14.常に二つの選択肢

 コリンヌには二日の休暇を与えた。だって酷いのよ。私がこちらへ来る許可を与える前に、無理やりコリンヌを背中に乗せて、走り始めたんですって。落ちないようにしがみ付くのも大変だったと思うの。


 リュシーはしっかり叱った。怒られているのに、嬉しそうに尻尾を振らないのよ! そんなところもレオポルド兄様にそっくりね。


「シャル、リュシーにばかり構うと……閉じ込めてしまいたくなる」


 私の手を握って、唇を押し当てる。その状態でうっとり囁く内容は、問題ありだった。振り払っても喜ぶし、頬を叩いたらもっと興奮するわ。ここは無視しましょう。


「その美しい瞳に俺が映らないなら、抉ってしまおうか。いや、いっそ俺だけを見つめるように……」


「やめて」


 その先は聞かない方がよさそう。無視しても無駄だなんて、この執着にも困ったものね。溜め息をつく私に、レオは嬉しそうに頬を擦り寄せる。幻影の尻尾が見えるわ。


 がうっ! 威嚇するようにレオに吠えるリュシーは、ぐるるると喉を鳴らして鼻に皺を寄せた。立ち上がったレオがいい笑顔で向き直る。


「落ち着きなさい。まずレオは私と一緒に来て。リュシーは明日ね」


 順番よと言い聞かせ、一人と一匹を引き離す。犬の姿で生まれたとはいえ、リュシーの本質はドラゴンだ。本来は鱗のあるトカゲ姿で炎や氷を吐き出す種族だった。本国では最強種と認識されている。


 主人の命令に逆らわないリュシーは、困ったように鼻を鳴らしながらも屋敷の裏庭へ移動した。


「俺は何をすればいい? あの王子を引き裂いてもいいし、王を始末しても……」


「レオ、物騒な発言はダメよ。それに報復する時は、私も手を下します」


 暴走しないよう、ぴしゃりと言い渡した。嬉しそうな笑顔のレオを連れて、居間へ向かう。お父様やお母様と今後の対策を練らなくては。


「レオは本国と私、どちらを選ぶかしら?」


「当然、シャルだよ」


 実家の公爵家を潰しても、本国が倒れても、痛くも痒くもない。平然と言い放つところは、先祖返りの特徴だった。何か一つ、己の中心に定めたもの以外は優先しない。それが者だったり、物だったり。人によって違うけれど、優先順位は揺るがなかった。


 わかっていて問うた私は、知っていた答えに満面の笑みを浮かべる。


「そういった姿を見ると、先祖返りではなくてよかったと……思うこともあるのよ」


 後ろからセレーヌ叔母様が声をかける。その声は話しかけるより小さく、独り言には大きかった。


「私、レオ、お母様……こちらには三人もいますわね」


 本国に残る先祖返りは二人、国王陛下と末の王女殿下のみ。私の指摘に、叔母様は覚悟を決めた顔で頷いた。


「あなたの思うようになさい。それがきっと正しいわ」


「ありがとうございます」


 ノックしようとした手を掴んで、レオは眉尻を下げた。唇で指を噛むように挟む。


「何?」


「俺を見て」


「見ているわ」


 あらあらと笑う叔母様が先に入室した。開いた扉をくぐり、後を追う私達に、お母様は満足げだ。嫉妬でべったりのレオをくっつけたまま、私はソファに腰掛けようとして……レオの膝に座ることになった。

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