第29話 治せない致命傷

 不穏な空気を醸しだしてこの症状に心当たりがあると述べたリエは、すぐに医者を手配した。



 私はベッドに座り、先生__テンタルト子爵の診察を受けている。


 彼は、子爵家の嫡出子に必ず受け継がれるという鑑定スキルを持っている。

 それを活かして、医者になって難病の治療法を確立したり、新たな魔道具の作成と改善に尽力された先祖が多い。

 だから血筋の者以外が習得しようとして幾人も挑戦したが、成功した者はいなかった。

 とある時代の賢者(聖女や勇者の伝説はない)が、これは魔法ではないと判断を下し、このように家系特有のものをスキルと定義したのだ。


 それを使用した子爵は顔を上げた。


「ミュラー嬢、診察が終わりました」


 姿勢を伸ばし話を聞く体勢に移る。


 私は彼との関係性を知っている。

 それを鑑みると、その呼び方には違和感を覚えた。


「……子爵様は父のご学友だそうではありませんか。他人行儀すぎますわ。それに、姉の義父様になられるのでしょう?」


 もはや私の義父様といっても過言ではない。

 ……いやさすがに過言かな。


「そうでした、そうでした。お言葉に甘えさせてもらって、ミュラー殿とお呼びしても?」


 呼び捨てでどうぞ、と暗に言ったはずだが。

 他家のご令嬢相手に呼び捨ては許されないのかな。


「はい、子爵様」


 前座は、これで終わり。


「ミュラー殿、失礼だとは思いますが、覚悟はできていますか」


 子爵も同じことを聞く……?

 そんなにマズいのか、これ。

 いつもよりは症状はいいんだがな。


 怖気付くことはないが。


「覚悟なんてとうに決まっておりますわ。それで病状はどうですの?」


 死の病が悪化したか?

 それとも呼吸系の疾患しっかん併発へいはつしたか?

 大丈夫だ、どちらでもやることは変わらない。

 ただ、最上級魔法をかけるだけだ。


「単刀直入に申し上げます。魔力線酷使障害というものです」

「……え?」


 知らない。ぜんっぜん知らない。

 でも。

 字面からして、魔法に関する病気であることは察せられる。


 覚悟しろって。

 それって。

 こういうことなの?


「そ、それは………どういうものなのですか」


 声が震えている。

 リエが2歩こちらに近づいた。


「ミュラー殿は、体内のどこに魔力を貯蔵しているか知っていますか」


 彼の説明を簡単にまとめると、こうだ。


 少なくとも人間は、気管支より背中側に“魔力庫”と呼ばれる体内魔力を貯める器官を持っている。※

 つまり、これまで私はここの魔力を圧縮して総量を増やしていたわけだ。


 そして問題の魔力線とは、魔力庫から全身に魔力を送るための管、血管のようなものである。

 これを使いすぎたことによって、熱と痛みを伴う炎症がおきる病気なのだそうだ。


「それでは……この状態で魔法を使ったら……」


 聞くまでもなかった。

 私は既に、その結果をこの身をもって証明している。


「焼けるような痛みが襲うでしょう」


 彼は、命に別状があるわけではないと続けた。

 痛みがあるだけで使うこと自体は可能だと。


 だが、魔法は私の生命線。

 その時点で別状ありまくりだ。


「すべての魔法が使えないのですか」


 一の望みをかけて問いかけた。


「この病気の基準は血筋です。どれだけ先祖が魔法を使ってきたかに左右されます。

 まあ言ってしまえば、王家の方々はこれになることはありません。

 それを踏まえて考えれば……ミュラー殿はおそらく初級までなら問題ないと思いますよ」


 初級……だめだ。

 小さな傷を癒すことしかできない。それも切り傷ややけどくらい……。


 あの痛みに慣れることなんてできっこない。

 呼吸が止まるかと思うくらい、強烈な痛みなのだ。無理に決まってる。


「そう……」



 じゃあ……今後、私が中級以上を使うことはできないの?


 貴族世界では、私の存在価値はほとんど魔法にあるのに?

 生き残れてもお先真っ暗だ。


 おいおい、待て待て。生き残る以前の問題じゃないか。

 最上級でなければ治せないと言ったのは、目の前の彼だ。

 何年前だろうと忘れることはできない。




 これまでの努力は……

 全部

 無駄だったんだ。



 やってらんない。







 ……壊れちまおうか?



「っふはははは!」


 暴走した狂人のように笑い始めた。

 正常に頭が回っていない気がする。


 呆然として、誰もなにも言わない。一歩も動かない。

 私がこの場を制圧したみたいだった。


 すぐに万全ではない身体は悲鳴をあげて、咳きこんだ。



 静まり返った自室で、咳を抑えこんだ。


 ふっきれました、なんにも気にしてません、って顔をした。


 女傑を思い出した。

 いまの目標は彼女だ。

 ああいう表情で、強い人だから気にするな! って周りに示したかった。






 ……うそ、うそ、うそ。

 いまにも叫び出したい。




 泣いちゃいけない。

 泣いちゃいけない。


 だって、表向きの私は。



 だから笑う。


 でも、本当の私は。



 辛いときこそ笑えって?

 心の底から吹き飛ばせ?

 馬鹿なこと言ってんじゃないよ。

 そんな余裕、あるわけない。


 逆効果だ。

 笑ってたって、逆に気が滅入るだけだから。



「……帰っていただけますか、子爵様」


 だいぶ存在を忘れていて、帰りを促すのが遅れてしまった。


 ほんと迷惑だと思う。

 令嬢の醜態とかいう見たくもないもの、バリバリ見せられちゃってさ。


「失礼しました」


 いやもう、ごめんなさいとしか言えない。





 慰めとか求めてない。

 リエでもねえ様でもかあ様でも悪友殿マリアンヌでも、抑えることはできないだろう。


 ……そろそろ口調を戻そう。

 表面だけでも落ち着こう。

 型から入るべきって言うじゃないか、少し違うかもしれないが。



「リエ……疲れたから寝るわ。いろいろごめんなさいね」


 彼女はなにも口を挟まなかった。


「大変申し訳ありませんでした」

「なにがよ?」


 着替えながら聞いた。


「言葉にするのが難しいのですが、とにかく驚きました。ミュラー様の新たな一面を拝見した……のかそれとも追い詰められて出たご表情なのか」

「そりゃあそうでしょ」


 自嘲し吐き捨てた。

 取りつくろった口調ががれ落ちていく。


「あんなの令嬢じゃない。軽蔑していいよ」

「そんな滅相もありません」


 これまで築いてきた関係がゼロになったかな。

 まあいっか、このままいけば、私すぐ死んじゃう。


 どうでもいい。

 人間関係とか。


「じゃ、おやすみ」


 ボソリと呟かれた気がした。


「ミュラー様にとって、令嬢らしさとはなんなのですか」








※注釈

ミュラーは知りませんが、魔力庫は甲状腺あたりにあります。



これからうちの主人公はどうなっちゃうのか。

(もちろん展開は決めてるけど胸が痛いです)

彼女をこんなに傷つけるつもりなかったんだけどなあ……。避けて通れぬ道だけど。



批判が来そうで恐怖でいっぱいです。

批判自体はいいけど、必ず理由をくっつけてください。そして言葉遣いにはくれぐれもお気をつけて。

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