軽く暗示をかける程度でしたし、何より、私は彼にしっかりと伝えたのです!リセットは悪であり、たとえチャートがガバろうともオリチャーを発動し、可及的速やかに路線変更を行うべきだと!!」

 「もしかしたら表面的なことしか伝わらなかったんじゃないのか?」

 「まさか!?たしかに一番大事なのはタイムだと教えましたが同時にそのチャートが実現可能なものなのかを考えるように伝えました!!」


 少女は憤っていた。

 確かに彼に軽い暗示をかけはしたがそれでも本当に軽微な、ちょっと強く記憶に残るといいな、程度のおまじないレベルの効果しかないはずである。


 「……こちらでも調べてみよう、監視は続行するように。頼んだぞエージェントK」

 

 気圧されたような口調とともに通信が切れる。

 もやもやとして、どうにも気が晴れない彼女だったが、こぶしを握りこんで祈るようにつぶやく。


 「どうか明日には彼がまともになっていますように」

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