ep.41 社長。はじめまして。

前回のあらすじ


Aはインターネットを駆使して、占い師としての中村について調査を進め、彼の過去を整理した。かつて「中村・ミネルヴァ・光球」として水晶占いを行っていた中村は、インターネット占いにも手を出したが、成功せずサイトは閉鎖されていた。Aは、中村が自身の失敗を取り戻すために会社を乗っ取ろうとしているのではないかと疑う。高山にその危険性を伝えるも、彼は真剣に取り合わない。Aはもっと具体的な証拠を探す必要があると感じ、深く考え込むが、最後にある閃きを得る。

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翌日。Aは朝6時に目を覚まし、静かにベッドから抜け出した。シャツとスラックスを準備して朝の博田に繰り出す。街は日の出と落葉で茶色と黄色に染まり、それを踏みながら歩く音が響くくらいに静かだった。




会社につくと、まっすぐにバニラの部屋へと足を運んだ。ドアを少し開けて部屋の様子がわかるようにする。




まだ薄暗い早朝の時間帯、社内は静寂に包まれている。中村が何かを隠していると感じたのは、彼が突然ゴミ当番を進んで引き受けるようになった時からだった。当初、中村は人の嫌がる仕事を率先してこなす善良な人物に見えた。しかし、未来が見える今となっては会社を乗っ取ろうとする一手に違いない。




「絶対に何かがある」とAは心の中で確信していた。




7時になると、足音が近づく。中村が出社してきたのだ。


彼はいつもの穏やかな表情とは打って変わり、慎重にゴミ箱の中身を捨て――




――いや、ゴミを漁り始めた。




その姿は、かつて見た中村の柔和な雰囲気とは全く違う。目は鋭く光り、無表情なその顔には、まるで手負いの獲物を狙うハイエナのような獰猛さが漂っていた。Aはバニラの部屋からその光景をじっと見つめながら、中村の動作に息を呑んだ。




中村は、ゴミ箱から取り出したメモ用紙や紙の切れ端を注意深く見分け、それを仕分けし始めた。Aは瞬時に理解した。中村はこれまでゴミ当番を自ら引き受けていたのは、他人の捨てた情報を集めるためだったのだ。メモの切れ端や資料の断片には、社内の翻訳作業やパスワード、重要な個人情報が書き込まれていることが多い。中村はそれを目当てにゴミを漁り、必要な情報を抜き取っていたのだ。




「予想通りだ」Aは心の中で呟いた。




中村の動作を観察しながら、Aはスマホを取り出し、慎重にその姿を撮影し始めた。中村は、一つ一つの紙片を注意深く見分け、必要なものを自分のバックパックに入れている。まるで長年この作業を行ってきたかのように、手慣れた動きだった。Aは中村が袋を背負い、ゴミを片付けに外へ出るのを見届けた。




その隙をついて、Aは静かにバニラの部屋を抜け出し、自分のデスクへと向かった。帰ってきた中村は、Aがすでにオフィスにいるのを見て、ほんの一瞬だが狼狽した。しかし、その動揺を素早く隠し、すぐに穏やかな表情を取り戻した。




「今日はお早いんですね、Aさん」と中村は、いつもの柔らかな声で挨拶をした。そのあまりにも自然な変わり身に、Aは背筋が凍る思いだった。まるで何事もなかったかのように振る舞う中村の冷静さに、彼の狡猾さを改めて感じる。




Aはデスクに座りながら、自分が撮影した映像を確認した。そこには、中村がゴミ箱を漁り、重要な情報を抜き取っている姿がはっきりと映し出されていた。これで、中村が社内の情報を不正に収集していることを証明できる。




だが、問題はここからだった。どうやってこの証拠を有効に活用し、会社に知らせるかが課題だ。下手をすれば、中村は証拠を握り潰し、逆にカウンターを食らう可能性すらあった。




「公開する方法を間違えれば、自分がやられるかもしれない…」Aは慎重に考えた。




中村が何事もなかったかのように仕事に戻っていく姿を見ながら、Aの心は焦燥感でいっぱいだった。確かに、中村の不正行為を暴くことはできた。しかし、あの冷酷な男がどんな手段で報復してくるかは分からない。Aは頭を抱えながら、どのタイミングで、誰にこの証拠を見せるべきか、深く考え込んだ。




その時、ふとAの脳裏に一つのアイデアが閃いた。ショコラだ。彼女の透視能力を借りれるならば、この状況をどう打開すれば良いか、ヒントになるかもしれない。




Aは立ち上がり、ショコラのもとへと向かった。ショコラは言葉を話すことができないが、彼女の直感や不思議な力には頼りにできるものがある。隠し部屋の扉を静かにノックすると、中から微かな足音が聞こえ、やがてショコラが現れた。




ショコラはハッとしてこちらを見つめる。この時間軸では初めて会うからだ。あまりにも不躾だっただろうか。そう思ったが、ショコラはすぐにこちらの状況を理解したらしい。部屋に通してくれる。




ショコラは相変わらず、静かな美しさをまとっていた。黒い長い髪が肩に流れ、その瞳はまるで全てを見透かすかのように深い。言葉を発することはできない彼女だが、その瞳が全てを物語っていた。Aはすぐにスマホを取り出し、中村の不正行為を撮影した映像を見せた。




ショコラは黙って映像を見つめていた。彼女の表情は変わらないが、その目の奥で何かが動いているのをAは感じ取った。ショコラが視線をAに移し、少し首を傾げる。彼女の静かな問いかけが伝わってきた。




Aは深呼吸し、心の中で言葉を整理しながら、ショコラに状況を説明する。




「社長。はじめまして。自分はAって言います。かなり唐突かもしれませんが……会社の危機を救うためにタイムリープしてきました」




目を見開いた。しかし、瞬時に真剣な表情で頷き、続きを話すよう促してくる。聡明な子なのだと思う。




「これは、中村が会社の情報を盗み出している証拠なんです。ゴミからメモや情報を抜き出して、それを持ち帰っている……。でも、どうやってこれを公にすればいいのか分からない。中村が反撃してくる可能性もあるし、下手をすると俺が危険な立場になるかもしれないんです」




ショコラは静かに頷き、少し考え込むように天井を見上げた後、Aに近づいた。そして、ゆっくりと手を伸ばし、そっと彼の手を握った。彼女の指先は冷たく、しかしどこか安心感を与える。ショコラは、Aのスマホに映し出された映像をもう一度確認すると、自らの手でそれを彼のポケットにしまった。




彼女はそっと瞼を閉じ、数秒間静止した後、再びAを見つめた。その瞬間、Aの心の中に、まるでショコラが言葉ではなく心で伝えているかのような感覚が広がってきた。




ショコラが動かない口の代わりに、微かな動作と表情でAにメッセージを送っていた。彼女の指がまるで風を感じ取るかのように空中を描き、次に何をすべきかを示している。Aには次第にそれが分かるようになった。色水に薄紙を浸したときのように、静かに脳内にイメージが伝わってきた。




Aはショコラの言葉なきアドバイスに従うことに決めた。彼女の信じがたい力は、過去に何度もAを助けてきた。ショコラの手を握り返し、短く頷く。




ショコラは薄い微笑みを浮かべ、再び扉の向こうへと消えていった。彼女の姿が見えなくなると、Aは一瞬、自分が夢でも見ていたのかと思ったほどだが、確かに感じた彼女の存在が胸に残っている。




Aは深く息を吸い込み、決意を新たにした。ショコラの無言の助言。それをうまく慎重に計画を練り、中村の不正を暴くための最善のタイミングを探る必要がある。それまでは静かに、そして確実に準備を進める。




Aはその場を後にし、ショコラの助言を胸に、次の一手を考え始めた。

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