第22話 クリスマス②
「
「カイロを持ってない無能でごめん」
やっとの思いで重い腰を上げた俺は、
おそらく
「そういうことじゃないんですよねー」
「そうなの?」
「そうなんです。私の冷えた手はカイロ程度では温まらないので、悠夜さんの気持ちが欲しいなって」
「気持ち?」
気持ちで寒さがどうにかなるなら俺のような冷え性は存在していない。
珠唯さんのことを考えるとドキドキして体が熱くなるからそういうことだろうか。
だけどそれは珠唯さん次第であって俺にはどうにもできない。
俺にできるのは……
「悠夜さんにはわからないかなー。わからないだろうなー」
「嬉しそうな。俺にはこれしかできないよ」
「なん、ひゃい!?」
さっきからその驚き方が好きなようだ。
俺はカイロも持ってない無能だから、珠唯さんの手を握ってお互い温め合うぐらいしかできない。
まあ俺の手の方が冷たいから珠唯さんに温めてもらってる感じだけど。
「十分あったかいじゃないか」
「ゆ、悠夜さんの手が異常に冷たいだけじゃないですか!」
「あれだね、心から漏れ出てる」
「絶対に手が冷たい人は心があったかいの知ってる人の言い方ですよね?」
珠唯さんがジト目を向けながら言ってくる。
確かに知ってるけど、俺は冷たい人間を自覚してるからありえない。
「あ、悠夜さんが自虐してる時の顔だ」
「どんな顔だよ」
「すごい『それな』って感じで納得してるみたいな?」
「そうですか」
「あ、納得してない。じゃあもっと簡単に言うと、可愛いお顔です」
余計に難しくなった。
珠唯さんの目から俺はどう見えているのか。
ちなみに俺から見た珠唯さんは可愛い天使だ。
「ていうかそれはいいんだよ。手も珠唯さんのおかげであったかいし、どこに行ってるのかそろそろ教えて」
「もう着くので教えません」
「何その可愛いやつ」
「すぐそうやってからかう……」
珠唯さんがジト目で俺を睨んでくる。
別にからかっているのではなく本音が漏れただけだが、ジト目の珠唯さんも可愛いから何も言わずに眺めることにした。
「駄目です……」
「照れた?」
「照れましたけど?」
「逆ギレしても可愛いな」
「んー」
顔を赤くした珠唯さんが俺の腕に頭をぐりぐりと押しつけてくる。
ほんとに何をさせても可愛い。
「公衆の面前でイチャつくんじゃないよ。しかも胸焼けするタイプのやつ」
「別にイチャついてない。ただ可愛い珠唯さんを堪能してる……なんかさっきも同じこと言った気がする」
「つまりそういうことだよ」
いきなり現れた紅葉が呆れたように俺達を見てくる。
店長もだけど、勝手なことを言って勝手に解決するのはなんなのか。
「そういえば俺、紅葉に会いたかったんだよな」
「浮気の現行犯だ。これは修羅場るぞー」
紅葉が嬉しそうに意味のわからないことを言い出した。
なんか珠唯さんも真顔で俺を見てくるし。
「紅葉」
「なんだい? 告白?」
「今の珠唯さんの顔って怖い?」
「割と怖いかな? それが嫉妬なのがわかるからそこまでだけど」
「だよな。良かったよ、シリアスな顔なら『可愛い』って言いにくかったけど、そういうことなら言ってもいいよな」
なんとなく無表情には怖いイメージがあったけど、珠唯さんの無表情は普通に可愛い。
これが好きになったからそう見える可能性があったから何も言えなかったけど、紅葉もそう思っているなら何も躊躇わない。
「珠唯さんはどんな表情でも可愛いな」
「あ、耐えきれなくなった」
珠唯さんの耳が真っ赤になったのが見える。
他は俺の腕に抱きついているから見えないけど、これは追い討ちしてもいいのだろうか。
「それ以上はやめてあげて。私も可愛さにあてられる」
「そういえば可愛い珠唯さんを勝手に見るのやめてくれる?」
「独占欲やば。お互い様なんだろうけど可愛くしてるのは君自身だからね?」
「は?」
紅葉のその言い方では珠唯さんが普段は可愛くないみたいに聞こえる。
珠唯さんは別に俺がいなくたって可愛いしかない。
俺がいないなら俺は知らないけど、そうに決まっている。
「恋する悠夜めんどくさいな。ちなみにこの後ってデートしたりするの?」
「うん」
「だよね。じゃあ私の話はさっさと終わりにしないと珠唯ちゃんに怒られるか」
珠唯さんは優しいから怒りはしないだろうけど、絶賛拗ねモードに入っているから早いに越したことはない。
「とりあえずあの日の後日談を話すね。悠夜は興味ないから気づいてないだろうけど、
「ふーん」
そういえば最近ストレスがあまり溜まらないと思ったらあいつが居なかったからなのか。
いないならいないで別に興味ないからどうでもいい。
戻って来ないなら万々歳ということで。
「珠唯ちゃん、悠夜の代わりに聞いてくれる?」
「ふりょのじこってなんですか?」
「興味なさそうにありがとう。えっとね、あの後、
「つまり
「拡大解釈すぎるぞー。ほんとにたまたま通りがかっただけみたいだから」
要するに倉中さんを襲った三人組の一人が板東なのは事実らしい。
あんなのと同級生かと思うと気持ち悪すぎて背中がゾワゾワしてくる。
「それと、透子から伝言。『珠唯ちゃんを本気で守りたいなら守り方を教えるよ。追伸 珠唯ちゃんを守ったさくくんかっこよかったよ(はあと)』だって」
「絶対余計なの付けたろ」
百歩譲って『追伸』まではわかる。
だけど倉中さんが(はあと)なんて俗っぽいことを言うわけがない。
知らないけど。
「言ってたもん。声には出してなかったけど雰囲気はハート成分あったから」
「紅葉の主観じゃないか」
「女の勘は舐めちゃいけないよ」
「確かに助かったけど」
紅葉達があの日来てくれたのは偶然ではない。
板東が居なくなっていたことに紅葉達も不信感を覚えたようで、俺に連絡がきた。
だからもしものことがあったら連絡をすることにして、それを最終手段とした。
だけど紅葉達は俺が暴走することを想定して来てくれた。
「だからそのことでお礼言いたかったんだよ」
「遅かれ早かれではあったけど、巻き込んだのは私だからね。私が謝ることはあっても悠夜にお礼を言われる筋合いはないよ」
「知るか。結果的に俺は紅葉に助けられたって思ってる。だからありがとう」
「じゃあ私もです。正直な話をしますと、確かにあの日はとっても怖い思いをしました。ですけど、その後からは嬉しいことしかありません。だからそのきっかけを作ってくれた紅葉さんには感謝しかありません。ありがとうございました」
珠唯さんが律儀に頭を下げる。
だけどそういう時は俺の腕から離れてもいいのではないのだろうか。
手は離さなくていいけど。
「恋人アピールはやめないんだね」
「だって恋人ですしぃ」
「そんな顔を緩めて。可愛い彼女を大事にしなさいよ?」
「俺の全てを持って珠唯さんを幸せにするって決めてるから」
「愛がおめぇ……。まあその愛を向けられてる本人が嬉しそうだからいいのか」
紅葉が頬を赤くしてモジモジしてる可愛い珠唯さんを呆れたような顔で見る。
呆れられる筋合いはないのに、店長もだけどほんとになんなのか。
「お似合いですね」
「嫌味に聞こえるんだけど?」
「心からの言葉だよ。マジで」
「そう? それならいいけど、そういえば紅葉に会いたかった理由の一つが解決してなかった」
「なに? 告白?」
「それさっきも聞いた。
珠唯さんには俺のことを信じろみたいなことを言ってたみたいだけど、それは俺の事情を全て知ってないと言えないことだ。
それも、俺が知らないようなことまで。
「んー、こういうのって今更言うべきじゃないんだろうけど、君達バカ……お似合いのカップルだからいいかな?」
「今おかしなことが聞こえた気がするけど、続けていいよ」
「んとね、聖空さんって私と悠夜を付き合わせたかったみたいなの」
「うわ、ウザっ。それと珠唯さん、痛い」
考えるのも嫌になってくるが、俺を子供扱いしてる聖空が、父親のことで俺が落ち込むことを心配して恋人を作らせようとでもしたんだろう。
そして可哀想にも選ばれたのが紅葉。
「ちなみに珠唯ちゃんと出会ってなくて、私が悠夜のこと好きになってたら付き合ってた?」
「どうだろうな。俺は紅葉のこと嫌いなわけじゃないし、もしも好意を示されてたら意識はしてたかも?」
そんなのはいくら考えてもわからないけど、珠唯さんと出会えてなかったらそういう未来もあったかもしれない。
でも……
「俺が選んだのは珠唯さんだからな」
「おいおい、今日はホワイトクリスマスかもって言われてたのにこんなに暑いんじゃ降るもんも降らないでしょうが」
「いいよ、雪で喜べる年齢でもないし」
「それね。雪が降るって言われて移動手段とか考えると駄目だよね」
昔は学校が休める可能性があったりして雪を喜べたけど、今は雪だからって仕事はあるし、たとえ休みになっても雪かきで呼ばれたりするから意味はない。
それに寒いのは嫌だ。
「珠唯さんは雪降ると嬉しい?」
「ひゃい?」
「さっきから顔赤いけど熱じゃないよね?」
「鈍感やろーだ。鈍感ついでに熱測らないと」
紅葉がそう言って自分のおでこを指さす。
まあ確かにほんとに熱があったら困るし測ってみる。
「そこはおでこを当てろよ!」
「あの測り方ってやったことないからわからないんだよ」
「それもそっか。それで、熱はあるの?」
「……帰る」
想像以上に珠唯さんのおでこが熱い。
これはシャレにならないやつだ。
「恋の熱にやられたか」
「だと良かったんだけど、多分ガチなやつ」
「悠夜の鈍感じゃなく?」
「うん。だからごめん、珠唯さん連れて帰るね」
珠唯さんの手を握った時に気づくべきだった。
俺の手が冷たすぎて気づかなかったけど、珠唯さんの手を握ってあったまった今ならわかる。
「おんぶとお姫様抱っこ、どっちが楽?」
「やぁだぁ。れーとするんれす」
「呂律も回ってないじゃん。いいから帰るよ。おんぶするから乗って」
「やぁだぁ」
さっきまでは強がっていたのか、熱なのがバレた途端に珠唯さんが駄々をこね始めた。
「仕方ないか。言うこと聞いてくれたら珠唯さんの言うこと何でも聞く。絶対に断らないで」
「のるー」
珠唯さんがあっさりと俺の背中に飛び乗った。
軽いな。
「いまなにもないっておもった!」
「珠唯さんの女の子の部分を考えないようにしてるんだからそういうこと言わないの」
「ゆーやしゃんのえっちー」
もうなんでもいいから大人しくしてて欲しい。
暴れて熱が悪化しても困る。
「じゃあ俺は珠唯さん送るから、また今度ね」
「うん。珠唯ちゃんお大事にね」
「はぁい」
「……」
「抑えた悠夜を私は偉いと思う。バイバイ」
そう、今は可愛いとか言ってる場合じゃない。
紅葉と分かれて俺は珠唯さんの住むアパートに向かうのだった。
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