58.船から降りてもひと騒動
レオは結局、吐きそうになって海に落ちた。港の漁師や船員がわっと群がり、すぐに回収される。賑やかな海の男達は、これが特効薬だと酒を飲ませた。瓶で飲まされたレオは、不思議なことに落ち着いたみたいなの。
お父様が「あれは二日酔いの迎え酒だ」と解説してくれた。効果のある人とない人がいるようだけど、レオは効果があったのね。陸酔いが治まる頃、本当の二日酔いになるんですって。解決を先送りする空転議会みたいだわ。
「お母様、魔法道具で雨が降ると聞いたけれど」
私が切り出すと、皆が集まってきた。あの揺れを体験した本国の貴族や民は、妙な連帯感が生まれている。貴族に肩を貸す農夫、農家の女将さんが貴族の青年に運ばれる姿など……多種多様な助け合いが見られた。
「ええ、スイッチが宝石だったのよ。それで触れたら、突然雨になったの。冷たくて驚いたので手を離したら、降りやんだのよ」
驚いたわ、と笑いながらお母様はあっけらかんと語る。簡単な使い方は判明したようだ。ロマンチストなご先祖様の詩から推測する利用方法は、海水を山へ降らせっぱなしだった。ずっと人が触れていたはずはないので、その辺は調べてもらうとしよう。
酔って真っ青になりながらも、ル・メール侯爵は根性で解読用の手帳を離さない。転がるように床に手をつき、本家のル・ベル公爵家の当主と抱き合って再会を喜んだ。なんと兄弟なんだそうよ。年齢が離れているから、伯父甥の関係だと思っていたわ。
魔法道具の使用方法の解読は彼らに任せ、到着した本国の民が休む宿の手配を始める。さすがに吐瀉物塗れの船は使えなかった。掃除は後日として、ひとまず休む場所が必要なの。あれこれ指図を始めるも、お母様に叱られてしまった。
「あなたは休みなさい。あとは私が引き継ぎます」
「……ありがとうございます」
二回ほど「でも」「だって」とやりとりした後、私は素直に厚意を受け入れた。酔いの影響はほとんどなくても、やはり疲れていたのね。安心したら、だんだんと眠くなってきた。
海水で濡れたレオを連れ、ひと足さきに屋敷に帰る。見慣れた屋敷で、何ヶ月も離れていたわけじゃないのに、懐かしく感じた。王都に滞在した期間の方が長かったのよ。おかしいわね。
「変じゃないさ。それだけ、疲れていたんだ」
ぽんと肩を叩くレオがいいことを言うけれど、反対の手で口元を押さえる姿はいただけないわ。くすくす笑って、自室に引き上げた。今までなら一緒に眠るとごねたはず。さすがに今日は醜態を晒せないと、大人しく引っ込んだ。
侍女に下がるよう命じ、私は一人で庭から街の方を眺める。遠くて彼らの姿は見えない。少し庭を眺めてから、着替えてベッドに寝転がった。お風呂は後でいいわ。いま入ったら溺れてしまいそう。
目を閉じると、吸い込まれるように意識が沈んでいく。何も考えず、夢も見ず、深く暗い眠りの中へ。目覚めたら、心地よい未来が待っていると確信しながら、目を閉じた。
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