第16話
これはね。ちょっとざまぁとは言えない。
ウェブ系の作品でよくある、主人公に酷い仕打ちをしたキャラが不幸になって気持ちよくなる展開。
あれは創作だけだと俺は痛感した。
ステアリングを握る手が強張って抜けない。まるで殺人犯に復讐するような鬼気迫る顔が頭から離れないのだ。
「・・・・・・受付のあいつ、泣いてた」
「えぇ」
「知ってるか? あいつの大切な人って」
「Cランクの冒険者。腕は立つ。それくらいしか知らない。恋人だったみたい」
それを聞いて、なぜか罪悪感がガンと頭を打つ。
「この話はやめましょう」
ハルは遮り、しばらく沈黙が車内を制した。
頭に巡る思考を振り切るように速度を上げる。だが結界を出ようとした直前、人影が立ちはだかり反射的にブレーキペダルを蹴る。
前に掛かるG。一瞬だがその顔と瞳に目線が合う。
幸い轢くことはなかった。俺は思わず運転席から出て怒鳴った。
「あっぶねぇ・・・・・・おいアルス、急に飛び出すなっ!」
「お前ら・・・・・・ちょっと付き合って貰うぞ」
アルスの顔に反省の色は微塵もなく、胸ぐらを掴んで半ば強引に結界の外へ連れ出す。
「アルス。手を出すなら容赦しない」
「お前らがシャクティで戦ったおかげで仲間が大勢死んだ・・・・・・その落とし前だ」
アルスの拳が頬を抉る。勢いに押されて尻餅をついた俺は、その鈍痛を抑えながら彼を見る。
「本当なら今すぐ殺してやりたいくらい、お前達が憎い。だが・・・・・・妹を守ってくれた恩もある。次はない」
冷たく蔑むような目で言い、俺達の背にあった街の方へと歩いて行く。
殴られる謂れなんてないし、恨まれる筋合いもない。本当なら底知れない不快感で怒りが湧いてくるはずなのに、俺は声を上げて笑っていた。
「あはははは・・・・・・お前って妹と違って、結構小物なんだな」
「・・・・・・聞きずてならないな。言ったろ、次はないと」
「いやぁすまん笑わせて貰ったよ。落とし前をつけさせるならここにいる二人なはずだろ? なぜハルを殴らないんだ? あぁそうか。お前、格上には喧嘩売らない質か。そりゃあのゴーレムの前に来なかったのも頷けるな」
俺は今のでアルスという男の性格を大方掴んでいた。
仲間が大勢死んだ。その現場にいた奴に落とし前をつけさせると言っておきながら、格下の俺にしか手を出さなかった。
負傷の様子もないことからして、こいつはあの場にはいなかったわけだ。とんだ小物じゃないか。
俺は無想生成で口径9ミリの拳銃を一丁作り出し構える。
「殺したいほど憎いならここで殺せば良い。ほら、早く」
俺は煽る。煽り倒す。
「そうか・・・・・・だったら、望み通りにしてやらぁ!」
柄に手を掛けた瞬間、利き腕の肩に一撃。小さく穿孔した穴から血潮が飛び散る。
「あがっ!?」
引きこもっていたとき、小説の参考になればとエアガン使って練習していたが、こうも上手くいくとは思わなかった。どこに当たるか分からないし、肝を冷やしたがほっとした。
「利き腕を奪った」
「これしき、なんの!」
利き腕を奪われても、アルスは向かってくる。強大な相手を倒そうとする冒険者の性か。
俺は懲りない彼にもう一発を撃ち込む。今度は足に命中し派手に転んだ。
それでも剣を杖にして立ち上がる。不気味なほどの不屈さに俺は内心感嘆していた。
「はい、そこまで。やりすぎだよカナメ」
見かねたハルがスライドを握って止めに入った。俺も冷静さを取り戻して運転席に戻される。
「ラナに来てもらう。そこまでじっとしてることね」
「チッ」
「それと、手負い魔物を横取りしようとする連中を仲間と慕う神経、腐ってると思うよ。それじゃ」
出して。ハルの言葉で俺はアクセルを踏んだ。
「漁夫乗りなんかされたのか?」
「されかけたってとこね。それで死んだのよ」
ハルは感情を殺して語る。
するとゴーレムが現れる前、ハルが一人で引き受けていた敵を、ルルスの冒険者たちが横取りしようとしてやられたのか。
そんな低俗な奴らを、俺は悼んでいたのか。そう思うと、今までのことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「けど、悲しいよ。人が死ぬのって」
「え?」
「誰かが悲しんでいるのを見ると辛くなる。だから、誰も死なせたくない」
俺はそっと湧いた感情を捨てた。
「優しいんだな」
「君ほどじゃないと思う」
その言葉は快調なエンジンの音にかき消されていった。
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