アノヘヤ
葛原桂
第1話 禁じられた303号室
これは、俺たちが体験した奇妙で不気味な話だ。その時はまだ中学生ってだけあって好奇心で「あの部屋」に近付いた。でもそれは、一生心に残る傷になるなんて誰も思わなかった。
《一日目》
「ねぇ、見て見て!このお寺めちゃくちゃ大きいよ!」
「風華、写真ばっか撮ってないでさ、もう少し周りを楽しんだら?」
「凱叶~俺腹へったぞ」
「だってこんなところに来るのなんてそうそうないし、思い出に残しておかないと!」
「まぁ、風華は写真部だしな。ところで、憂翔はどこだ?」
「あそこでお守り選んでる」
「お前、そんなにお守りばっか買ってどうすんだよ?」
凱叶がからかうように声をかけると、憂翔は振り返って言った。
「護身用だよ護身用。備えあれば憂いなしってな。特に、今日は何だか妙な感じがするんだよ」
「妙な感じ?なんだそれ?」
「第六感さ。勘だけど、念のためにね」
憂翔はそれ以上何も言わず、お守りをそっとカバンにしまい込んだ。
観光地を後にし、生徒たちはバスに乗り込んだ。バスは京都の街を離れ、緑が濃く茂る山道を進んでいく。しばらくして、目的地のホテルが姿を現した。
「すげぇ…本当に豪華だな…!」
「まさかこんな立派なホテルに泊まれるなんて!」
「やばい、明日プールで遊ぶぞ!」
生徒たちはバスから降りてその豪華な外観に見とれていた。白い大理石で覆われたエントランス、巨大なシャンデリアが光るロビー。どこを見ても高級感にあふれていた。
「皆、注目!」
教師の一人が大声を上げると、全員がピリッと姿勢を正した。
「このホテルでは一つだけ守らなければならないルールがあるそうだ。それは、303号室には決して近づかないことだ」
生徒たちがざわつき始める。
「303号室?」
「なんで?」
「ホラー映画みたいだな…」
教師は厳しい表情を崩さず、続けた。
「理由は話せないが、絶対にドアを開けることはもちろん、部屋の前を通ることさえ避けるんだ。これはホテル側からの厳命だ。ルールを破った者には親に迎えに来て貰うぞ」
「あと、他のお客さんもいるから部屋を行き来したり騒がないように」
それ以上の説明はなく、教師たちは生徒たちを部屋へ案内し始めた。男子グループは五人ずつで2階の201号室~216号室までで女子も4階で男子と同じくグループで部屋割りをされた。しかし、303号室という単語が耳に残った凱叶たちのグループは、自然とその部屋の話題で持ちきりになっていた。
「何かヤバそうだな。使えない理由があるのか?」
凱叶は不思議そうに考え込む。
「もしかして本当に何かいるんじゃない?お化けとか」
風華が半分冗談、半分本気でつぶやく。
「先生の顔、マジだったよ」
冥が少し鋭い目でそう言うと、全員が一瞬黙り込んだ。
「ま、とにかく、今日は疲れたし、部屋で少し休もうぜ」
凱叶が提案し、5人はそれぞれの部屋に向かうことにした。
男子が貸切る階にエレベーターが到着するとみんなはそれぞれの部屋に荷物を置き、少し休んだりシャワーを浴びたりして、次に控える夕食に備えていた。凱叶、憂翔、神士は活動班と部屋班が分かれていて、全員で夕食の時間に集まることになっていた。
「修学旅行ってさ、なんか食事が一番楽しみな気がするよな!」
部屋が一緒だった生徒Bが楽しげに言いながら、エレベーターでレストランフロアに向かう。
「お前、昼に食べた八ツ橋とかお団子で、もうお腹いっぱいじゃなかったのか?」
生徒Aが冗談交じりに突っ込むと、生徒Bは笑って答える。
「別腹だよ、別腹!」
「凱叶、夕食ってどんなメニューだと思う?」
生徒Cが少しワクワクした様子で凱叶に問いかける。
「さぁな、でもこのホテルの感じだと、豪華なコース料理とかじゃないか?天ぷらとか寿司とか出るかもな」
「だったら最高だね!」
「ジュースもあるかもな」
生徒Cと生徒Dは期待に目を輝かせる。
レストランに到着――
豪華なディナー会場に、80人の生徒たちが次々と集まり始めた。大きなシャンデリアが輝く天井の下、白いテーブルクロスが敷かれたテーブルには、豪華な料理が並んでいる。サラダ、ステーキ、天ぷら、寿司…どれも一流のレストランに出てきそうなメニューだった。そして凱叶は憂翔と神士を見つけた後に風華と冥も訪れて適当な場所に座った。
「うわぁ、すごい…これは食べきれないかも!」
風華が目を丸くして料理を見つめる。
「こういう時こそ、食べないと損だよね」
冥が静かに笑いながら、テーブルに並ぶ料理を見渡していた。そして食事が始まると、みんなは楽しげに談笑しながら料理を味わい始めた。
「おい、このステーキめっちゃ美味いぞ!」
「天ぷらもサクサクだし、これ本当にホテルの食事かよ!」
凱叶たちも会話に花を咲かせながら、修学旅行最後の夜を満喫していた。冥は少し静かに食事をしていたが、時折みんなの会話に加わっていた。
「凱叶さ、
「ほぼ喋んねぇよ。活動班と部屋班一緒で良かったのにあのクソ先生がよ」
ご飯を食べながら凱叶は愚痴を吐いてそれを神士はしばらく聞いていた。
夕食後――
「さて、風呂にでも入るか」
凱叶たちは食事を終えた後、それぞれの部屋に戻り風呂の準備を始めていた。このホテルには大浴場があり数人の生徒たちはそこでリラックスする予定だった。そこで凱叶は部屋を抜け出して斜め横の部屋をノックすると神士と憂翔が扉を開けて顔を覗かせた。
「風呂、早い内に行こうぜ」
「おけ」
「りょうか~い」
大浴場――
「うわ、広っ!」
「すげぇ、まるで温泉みたいじゃないか。」
凱叶たちは広々とした大浴場に足を踏み入れるとその豪華さに驚いていた。大きな湯船には、湯気が立ち上り壁には美しい陶器のタイルが並んでいる。男子3人はそれぞれシャワーで汗を流した後、湯船に浸かった。
「はぁ…やっぱ風呂は最高だ」
憂翔が湯船に深く体を沈めながら、リラックスした声を漏らす。すると近くに浸かっていた五人集まりの男子があの部屋の話しをしていた。
「303号室の話、やっぱ気になるよな」
「わかる、それな」
「風呂出たら就寝まで時間あるし見に行くか?」
「やめとけ」
その集まりに割って入ったのは神士だった。神士は真剣な顔で男子たちを見たがそれを笑って皆は話を流した。諦めた神士が戻ってきて凱叶の隣で湯船に浸かった。
「でもさ、303号室の話、やっぱ気になるよな」
ふと憂翔がボソッと呟いた。
「確かに。何であんなに厳重に言われたんだろう?」
凱叶が答える。
「もしかして、本当に何かあるんじゃないか?お化けとか怪物とか」
憂翔が冗談めかして言うが、どこか真剣な表情も垣間見える。
「まぁ、あの部屋には近づかない方がいいだろうな。こういう時に冗談が現実になることもあるし」
凱叶が冷静にそう言いながら、湯船から立ち上がった。
「そろそろ出よーぜ」
「じゃさ、俺たちの部屋来て!トランプやろうぜ」
「賛成だわ」
そして生徒全員が風呂から出ると今度は先生たちが風呂に入る時間となった今、贅沢な時間を生徒たちは楽しんでいた。ほかの部屋班の場所に行ったり廊下でイ〇スタライブをするヤツなどいたが凱叶、憂翔、神士の3人は部屋でのんびりとトランプをしていた。
「凱叶、どうした? さっきから全然勝ってないぞw?」
神士が笑いながら言うと、凱叶は額に手をやりつつ、苦笑いを浮かべた。
「おかしいな……全然手が良くない。憂翔、お前イカサマしてんじゃないのか?」
「俺がそんなことするわけないだろ~?」
憂翔は冗談めかして肩をすくめた。神士は黙ってトランプを混ぜながら、窓の外をちらりと見た。窓の外は静まり返った夜の京都。だが、どこかしら不気味な雰囲気が漂っている。
「…303号室には近づくなって、スタッフが言ってたよな」
「いつまで言ってんだよ。カード早くきってくんね?」
憂翔が低い声で言うと、神士が首を振った。
「さっきエレベーターら辺の輩が話してたんだ。どうやらあの部屋、昔何かがあったらしい」
「へぇ、ちょっと興味あるじゃねぇか?」
神士が口元をニヤリとしながら、軽い調子で言った。だが、凱叶は不安げな表情を浮かべる。
「やめとけよ。こういうのに首突っ込むと、ろくなことがないって……」
「そんなの迷信だろ?」
憂翔もまた少し興味を示すが、結局はトランプに戻ることにした。
その一方で、他の生徒4人組は303号室へと向かっていた。彼らはホテルの3階、長い廊下を進みながらお互いに軽口を叩きつつも、どこか落ち着かない表情をしている。
「ここ、なんか空気重くねぇ?」
「確かに……しかも、見ろよ。あれ!」
廊下の端には、303号室を示すプレートがぼんやりと光っていた。その手前には、白い「盛り塩」が置かれており、札が何枚も貼られている扉が目に入る。札には何か呪文のような文字がびっしりと書き込まれているが、意味はよくわからない。
「うわ……ガチじゃん。なんかヤバくね?」
「面白くなってきたな、ちょっと近づいてみようぜ」
一人が笑いながら言うが、他のメンバーは立ち止まったまま303号室を睨んでいた。どこからともなく冷たい風が吹き抜けて廊下の電灯が揺らいでいる。
「や、やっぱやめようぜ。これ……ヤバいって……」
一人が気づくと、他のメンバーも次第に背筋が凍るような感覚を覚え始めた。盛り塩は無残に崩れ始め、呪札も剥がれかけている。まるで、部屋の中から何かが押し返そうとしているかのように……
「おい、やめろ! 戻るぞ!」
彼らは慌ててその場を離れようとするが不気味な音が廊下の奥から聞こえてきた。何かがゆっくりと這いずってくるような音だ。振り返ると遠くの暗闇から、得体の知れない影がじわじわと近づいてくるのが見えた。
「……走れェ!!」
恐怖に駆られた彼らは一斉に逃げ出した。だが、その背後では、異様な重圧がますます迫り来ていた――。
エレベーターのボタンを必死にみんな押すが反応せずに電灯はバチッと音を立てて消えてしまった。
トランプを終えた凱叶、憂翔、神士の3人は満足した後に凱叶は元の部屋に戻り、寝る準備を整えてベッドに潜り込んだ。時計はもうすぐ11時を示している。外はすっかり静まり返っておりホテル全体が息を潜めたかのように感じられた。
「さて、もう寝るか……」
凱叶がベッドに身を投げ出しながら言った。
「…そういや、俺の部屋班どもどこ行った?」
憂翔もベッドに潜り込みながら、窓の外に目をやった。月明かりが薄く差し込んでいるが、その光さえもどこか不気味に見える。
「…303号室のことなんてもう忘れろよ俺。関わらない方がいい」
凱叶は少し不安げな表情で言いながらも疲れからか、すぐに瞼が重くなっていった。
「おやすみ……」
凱叶はベッドに身を任せ、やがて深い眠りに落ちた。
丑三つ時――。
ホテル全体が静寂に包まれ、時が止まったかのような空気が漂う中、3階の廊下の奥でひっそりと音が鳴り響いた。
「キィ……」
それは、303号室の扉がゆっくりと開く音だった。暗闇の中で扉の向こうから異様な気配が漂い出す。そこには、形容し難い恐ろしい影が蠢いていた。
廊下の空気は一瞬にして冷え込み、壁に掛けられた額縁が音もなく揺れ始める。
「ズゥ……ズゥ……」
重たい足音が廊下に響き渡り怪物がゆっくりと外の螺旋階段に向かって歩き出す。その姿ははっきりとは見えないが異常に長い腕、歪んだ体躯、そして何かが擦れるような音が恐怖感を煽る。怪物はゆっくりと、しかし確実に前進していく。廊下の電灯が一つ一つ暗くなってまるでその存在が近づくたびに光が消されるようだ。
「ゴトン……」
怪物の背後から、突如音が鳴り響いた。振り返ると、廊下の先に盛り塩が無惨に崩れ落ちていた。呪札も一枚ずつ剥がれ落ちていき、その瞬間、怪物はさらに加速するかのように廊下を進む。
一方、男子の部屋では、凱叶が寝返りを打ちながら夢の中で何かを感じ取っていた。彼の耳には、どこか遠くで不気味な音がかすかに聞こえていた。
「……ん?……なんだ、この音……」
凱叶は薄目を開け、周りを見回すが部屋の中は静かだ。しかし、その不安はじわじわと胸の中で広がり始めていた。
(やべぇ予感がするぜ……)
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