第14話 霧崎美咲の内心

 霧島美咲は、自分の中で湧き上がってくる感情に戸惑っていた。彼女はこれまで、男子と深く関わることを避け、誰にも本音を見せないようにしてきた。ツンデレな態度を取ることで自分を守り、他人との距離を保つことが美咲にとっては自然だった。それが、彼女の性格であり、周囲との関係を築くための一つの手段でもあった。


 男子からは好意を寄せられることが多かったが、美咲はそうしたアプローチに対してはいつも冷たくあしらっていた。彼女にとって、それは「当たり前」の反応だった。自分に近づいてくる男子は皆、ただ見た目や表面的な魅力に惹かれているだけで、本当に自分のことを理解しようとする者はいないと感じていたからだ。だからこそ、心の奥では「本当に自分のことを理解してくれる人なんていない」と思っていた。


 だが、悠真との出会いは彼女の中で何かを変え始めた。最初は、彼も他の男子と同じように、自分に対して特別な感情を抱いているとは思わなかった。悠真の冷静で飾り気のない態度に対して、彼女はどこか苛立ちを覚えた。助けてもらった時も、素直に感謝するのが悔しくて、ツンとした態度を取ってしまった。だが、悠真が彼女に対して見せる言動や行動は、どれも他の男子とは違っていた。


「何なんだろう……あいつ、なんであんなに自然なの?」


 悠真は、美咲に対して特別に優しくもなく、しかし冷たくもなかった。彼の態度は常に落ち着いており、何かしらの意図があるようにも感じられなかった。それが、今までの経験では理解できないものであり、彼女にとって非常に気になる存在になっていた。普通、男子は自分に対して優しく接してくるものだが、悠真は特に過剰な反応を見せない。まるで、自分が特別ではないかのように扱われることが、逆に新鮮であり、少し悔しくもあった。


「私が話しかけても、あんまり嬉しそうじゃないし……それなのに、なんで助けてくれるの?」


 悠真の無償の助けは、彼女にとって混乱の元だった。彼女は、助けられたことに感謝しているが、素直にその気持ちを表現することができなかった。ツンデレな自分を保つために、わざとそっけない態度を取ってしまう。だが、内心では悠真に対して次第に好意を抱き始めていた。


「別に、惹かれてるわけじゃないんだから……」


 美咲はそう自分に言い聞かせていたが、実際には彼の存在が頭から離れなくなっていた。特に、彼と会話をするたびに、自分が普通とは違う反応をしてしまうことに気づき、ますます自分の感情に戸惑っていた。


 放課後、図書室で偶然会うと、なぜか無意識に悠真のそばに座ってしまう。理由を問われると、「別にあんたと一緒にいたいわけじゃないから!」とツンケンした態度を取ってしまうが、そのたびに自分の言葉に後悔する。それでも、悠真があまり気にしていない様子を見ると、どこかホッとしている自分がいることに気づくのだ。


「……本当は、もっと素直に話したい」


 そう思うことがあっても、美咲は簡単にはその気持ちを表に出すことができなかった。ツンデレとしての自分を崩すのが怖かった。彼女の心の中では、強さと脆さがせめぎ合っていた。今までの自分を守りたいという気持ちと、悠真に心を開いてみたいという新たな感情が混ざり合い、彼女を悩ませ続けていたのだ。


 悠真が、他の女子と楽しそうに話しているところを見かけると、美咲はなぜか心の中でモヤモヤした気持ちが生まれる。特に、橘綾音と悠真が仲良くしている場面を見ると、その感情はより強くなった。自分でも、なぜそんな気持ちになるのか分からなかったが、その感情が「嫉妬」であることに気づくのは、もう少し後のことだった。


「どうして……私は別に、悠真くんが他の子と仲良くしてても関係ないはずなのに……」


 そう思いながらも、彼が他の女子に笑顔を見せるたびに、美咲の胸の奥がチクリと痛むのだった。


 彼女の中で、悠真に対する感情が膨らんでいく中、それを素直に認められない自分に対する苛立ちも同時に募っていった。

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