唯一無二の学舎(1)

久しぶりに十分な休息をとることができたことで、黒板に書かれていく文字を丁寧に写すことが出来る。今は魔法構築学の授業を聴講しており、魔法がどのように構築されていくのか、その過程や魔法陣の仕組みについて詳しい説明が行われている。ブランの筆は滑らかにノートの上を走り、丁寧に板書を進めていく。休息をしっかり取れたことで、頭も冴えわたり、授業内容をスムーズに理解することができた。


ブランはいつものように教室の中央にある定位置の席に座っていた。そこは彼が授業に集中できる、落ち着く場所だった。しかし、今日はなぜか落ち着かず、集中することができない。普段なら、周囲から拒絶の視線を向けられていても、慣れているため毅然と振る舞うことができた。それなのに、今日は違った。どうしても集中できない。


その理由は、いつもとは異なる視線であるからだ。ブランへ向けられる数々の視線は、拒絶ではなく、嫉妬や驚愕に満ちていた。その異様な雰囲気が彼を包み込んでいた。そして、その原因は間違いなく隣に座る人物にある。これまで、ブランの近くに座る者などいなかった。それは彼が「無能」や「劣等」と見なされ、そんな存在の隣に座ればその評判が自分に移ると馬鹿にされてきたからだ。


だが今日、養成学校で常に上位の成績を誇り誰もが優等生だと認める少女が、ブランの隣に、それもかなり近い距離で座っている。周囲はその事実に驚愕する。学校内では「平等に接する」というモットーを掲げている教授でさえ、ちらちらとブランとその少女に視線を送ってしまうほどに。



「ブラン君、この魔法の構築過程で分からないところはありますか?」


美しい深緑の髪を耳に掛けながらその少女——ライラがブランに声を掛ける。彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。その笑みの美しさに、ライラへと視線を向けていた生徒たちは思わず見惚れてしまう。だがすぐに、それは驚愕へと変わった。養成学校の最終学年である六年生。その間、授業中はもちろん、休憩時間ですら誰かに笑みを向けたことは一度もなく、常に一人で過ごしていた才女が今、拒絶の対象とされてきたブランに微笑んでいるのだ。教室中に驚愕と困惑が広がり、その光景はますます異様に映る。生徒たちの視線が一層鋭く集まっていく。


授業の終わりを告げる鐘の音が養成学校に鳴り響いた。だが、教授が講義室を離れても、生徒たちは誰一人として動こうとしない。いつもなら、鐘が鳴ると同時に生徒たちは騒がしく席を立ち、講義室から次々と離れていくというのに。しかし、今日は違う。誰一人として一歩も動かず、その視線を講義室の中心へと向けている。


「ブラン君のノート、すごく綺麗ですね。読みやすいうえに一目で理解すること出来る、とても分かりやすいノートです」


周りの視線を全く気にしていないのか、あるいは気づいていないのか、ライラは自然な様子でブランに声をかけた。その言動は驚きと戸惑いをさらに助長していく。彼女の微笑みには一切のためらいがなく、まるで自分が誰に話しかけているのかをまったく気にしていないかのように見える。その様子に、生徒たちは言葉を失っていた。


教室に重く垂れ込める異様な空気の中、結局、ブランとライラが講義室を後にするまで、誰一人として席を立つ者はいなかった。いつものように賑わいのある終わり方とは程遠い、静まり返った空間に、教室内の生徒たちは戸惑いと困惑の色を隠せないままでいた。



「……ねえ、これって夢じゃないよね?」


一人の女生徒が隣に座る友人に、戸惑いながら声を掛けた。その小さな声は、静まり返っていた教室に波紋のように広がり、次々と周囲からざわめきが起こる。まるでその言葉が引き金となり、止まっていた時間が再び動き始めたかのように、生徒たちは驚きや疑念を口にし始めた。



「なんであいつなんかに、ライラが話しかけているんだよ」


一人の男生徒——アレン・ブレイクが不満げに呟く。この少年は、以前屋上でブランを殴った主犯格の一人だ。彼はライラとブランが仲良くしている様子を脳裏に浮かべ、舌打ちをする。苛立ちが止まらないのか、彼の片足は小さく揺れている。周囲の生徒たちがライラの微笑みに驚愕している中、アレンはその光景が許せず、心の中で何度も自分に言い聞かせる。


「あいつのどこがいい?」

「俺の方がずっと優れているのに。」と。


アレンの中で膨れ上がる嫉妬が、ますます彼を苛立たせていく。








「ブラン君も魔法生物学の講義は受けているんですよね?」


広い回廊の途中、ライラは魔法構築学の時と同様に、周囲の生徒たちの視線をまったくと気にせずにブランへと声をかける。


「受けているよ。取れる講義はなるべく取るようにしてる。ヴィオレが養成学校に行けるようになったときに困らないように」


ヴィオレが養成学校へと行ける日が必ず訪れると信じて、ブランはどんな知識でもとにかく取り込んでいた。そして、ヴィオレへとその知識を教え、彼女が学びを深められるように手助けすることをブランは心に誓っている。



「……妹さんの容態は、どんな感じなんですか?」


ライラはセラフィから、ヴィオレがブランの妹であることと、そんな彼女の容態のことを聞いている。ギルドに所属するセラフィは、開拓者の個人情報を守る必要があるが、ライラにはつい根負けしてしまったのだ。彼女の性格を考えれば、簡単に根負けするわけがないが、セラフィもまた、ブランを心配してくれる仲間が増えたことを嬉しく思い、彼のことを話し合える相手を求めていたのかもしれない。


「実は、少しだけ身体が楽になったって、ヴィオレが言ってくれたんだ!」


ブランの声音が高くなる。彼の急な感情の高まりにヴィオレは少し驚くが、ブランの嬉しそうな表情を見ていると、自然と自分も嬉しくなっていく。


「もっと質と効果が高い薬に変えることができたからだと思う。これもヴィオレが魔石と素材の金貨を譲ってくれたおかげだ。本当に感謝してる」


ブランは笑顔を浮かべながら言った。


「これからもあの薬を買えるように、頑張らないと」


拳を前へと出し、笑みを浮かべながら強く握ったブランの姿を、ヴィオレは眺める。彼が時々見せてくれる幼い子供のような笑みを見て、彼の頭を胸へと抱き寄せたいという、少し変わった変態な願望が心に浮かんでしまった。彼の無邪気さが、思わず守ってあげたくなるような感情を呼び起こすのだった。


「それじゃあ、これからは私と一緒にダンジョンに潜りましょう」


ヴィオレは言葉を続ける。


「そうすれば、ブラン君はもっと良い素材を集められて、妹さんのために必要な薬も買うことだって出来ます」


『勿論、素材と魔石は全部ブラン君に譲ります』と口にしたヴィオレの提案に、ブランは驚いた表情を浮かべた。ダンジョンに潜ることは危険を伴うのが当然であり、ライラと一緒なら心強いと感じることができる。しかし、その提案はあまりにも彼女にとって負担にしかならないものであった。



「……そんな提案——」

「ブラン君、これは私にとっても利益がある話なんです」


ヴィオレは微笑みながらその言葉を口にした。彼女の表情は、ブランが心配していることを理解した上で、優しさに満ちていた。


「私がダンジョンに潜っていた理由を教えていませんでしたね」


ブランやライラの年齢でダンジョンに潜る者は滅多にいない。それは、ダンジョンが危険な場所であることを理解しているからだ。


「ブラン君は今年がどんな年なのか、知っていますか?」


ライラの言葉には、真剣さが滲んでいる。ブランは彼女の問いに答えようと考えを巡らせるが、適切な言葉が思い浮かばなかった。首を横に振ると、ライラは小さな笑みを浮かべた。


「ブラン君が知らないのは仕方ないと思います。今はあなたの努力を、分かっていますから」


ヴィオレは長い回廊の窓から見える空へと視線を向ける。ブランも同じように、その青空を見上げた。青く広がる空には、雲一つなく晴れ渡っている。そこで彼は、何か特別な意味が込められているのだろうかと考えた。


「私がダンジョンに潜る理由は、アルトゥス・マギアデスにも負けないぐらいに強くならないといけないからです」


アルトゥス・マギアデス――それは、世界に愛された魔法の子へと与えられた名称。

ヴィオレは胸に抱えている教本が曲がってしまうほどに力を込めていた。


「四つの大国の中心地であるその場所で創られた都は、全てが集約した魔法都市、アストラル。そんな都には世界の頂点に君臨する唯一無二の学舎があるんです」


彼女は視線を空からブランへと向けられる。その淡黄色の双眸がブランの灰色の双眸をしっかりと捉えている。


「そこは、数多のハイメイジやアークメイジ、魔法の頂点に君臨するウィザードすらも輩出してきた、魔導を歩む者の夢の場所です。魔法の才能に愛された者、あるいはその才能をも超える強さを持つ者のみが、その門をくぐることを許された学舎」


まだ未知にあふれている魔法という力。その特異な力を追求し、開拓し続けることは、魔法を極めると決めた者にとって、永遠の道であった。

そして、その道の先にある答えを見つけた者が、真の魔導士、魔法使い(ウィザード)の地位へと昇ることを許された。


永遠の道エンタリティー

その名を冠した、唯一無二の魔法の学舎。


「エンタリティー魔法学校。そこへ行くための切符を手に入れるために、私はダンジョンに潜っていました」




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まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。

ゆっくりと書いていく予定です。

時々修正加えていくと思います。

誤字脱字があれば教えてください。

白が一番好きな色。


























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