第10話

《ハル視点》


 シャクティ地区。


 カクールという世界では『捨て駒』という意味を持つ。


 その名の通りルルスの中心から外され、転生者に友好的な人間が閉じ込められている集落。私の拠点があり、私が守らなければならない街。


 私はそれを背負って戦っている。


 魔物を一匹でも通せば、絶望から救ってくれた人たちの誰かが死ぬ。何よりその恐怖が私を突き動かしている。


 コクピットの多目的ディスプレイが起動画面に入り、反射していた顔がぱっと明るく消えた。


 ふとトレーラーと離れたときのことを考える。


 あの質問をしたとき、カナメは確かに迷っていた。


 助けてくれた人たちを守りたい。けれど戦うことは同時に自分を虐げた人たちも守ることになる。


 それが受け入れられるかで答えは変わる。恐らく彼はまだ答えを決め切れていない。


「私の勝手な推測かな」


 コクピットでスイッチを押しながら独り言ちる。


 余計なことは考えず、いつも通り仕事をこなす。心を切り替えて、操縦桿を前に倒した。


 ウィッチフレーム。私が考えた作品のロボット達だ。このグレイウルフは何度も登場してはあまり活躍のないやられ役の量産機だ。


 だがこの世界では無類の強さを誇る。私のランクをAにまでのし上げた立役者と言っても差し支えない。


 なぜなら――


「目標群補足」


 夥しい数の魔物と正対する一機のロボット。


 メインカメラで捉えた敵の姿は異種混合で、スライムもいればボーンソルジャーやゴーレム、ゴブリンなんかも混じっている。


「数180、アンダーバレルランチャーセット」


 起き上がった20メートルの巨躯が背中にマウントしていたライフルを両手に取り構え、


「目標一帯の中央へ照準、ファイア」


 ボフゥンッ!


 トリガーと同時にガス圧が120ミリのグレネード弾を弾き飛ばし、横ばいになった魔物の隊列の中央へ着弾。


 遠雷のような爆発音でスライムやボーンソルジャーが跡形もなく吹き飛び、すぐさま仄赤い経験値と化す。


 人のような動きで器用にグレネードを装填すると、再び撃発。二度の攻撃で30体近い魔物が消し飛んだ。


 これが私の強さの由縁。カクールの魔物の体躯では太刀打ちできないほどの体躯と火力で一方的に殴るという戦法だ。


 カクール最大の魔物と言えどもその大きさはグレイウルフに迫る程度で比較的小さく、人間サイズが殆どを占める。


 そして通常の魔物は長射程の魔法が使えない。対してこちらは一キロ以上離れた場所から正確に攻撃することができ、一撃の威力も桁外れに高い。


 近接戦闘が主なスタイルの異世界でこの機体はチートレベルの性能を持つ。


「次」


 間髪入れずにグレネード弾を浴びせ、残弾が切れたら76ミリのライフルに切り替える。


 私にとって普通の魔物との戦闘は命懸けでも何でもない作業の一つ。


 20発装填のマガジンを撃ち切る頃には魔物たちも統制を失い、正体不明の攻撃に逃げ惑っていた。


「最後」


 トリガーを引こうとした瞬間、外部マイクがルルスの方から雄叫びを拾った。


「敵は怯んでいる。突撃!」


 ルルスの方から砂塵を巻き上げながら現れたのは冒険者パーティー達。


 こちらの射線なんか気にする素振りも見せず、敗残兵を無慈悲に狩っていく。


「おらおら死ね!」

「魔物ごときが人間様に刃向かってんじゃねぇよ!」


 腕や足を失っていようが関係ない。魔物にも言葉を話す種がいて、人間のように悲鳴を上げている奴もいる。


 まさに人間側の一方的な虐殺。


 憎しみを込めて悲鳴を消す者、己の快楽のために剣を刺す者、経験値のために苦しませず殺す者、サラダボウルのように多彩だった。


 その中にアルスもいる。淡々とゴブリンを解体し、見にくく歪んだ笑みでトドメを刺す。


 見ているだけで噎せ返りそうな戦場。下方を見るディスプレイを静かに切って、私は黙祷する。


 そして180体の魔物は全滅した。


「経験値うめぇ」

「結構ランクが高い魔物もいたみたいだな」

「俺、レベル2上がったよ。ギルド戻ったらもう一回ランク鑑定しようかな」


 外部音は拾いっぱなしだったからか、呑気な奴らの声が耳に入ってきた。


 人の心なんてとっくに捨ててる。皆が戦果に酔いしれていたとき、グレイウルフすらも揺らす地響きが戦場全体を襲った。


「な、なんだアレ!」


 前面カメラのディスプレイの端で冒険者が驚嘆し指を差す。


 この方角は魔物の大群が押し寄せてきた方。巨大な魔方陣が張られ、遠い地響きが聞こえ始めた。


 ズンっ! ズンっ! 


 迫る地響きは縦揺れに変わり、魔方陣の奥からその姿を見せる。


「ゴー・・・・・・レム」


 全身を長方形の岩石で構築した巨躯に、赤い瞳の厳めしい顔。


 グレイウルフと同等の体躯をしたそいつが、続けて展開された魔方陣から三体、わらわらと出現する。


「アレって確か」

「二一人いる魔王軍幹部の一人『怪物飼いモンスターテイマーのライラ』が従えるジャイアントゴーレムだ」

「Sランク級冒険者でも手こずる魔物が出現とか、どうなってんだよ! クソ! 運がねぇ!」


 雑魚相手にはあれだけイキっていた冒険者連中も、格上を前にして狼狽えている。情けない。


「みんな、ここは一度引くぞ」

「そうだな。最悪、シャクティの連中と転生者どもを犠牲にすれば、俺たちは助かる」

「王都からSランク冒険者が来るまで耐えれば、何とかなるわよね」


 私は嘆息してしまった。


 本当、救えない連中ばかり。


 けどジャイアントゴーレムは所詮ノーマルのゴーレムを錬成した寄せ集め。どれだけ図体をデカくしようと、こちらのライフルには歯が立たないはず。


 先手必勝とばかりに私は徹甲弾を装填してトリガーを引いた。


 バゴンっ!


 耳を劈く砲声に冒険者達はもだえる。お灸を据えるには丁度良い。


 秒速1200メートルを超える砲弾が顔面目掛けて飛翔。


 そのままジャイアントゴーレムの顔面に向かい――寸前で消滅した。


「砲弾が効かない・・・・・・!」


 ならばもう一発。再攻撃を敢行するが結果は同じで、意にも介さず接近してくる。


 狙いは外さないし、近づくたびにその精度は確実に上がっている。何が起こっているのか分からなかった。


 そして500メートルまで迫った時、ジャイアントゴーレムの一体が歩を止め、自らの腕を街目掛けて投げたのだった。

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