あの子

イカダ詫び寂

あるリフォーム業者の日記より抜粋

7月5日


 ■■町の一軒家にてリフォームの依頼があった。外観は特に何の違和感も無い普通の平家だった。強いて言うなら日陰でも無いのに少し暗いような気がする、といった程度だ。

 依頼内容の不可解さ、いや異常さを考えると何とも拍子抜けするほど普通の一軒家だ。


「和室を中心として全ての部屋を作り変えたい」


 最初に問い合わせフォームから送られてきた、その意味不明な一文と住所や電話番号とピンぼけた和室の写真が添付されたメールを見たとき、俺は迷惑メールかと思ったものだ。だが、我が社は今経営が困難なレベルで仕事が無かったため藁にでも縋るしかなかった。


 家主は女性1人で、今回の依頼をした人物だ。玄関から出てきた姿は瘦せ細り、髪はボサボサで夏だというのに毛糸が解れたセーターを着ていた。どうぞ、と通され中に入ると、どうにも形容できない刺激臭が鼻を襲った。居間に通され、麦茶が入ったコップを渡されたが、コップの飲み口は水垢だらけで口をつける気にならなかった。


 女性はKさん(仮名)といい、居間で俺と後輩が座る反対方向に座ると、ポツポツと今回の依頼について語り始めた。

 ・和室が家の真ん中にあるが壁で覆われていて不便なため取っ払ってもらいたい

 ・他の部屋からも通れるようにしてほしい。どこにいても和室に行けるようにしたい


 要約するとこんな具合だ。説明を受けた後家の間取りを知るべく中を見せてもらった。確かに和室が家のちょうど真ん中付近にあり、入口が1か所にしかないため不便ではありそうだ。和室を中心に、廊下を挟んで居間、洗面所、寝室、物置になっている部屋が四方に配置されている。確かに、和室の壁を壊し、障子でも置けば一般的な平屋のようになるだろう。和室自体は六畳の普通な和室だ。居間側に扉があり、構造上光が届かないため中は暗く、じめっとしていた。


 本格的な作業日を決め、いったん帰社することにした。帰り際、玄関で靴を履こうと屈んだ時、靴棚の隙間から視線を感じた。ぎょっとしたが、もう一度同じ場所を見ても当然何もなく、後輩に笑われるだけだった。


 外に出て、近くのパーキングまで歩こうとした時、あの家から赤ちゃんの泣き声がした。後輩は聞こえなかったらしいから多分気のせいだと思うが。あの家はKさん一人暮らしだし、赤ちゃんがいるような痕跡は無かったのだから。



(中略)



7月8日


 例の家のリフォーム日である。和室の壁を取り払う作業から始めた。壁自体は木造なので、さほど大がかりな機械を持ち込む必要もなかったので、作業自体はスムーズに行われた。


 ただ、前回は暗くてよく見えなかったが、この和室は随分と異質である。中心にベビーカーが置いてあり、天井から垂れ下がった電灯をつける紐に赤ちゃんをあやす遊具がセロハンテープでくっつけられていた。ベビーカーは新品のようだが、中は大量のおしゃぶりで埋め尽くされている。おしゃぶりはボロボロで、まるでどこかで拾ってきたもののようだ。和室の四隅に何かが焦げ付いた跡が残っており、よく見ると畳の至る所に染みのようなものが点在していた。作業の邪魔になるという理由でベビーカーを居間の方へどかすと、Kさんがへばりついたような笑顔で椅子に座っていた。その目線は縁側を向いていたが何も無かった。気味が悪かったので何も言わずベビーカーを居間に置き作業へ戻った。


 作業中、どこかで赤ちゃんが泣いている声がしたが、発生源もわからないので気にせず作業を続けた。時折Kさんが様子を見に来たが、目線は虚ろで「足元にお気を付けください」と繰り返すばかりだった。執拗に繰り返すものだから、足元に何かあるのかと勘ぐってしまう。が、気にしてもしょうがないので「大丈夫ですので居間でお待ちください」と言うしかなかった。


 夕方ごろに作業は終わり、掃除もし終えた。Kさんに障子の貼り付けについて相談したら「このままで大丈夫です」の一点張りだった。壁がなくなり、家の全方向から和室に入れるようになったのだから、これでいいと。正直この一件はあまりにも不可解で不気味なことが多く、経営難とは言えこれ以上関わりたくないのが本音だ。現金で報酬を頂き、退散することにした。やっぱり帰り際赤ちゃんの泣き声がした。


 その夜夢を見た。何かを紐に括り付ける夢だった。天井から垂れ下がる紐に何とか括り付けようと奮闘していた。両手から何かが暴れている感覚があり、持っているものは生き物のようだった。何を抱えているのかはわからないし、なぜそんなことをするのかもわからない。ただ手に持ってる何かを、紐に括らないといけない。そういう一種の強迫観念のようなものがあった。やっと紐に上手く通せた時、その両手に持っていた何かと目が合った。以前あの家の玄関、靴箱の下で俺を覗いていたあの目だった。


(中略)


 7月12日


 時折、どこかで赤ちゃんの泣き声が聞こえる。職場でも、家でも、どこでも。もちろん俺の生活圏内に赤ちゃんなどいない。作業をした日に見た夢をまた見た。そして、やっと気づいた。俺が抱えていたものは赤ちゃんだった。




 7月16日


 あの夢を毎日見ている。起きた時、両手にくっきりと何かを抱えていた感触が残るようになった。赤ちゃんの泣き声を聞く頻度はどんどん上がりイヤホンを手放せなくなった。イヤホンを外すと大きな泣き声が聞こえた。前より近づいているみたいだ。夢の中で、赤ちゃんを縄に括らせる時、赤ちゃんの首を括っていることに気づいた。目が覚めたあと毎日吐いている。




 7がつ21にち

 赤ちゃんを目視できるようになった。しかも首を吊っている。首を吊っているのに泣いているし、やはりあの目で俺を見続ける。こうして見ると目元があの女に似ているような気がしたが気持ちが悪いので考えないようにした。今日も夢で赤ちゃんを括った。









 7 25

 日に日に赤ちゃんの数が増えているのは夢で括った赤ちゃんが出てきているからということなのだろうか



 [識別不能]


 もうておくれになっていることにきづかないふりをしていたけど限界みたいだ。おれがあの夢の中で赤ちゃんをくくっていた場所はあの和室だ。きづいてしまった。きづいてしまったからもうあとはくりかえすだけなんだろう









 8月8日






 やっとそろってくれたねぇ

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