男子大学生が自分を罰するためにオシッコ我慢して漏らす話

コンコンコン


 大学の講義がすべて終わった夕方。先輩を訪ねてドアをノックする。が、返事はない。しばらく待ってから再びノックをし、中にいるであろう先輩に呼びかける。


「先輩、俺です。甲方こうがたです」


 返事はない。気づかれていないのではと思いさっきよりも強めにドアを叩いた。それでも返事はなかった。


(留守? いやここ数日サークルにも顔出してないって聞いたし。やっぱりこないだのことが…… )


 あの日の光景がフラッシュバックする。俺が、俺が先輩にトイレを貸すのが遅れたばっかりに、先輩は漏らしてしまった。なぜかはわからないが先輩はトイレを我慢しており、これまたなぜか自宅のカギを大学に忘れてきていた。大学までカギを取りに行く余裕がなかった先輩は隣に住んでいる俺に助けを求めた。そう、少し前、先輩にフラレて意気消沈していた俺に……


 俺は自分のことをフった先輩を、許せなかった。これまでイケメンと呼ばれ、好きなときに好きな子と付き合ってきた。フラレたのは、今回が初めて。そんな小さなプライドのせいで先輩にトイレを貸すのが遅れた。そして、結果として先輩は、俺の家の前に水たまりを作って立ち去った。


 それ以来先輩を大学で見ていない。きっと落ち込んで引きこもっているのだろう。すべての責任は俺にある。俺が、太陽みたいに明るかった先輩を曇らせた。


(…… っし! 覚悟決めっか! )


 パァンと思いっきり頬を叩いたあと、俺は先輩の家の玄関前にドカッと腰を下ろした。そして、そのままの体制でドアに向かって叫んだ。


「先輩、俺、先輩が出てくるまでここを動かないんで。だから…… でてきて顔見せてくださいよ! 」


 相変わらず返事はない。こうなったら根比べだ。先輩は努力している人間が大好きだと言っていたし、自分を部屋から出すために俺が努力していると知れば「うん、なかなか頑張れるね! キミに免じてでてきてあげよう! 」とか言ってくれるはずだ。大丈夫。今は夏なので水分さえしっかり取っていれば命の危険はない。スポドリを満載した水筒もあるし、これなら先輩が出てくるまでは余裕で持つ。


「あ、言っときますけど、俺、日付が変わってもここ動きませんから。先輩が大学行かないなら、その原因を作った俺も大学行きません」


 というか先輩にフラレた日からちゃんと大学行ってないけど…… とにかく賭けられるものは全部賭けた。あとは先輩次第。俺は不動の構えで先輩の家の玄関を睨む。他の住人や通行人の視線、どれも気にならない。先輩を、大好きな先輩を救うためなら……



 あれから三十分。俺の覚悟は揺らぎ始めた。原因は体調不良や羞恥、ではない。俺を苦しめていたのはあのときの先輩と同じ単純な生理現象。尿意だ。


「…… ッ…… ふぅ…… くっ…… 」


 短く息を吐いて尿意を紛らわす。なんでこんな簡単なことを忘れていたんだろう。いや全く対策していなかったわけではない。ここに座り込む前にトイレに行った。そこで全部出し終えたので、しばらくは大丈夫だと考えていたし、なんならトイレは遠いほうなので一日くらいしなくても問題ないと考えていた。それなのに、今はすごく、トイレに行きたい。まるで自分の中で別の生き物が暴れているような激しい尿意が俺を襲っている。


(クソッ…… なんでだよ、いつもなら、こんなにしたく、ならねぇのに…… )


 ここまでの三十分、特に目立ったミスはなかった。たしかに暑いからと言って持参したスポーツドリンクはチビチビ飲んでいた。が、それが小便になっただけではつじつまが合わない。それくらい、この尿意は強烈だ。多分、トイレに行けないと思ったから体が過剰反応しているのだろう。俺はジャージの上から自分のチンコをギュッと握る。ずっと握っていると痛いので少しだけ力を抜く。だが力を抜くと小便が漏れそうなのでまたギュッと力を込める。力を込めたり抜いたり、まるで愛撫しているように自分のチンコをもてあそび、尿意を紛らわす。


(くぁ…… マズッ、これ、マジで…… でも、まだ、三十分しか)


 先輩が出てくるまでここを動かないと宣言したのに三十分でトイレ休憩はダサすぎる。それに先輩はきっとこれよりもツライ我慢を経験したはずだ。この程度の尿意で音を上げるなんて、先輩に顔向けできない。


「ふぅ…… なんだよ、こんくらい…… 全然、余裕だし…… 」


 先輩に、ではなく自分の体に向かって話しかける。当然こちらも返事はない。ただ、返事の代わりに尿意の波がブワッと押し寄せて、俺の覚悟を試してくる。上等だ。こんな尿意に負けるほど、俺は弱くない。つーか、尿意に負ける程度の努力しかできないなら、先輩にふさわしくない。いやフラレてるからもうふさわしくはないかもだけど、それはそれだ。これからもサークルで先輩の隣に立つために、この尿意は乗り越えるべき試練なのだ。うん、きっとそうだ。


(…… だったら、もっと、やってやる…… )


 このとき俺はなぜか「もっと強い尿意を耐えねば先輩と仲直りできない」というわけのわからない結論に達していた。どうやら尿意というのは人からまともな思考力を奪うらしい。そんなことに全く気づかない俺は持ってきた水筒に入っていたスポドリを一気に飲み干した。胃の中にジャポジャポ液体が注がれ、その冷たさが俺の体を収縮させる。必然尿意は強まるが、俺は強くなった尿意を待ってましたとばかりに迎え入れる。


(いいぞ…… これで、先輩に、並べる…… )


 謎の高揚感が湧き上がる。これでいい。これでいい。同じ言葉が何度も頭の中でこだまする。我慢することが多ければ多いほど、そしてツラければツライほどいい、気がする。たくさんの苦行を努力で乗り越えれば、きっと先輩は認めてくれる。いや、許してくれる。


(そっか…… これって、そういうことか…… )


 ふと自分の行動の意味に気づく。俺が自分を追い詰めるのは、先輩に恥ずかしい思いをさせた罪を償うため。そして罪を償い、また先輩の笑顔を見るため。俺の自分勝手な贖罪はまだまだ続く。



「はぁ…… あぁクソッ…… ウッ…… ウゥ…… 」


 先輩の家の前に座り込んでから、どれだけ時間が経っただろう。夕方ごろに座り込んで今は周りが真っ暗。ということは少なくとも一時間以上経っているだろう。まあこんなことスマホで時間を確認すればすぐにわかる。わかるのだが、スマホは使えない。というか今なんの道具も使えない。


ショワワ……


「あぁ…… このっ、勝手に…… 」


 自分の体に悪態をついた。あぁ、ムカつく。体の方は良かれと思ってやってるんだろう。だが俺はそんなことしてほしくない。


ジョワ……


「チッ…… また、かよ…… 」


 少しづつ体が勝手に動く間隔が短くなる。その時々、量は違うが出ていることは変わりない。しっかりと両手を使っているはずなのに、ラクな姿勢のはずなのに、勝手にモノが溢れ出る。このまま何もしなければ……


「あぁ…… ヤバッ、漏れる…… 小便、漏れる…… 」


 弱音と同時に小便がジョッと溢れてパンツとジャージを濡らす。パンツが小便を吸収していたのは遥か昔。もうパンツは使い物にならない。尿意をごまかすためにチンコをギュウギュウ握るたび、ジュワジュワと小便がパンツから染み出し、ジャージに移る。なんだよ、こんなんじゃあ、仮に先輩が出てきても、小便まみれで会わなきゃなんねぇじゃん。笑われる…… 絶対、笑われる。


(やっぱ一回トイレ…… いやでもトイレ言ってる間に先輩が出てきたら…… )


 トイレに行きたい。でもトイレに行っている間に先輩が出てきたら会えない。我慢しなきゃいけない。でももう我慢できない。漏れそう。漏らしたくない。理想と現実が真っ向からぶつかって、俺の身動きを封じる。


ショオオオオ……


 また小便がこぼれる。でも今までとは違う。今までは勢いよくシャッと小便が出てすぐにとまっていた。でも今回のは、勢いこそ弱いがなかなかとまってくれない。それに、なんだか、気持ちいい。股間や尻がほんのりあたたかくなって、腹の締め付けもゆるくなって、ギンギンになってたチンコも落ち着いて…… なんか、もうこのまま、諦めちゃえば……


(諦めちゃえば、ラクになれっか…… ラクに、先輩と違って、ラクに…… )


 思い起こされるのは数日前の先輩の姿。俺の知らないところで一生懸命小便を我慢して、それでも諦めることなくトイレを目指した先輩。ラクになれる選択肢が無数にあったはずなのにあえて茨の道を選んだ先輩。いっぱいいっぱい頑張った先輩。そして、先輩の頑張りを台無しにした俺。そんな俺が、クズ野郎の俺が先輩より先にラクになるなんて、許されるはずがない。


ギュッ!


 渾身の力でチンコを握る。出口を無理やり塞いだので、小便はとまる。直後に下腹部全体に激痛が走った。


 今の俺は例えるなら蛇口に繋がれたホースの先っぽを無理やり塞いでいるだけ。蛇口からは水が出続けているし、ホースにたまった水も魔法みたいに消えない。ホースの中はすでに水で満たされているが、蛇口からは絶え間なく給水が行われる。ホースの中の圧力はドンドン高まり、最後は蛇口かホースがダメになる。


 この例を俺の体に置き換えると…… 俺の腹かチンコが破裂する。助かるには手を離して小便を出し切るしかない。だが、俺はそんな逃げ、絶対に許さない。たとえ体が壊れようと、先輩が部屋から出てくるまで、俺はここを動かないし、小便も漏らさない。


「はぁ…… せん、ぱい…… 」


 極限状態の中、口が勝手に動く。扉を隔てて姿も見えない相手に届くかもわからない声量で語りかける。


「先輩、俺、頑張ってるでしょ? 俺、ホントに、先輩のこと…… 大好きだから。先輩と、一緒にいられるように、これからもずっと、頑張るつもりです。もう付き合ってなんて、言いません。言わないからせめて…… 姿を見せ…… 」


蝶平ちょうへい、何してんの? 」


 待ち望んだ声。だけどそれがしたのは家の中からじゃなく、俺の右側。ゆっくりと首を回して声の出どころを確認する。俺の視線の先には、俺の大好きな人、猪鹿いが 札木さつき先輩がキャリーバックと一緒に立っていた。


「な…… は? 猪鹿せんぱ…… え? ど、どうして…… 」


「どうしてってここ私ん家なんだけど…… 」


「いやだって、大学、来てないって…… 」


「あぁそのこと? 」


 先輩はあっけらかんとした感じで話し始める。落ち込んでいる様子なんて微塵も感じられなかった。


「いや〜ちょっと前にねおじいちゃんが急に倒れたって聞いてさ。それで実家に帰ってたんだ。あ、おじいちゃんは無事だったよ? ま、一族総出で『頑張れ! 』って応援したんだから当然だよね? 」


 …… いろいろ言いたいことはあったけど、一つ思ったのはおじいさんの病室はさぞ騒がしかっただろうということだ。というか一族全員、努力至上主義なんだ……


「え、じゃあ、この間の件で、引きこもってた、わけじゃ…… 」


「うん? この間のって? あぁ、もしかしてキミんちの前でやらかしちゃったこと? あー、あれは女子としてはショックだったね…… 」


 先輩の表情が少しだけ曇る。やっぱり、気にしてたんだ。あぁ、俺の、俺のせいで……


「先輩、ホント、ゴメ…… 」


「あ、でももう全然大丈夫だよ! 気にしてても過去は変わんないもん! 」


 そういって先輩はとびっきりの笑顔を俺に向けた。俺が大好きな、太陽みたいな笑顔だ。先輩はその笑顔のまま言葉を続ける。


「でさ、蝶平は私の家の前で座り込んで何してんの? 断食? 」


 ナチュラルに断食がでてくるの、怖い。


「いや、あの、俺、先輩が、大学、来なくなったって…… だから、先輩が出てくるまで、ここで、待ってようって、だって、あれ、全部、俺の…… 」


「アハハハハハハハ! 」


 突然、先輩が笑い出した。何がおかしいのか、尿意に頭を乗っ取られた俺にはわからない。いや普段から先輩の言ってることはわかんないんだけどさ。先輩は目を極限まで細めながら笑い続け、落ち着いたところで話し始めた。


「あーおかし…… 蝶平ってバカだねぇ。私の友だちといい勝負だよ」


 なんか知らない人とバカさ加減を比べられた。


「いやでも、蝶平のほうがマシか」


 で、なんか知らないけど勝った。よくわからない展開の連続。俺は唖然として先輩を見つめる。というか、もう、漏れそうでそれくらいしかできないんだけど……


「あのね蝶平」


「な、なんすか? 」


「私が失敗したのは誰のせいでもないの。そりゃ、邪魔が入ることだってあるよ? んでそのせいで失敗しちゃうことも。でもさ、私はそういう邪魔を含めて努力の対象だと思ってるから、失敗はぜーんぶ私の努力不足なわけ。だからさ、蝶平が私のために頑張る必要はないの。だって私の失敗は私だけの責任、私だけの経験なんだからさ」


 わかるような、わからないような…… とにかく先輩は全然気にしてない。じゃあ俺の今日の行動は全部独り相撲。全部無駄だったってことか…… クソ、なんだよ、こんな思いまでして…… 無駄だなんて……


「まぁでも心配してくれたのは嬉しいかな? ここまでされたの…… 初めてかもだし…… 」


 先輩は照れくさそうに頬をかいた。恥ずかしがってる先輩、初めて見る。この前の鬼気迫る赤面とは違い、柔らかくてクセになりそうな照れ顔。うん、この顔が見れたなら…… まいっか。


「でさ蝶平? そこどいてくんない? 私、家に入れないんだけど」


 あっ、そっか。俺が玄関の前で座り込んでたら、先輩が家に入れないか。早くどかないと、どかないと……


(これ大丈夫か? 俺、動けるか? )


 先輩の話に夢中で忘れかけていたが俺のダムは決壊寸前だ。ちょっとでも体勢を崩せば出口に加わる力が崩れてアウト。なるべく体勢を変えずに立ち上がり、すぐ近くにある自分の家に滑り込み、トイレに向かう。立ち上がったときに濡れたジャージやチンコを握っている手を先輩に見られるだろうがそれはもうどうしようもない。ジャージのシミは消えてくれないし、手を離したらもっと恥ずかしいことになる。とにかく、まずは、立ち上がらないと。


「フッ、フゥゥ…… 」


 余分な空気を吐き出し体を軽くする。視界の端っこでは先輩がなかなか立ち上がらない俺を心配そうに見ている。あぁ、やめてくれ先輩。マジマジと俺を見ないでくれ…… 早く、でも衝撃を与えないように、最新の注意をはらい、俺は体を持ち上げた。


グワァン


 瞬間、視界がゆがむ。いわゆる立ち眩み、というやつだ。そりゃずっと座ったままで急に立ち上がったら、こうもなる。だが今は、今だけは怒ってほしくなかった。


(とと…… ヤバッ)


 転ばないようにと体が気を利かせ足を勝手に動かす。左足が近くの地面についてカランと音をたてた。確認する余裕は全く無いが、おそらく持ってきた水筒を蹴ってしまったのだろう。それでも体のバランスは戻らずヨタヨタと数歩後退して、俺のたちくらみは終わった。そして、別のものも終わろうとしていた。


ジョワワワワ


「あっ、ああっ…… あっ」


 出てはいけないモノが溢れ出る。今までとは段違いの勢い。停まる気配は、ない。


(ダメ、だ…… 先輩の、前で、なんて…… )


 もう結果は変わらない。どうあっても俺はジャージのまま小便を漏らす。でも、それをするのはここじゃない。失敗するならせめて、先輩の見てないところで。


「蝶平、大丈夫? もしかして、トイレ行きたい感じ? 」


 バレてる。トイレに行きたいことも、小便漏れそうなことも…… もしかしたら結構漏らしていることも、全部バレてる。だから、ここで取り繕うのは無意味。全部認めて謝りながら漏らしたほうがラク。頭ではわかってる。でも頭以外の場所が、それを許さない。


「いや、マジで、大丈夫、なんで…… じゃ、今日は、お疲れ様っした…… 」


 息も絶え絶えに別れを告げ自分の家へと一歩を踏み出す。この一歩が重要だ。足を開きすぎず、強く地面を蹴りすぎず、絶妙な加減で踏み出さねばならない。でも頑張るのはこの一歩だけ。あとは同じことを繰り返すだけ。だから、この一歩を、全力で。俺は心を決め、運命の一歩を踏み出した。


ズコッ


 直後、俺の体が宙を舞った。大切な一歩。その一歩を踏み出した地面がクルンと回転したのだ。比喩でもなんでもない。足を踏み出したら地面が逃げた。こんな、こんなことって……


ドシン


 痛い。思いっきり尻もちをついた。目線の先にはさっき蹴り倒した水筒が転がっている。あぁ、アイツを踏んじまったのか。なんだよ、片付けときゃよかった。っていうかアレの中に小便してればよかった。そうすれば、もう少し持ったかもしれない。もう少しだけ時間があれば、こんなことにはならなかったのに…… こんな、ダサい、ことには……


ショワワワワワワワワワワワ


 尻もちの衝撃が呼び水となり、そそり立ったチンコから小便が噴出した。まるで山の上から溶岩が溢れてるみたいに、テントを張ったジャージにそって小便がシャアアアアアと流れる。小便は俺の股間を、尻を、腹を、触れたものを全部汚して床にこぼれ落ちる。ジャージが吸収しきれなかった分は地面に水たまりを作り、陣地をどんどん広げる。あぁダメだ。ここは先輩の家の前なのに、先輩も見てるのに、なのに…… 気持ち良すぎて、とめらんねぇ……


ショオオオオオオオオオオ


 とめどなく、無限と思えるほどに、小便は漏れ出し続ける。いつ終わるのか、俺にもわからない。わからないけどどうでもいい。だって今、すっごく、いい感じ、なんだから……


ショロロロロ……


 あぁ、終わる。終わっちまう。気持ちよかったあの時間が。努力の報酬とも言える気持ちいい時間が。ほんの少しの名残惜しさを残し、俺は小便を全部出しきった。


「ッ…… 」


 うわぁ、先輩、めちゃくちゃ引いてる…… そうだよな、俺、家の前で小便漏らしたんだもんなぁ。普通、引くよなぁ。あーあ、先輩に会いたくて頑張ってたのに失敗かー。まあでもいっか、これで、諦めもつく。


「あー、マジごめんなさい。すぐ片付けるんで。でも、ちょっとだけ、待ってください…… 俺、着替えて、くるんで…… 」


 そう言って立ち上がる。ピチャンと水の跳ねる音がした。下を見ると雨も降っていないのに水たまりが広がっている。結構でかい。水たまりの中心には俺がいる。この水たまり、俺が作ったんだ。俺が、小便漏らして。事実を認識した瞬間、急に色んな感情が湧き出した。羞恥、憤怒、悲哀…… まあとりあえず、ちょっと泣きたい。涙を堪えるのに必死で、全然、動き出せない。


「蝶平…… 」


 やめてくれ、先輩。こっちにこないでくれ。先輩を俺の小便で汚したくない。先輩に泣きそうな顔見られたくない。先輩をこれ以上失望させたくない。だから、こっちにこないで…… 俺の願いとは裏腹に先輩は小便の水たまりに踏み入り、俺に近づく。そして俺の肩に手を置いてから言った。


「うち来る? その格好じゃ帰れないでしょ? 」///


 は? 何? …… え、何? 先輩、一体何を言って……


「あ、住んでるの隣の部屋なんだっけ? じゃあ帰れるか。まあでもちょっと上がってきなよ」


 先輩は喋り終わるのとほとんど同時に玄関のドアを開け、「ほら入って入って! 」とまだ状況が飲み込めていない俺の背中を押した。


「ちょちょ! ダメですって! 俺こんな格好なんだから先輩の家汚しちゃいますよ! そもそも、その、彼氏でもない俺が、家に入るのは、なんか、イケナイというか…… 」


「いーのいーの! というか私のために頑張ってくれたんだからなんかお礼したいし。あ、ササミ食べる? 冷凍庫にいっぱいあるんだ! 」


「いりませんよササミなんて…… 」


「じゃあササミはなしにしても何かしらおもてなしするよ。あんなにおっきな水たまり作れるほど頑張れる子なんだからちゃんともてなさなきゃ、だよね!? 」


「だよね、と言われましても…… 」


 会話は完全に先輩のペース。まあ俺が会話の主導権を握れたことなんて一度もないんだけど。先輩は普段通りの明るい調子で気分最悪の俺を部屋へと押し込んだ。バタンとドアが閉まるとすぐに、先輩は「じゃタオル持ってくるからそこ動かないでねー」と言ってクツを脱いだ。そんなに手間がかかるなら家に帰してくれよとは思った。が、せっかく先輩の部屋に入れたのだ。もうちょっとだけ、ここにいよう。それくらいのご褒美、あってもいいはずだ。


「いやー、しかしキミ、なかなか根性あるね」


 タオルを取ってくると言ったはずの先輩はまだ俺の近くにいた。しかも、なんか顔覗き込んでくるし。喋り方も、いつもより色っぽいし…… つーか見ないでくれ。まだちょっと、泣きそうなんだから…… 先輩は俺の崩れそうな顔をジーッと見つめたあとでポソッと言った。


「キミみたいな子とならなってもいいかな。先輩後輩とは違う、もっと、いい、関係にさ…… 」


羞恥、嫌悪、罪悪感。感じていた負の感情が一気に消えた。


(えっ…… マジ? 今のって、そういう? )


 自問したがわかるはずはない。この問いの答えは先輩しか持っていない。すぐさま先輩に尋ねる。


「その、先輩、えっ? つまり俺たち、付き合うって、ことっすか? 」


 先輩はいたずらっ子みたいな笑顔で返す。


「それは教えられないなぁ。私が言ったのがどんな関係か、考えてみたまえ。さっきみたいに頑張ってさ」


 「じゃ今度はホントにタオル持ってくるね」と言って先輩はどこかの部屋に入っていた。玄関から動けない俺は先輩の後を追うことも追加の質問をすることもできない。でも今はそれでもいい。今は、この不確かな関係を都合よく解釈したい。それに、先輩後輩以上の関係なら、多分、一緒にいる時間も増えるだろうし。


(やった…… やった! 俺、やったよ! )


 喜びはするが声には出さない。ただ先輩にバレないように小さくガッツポーズだけはした。


 努力が報われる保証はない。というか経験上九割の努力は無駄になる。目標を立てて自分なりに頑張っても、最初から自分よりできるヤツには叶わない。でも、努力はいつか実を結ぶ。それは望んだ過程を経たものじゃないかもしれない。想定していた結果じゃないかもしれない。でも何かしらは得られる。そしてごくごく稀に努力は想定した以上の結果を運んでくる。ただ罪滅ぼしをしていただけの俺がフラレた先輩と付き合えたように。


 こういうことがあるから、努力はやめられないのだ。


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