悪女は天の園から放たれて

雫 のん

復讐の末に


 血色に染まったドレスの背部を突き破り、に荒んだ翼が顔を出す。

 かつて純白だったそれを灰でよごしたのは、他でもない私自身。


「――これで私も、お父様の様になれたのかしら」


 どっかりと、つい先刻この手で息の根を止めた勇者の亡き骸に腰を下ろした。


「ファー様、お召し物がけがれてしまいますよ」


 そう言って亡き骸に石化魔法をかけ、自分の着ていた黒い毛皮のコートを差し出してきたのは、最後まで私と悪道を共にした下僕。


 上下関係は無しにしようとずっと言ってきたのだが、本人が主と下僕の立場で共に行くと譲らなかった。


 そんな彼の人によっては外道とも取れるさり気ない優しさが、全てを壊したこの胸に染みた。

 もう何年ぶりかも分からない、もしかしたら赤子以来かもしれない涙が頬を伝う。


 ふと、何故こんなことになったのか思い返した。


 学生時代の同級生による虐めへの復讐心、見ず知らずの他人から向けられるいわれのない悪意への怒り、面白みの一つもないくだらない日常の鬱憤。家庭環境の劣悪化と親に対する劣等感。


 やり過ぎだったのかもしれない。必要以上に悪意を感じ取ってしまったのかもしれない。楽しむことを忘れただけかもしれない。家族間の修復は出来たのかもしれない。


 それでも全てを壊すことを選んだのは他でもない自分自身だ――。


 確かに復讐は叶った。悪意を向けた相手に何倍もの苦痛を合わせた。征服を続けている間は毎日が新鮮だった。


 でもこれからは。


 愛した家族はもういない。恨むべき相手もいないこの世界で、微かに残った農村の人々と世界を壊した張本人がゆっくり暮らすことは叶わない。

 ただ二人きりの世界征服の末に幸せなど掴めない。


「ねぇ、ファーは間違ってなかったよね!? ちゃんとパパみたいになれたんだよねぇ!?」


 その通りだと言ってくれるのが分かりきっている下僕を相手に問い、その答えを期待した。


 いつも見上げている高さまで目線を上げて、違和感に気がつく。彼の身体は不自然に揺れていた。


「どうしたの」


 安否を尋ね終えた頃には、彼はバタリと地に付していた。好きだった艶やかな黒髪が私の翼の様に灰でくすんでいるのを知って、復讐に巻き込んでしまったことへの罪悪感で一杯になった。


 どんな無茶振りにも全力で応えてくれたからと、彼を酷使しすぎてしまった。彼は徐々に血の気を失い、更に冷たくなって行く。


 共犯者である君でさえも息絶えるのなら、私が今ここに生きる意味はどこにもない。


 余りにも多くの命を奪った、腰に刺さる片手剣を手に取った。

 大好きだった父の形見であるそれだけが、今この場で私を救ってくれる気がした。


 どうせなら一瞬で終わらせてしまおう――


 首元に剣先を当てて、今まで殺してきた人達と同じようにして自分の首を落とした。

 ざっくりと、鈍い音が鳴り私の視界が暗くなる。


 真っ赤な血飛沫と舞い散る灰を被り、焼死体だらけの荒れ果てた地を見つめる最期。


 あぁ間違えてしまったなと思った。



 死ぬべきは悪意を向けてきた皆ではなくて、こんな形でしか復讐を出来ない私自身だったんだ――









「ファーちゃーん!!」


 耳元で耳が痛くなるようなハイトーンの声が聞こえた。

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