第7話
辿り着いたのは草原を挟んだ小さな集落。
そこで俺はまともな人間達に初めて出会った。
「ハルちゃんおかえりぃ。後ろの人は新しい人かい?」
「そうだよおばあちゃん。自己紹介して」
「えっと、龍坂 カナメです。どうも」
すれ違う人と普通に挨拶を交わしたり、
「ほれハルちゃん。これ持ってきー!」
「サンキューオヤジ」
通りかかった商店からはリンゴ(のような淡い黄色の果実)を貰ったり、
「ハルお姉ちゃんだぁ! 遊ぼー!」
「ごめん。こっちのお兄さんと用事があるんだ。後でね」
「えぇー。あっもしかして彼氏ー?」
「はぁ?! 俺は違うし」
「違うわよ。ちょっとした友達でね。大事なお話があるの」
小さな子供達からは遊びをせがまれる。
ルルスの人間とは正反対だ。目が合えば睨まれるか襲われるかの二択だったもんな。どうなってるんだ。
そう疑問を浮かべてると、ハルの背中にぶつかる。
「ここよ」
指を差す先にはレンガ作りの巨大な倉庫が聳えてる。
ルルスの冒険者ギルドや建物とは比べものにならないほど大きく、そして近代的な作り。ぱっと見歴史で習った製糸工場の面影がある。
「富岡製糸場?」
「何を間抜けなこと言ってるの?」
淡々とした口調だからこそ、ちょっと堪える。
「にしたって似てる」
「異世界に合わせて作る必要があった。このチョイスは我ながら天才的」
どうやら狙ってやったらしい。周りとも調和しているが、初対面でのクールさがどや顔で台無しだ。
「コーヒー入れる」
「客人にコーヒー振る舞うなんて律儀だな」
「一応、家に編集さんを入れることもあったから心得てる」
「ほぉー」
聞き流した俺だが、編集という言葉が後から引っかかった。
「編集さんってことは、書籍化作家だったのか?!」
「えぇ。あまり売れてなかったけど」
「あ、あのぉ。タイトルとか教えていただけたり・・・・・・します?」
「急に丁寧になった。『アーマード・ウィッチ』。知らないでしょ?」
「あぁ?! あ、あのリアルロボット物の?! ってことは『桜坂 姶良』先生じゃん! 俺めっちゃ読んでました! マジカうえぇ?!」
「大げさすぎる」
腰を抜かすかと思った。そして売れてないなんて過ぎた謙遜だ。
『アーマード・ウィッチ』、近未来の世界で突如現れた魔女と戦うリアルロボット系のSFラノベだ。
原作3巻とコミカライズ4巻が発売され、俺も全部読んだ。冒頭では何と戦わされているか分からなかったり、主人公が戦いの最中で知って魔女に恋する展開は甘酸っぱくも切なくなった思い出がある。
大好きな作品の一つ。その作者が目の前にいる。興奮しない訳がない。大先生への無礼、今すぐ腹切りたい。
「死んでたんですね」
「執筆に集中してたらぽっくり逝ってた。おかげで次巻が出せなくなった。一ヶ月くらい前だったかな」
「へぇー。後でサインください!」
「貰っても自慢にならない」
「いやいや。ファンなら死んでも手に入れたい代物ですから!」
死因も似ている。もはや運命的だ。
俺は興奮気味に入れていただいたコーヒーに口をつけた。
「まぁ雑談はこれくらいにして、本題へ入る」
「お願いします先生」
「ハルで良い。君にはこの一ヶ月で仕入れた情報を教える」
俺の身体に自然と力が入った。
ハルの話を一言一句聞き漏らさないようにと意気込んでいた。だがその心構えはすぐに壊れる。
「この世界の魔王、そして魔王の配下にいる幹部は全員が転生者よ」
驚くなんて衝撃じゃない。
根拠がない。支離滅裂すぎる。最初はそう思った。
だがこの身に起きたことを思い返す。
「転生者への憎悪もそれが」
「概ね正解。話すと長いけど、転生者を恨んでるのはあの街の人間だけじゃない」
彼らを脅かす存在が転生者なら恨まれても無理はない。
とは言え、人をサンドバックみたいにするのも許されたことじゃないが。
「けどそれと戦ってる転生者だっているんだろ?」
「えぇ。だけど、みんな堕ちていく」
「堕ちる?」
「そう。恨まれて傷ついて、みんな魔王軍に下る。今、彼らと戦ってるのは私を含めてもごく少数」
「あの感覚、もしかして」
あの黒い魔方陣、そういうことだったのか。
「屈強な人間でも弱みは必ずある。お互い気をつけましょう」
そう言ってハルが徐に立ち上がり、
「暗い話は少し休み。面白いもの、見せてあげる」
微笑に誘われるがまま、彼女はすぐ近くにあった扉を開く。
そしてその奥にある彼女の愛機がその顔をチラリと覗かせた。
「アレが私の武器。読んでたならわかると思う」
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