第11話 姉④
「これはねぇ、一緒にお散歩行ったけど、途中で飽きちゃって雲を眺めてる
「ぜ、全部可愛い……」
かれこれ十分ぐらい小さい頃の俺が雲を眺めてる写真を見ている
すごい盛り上がっているけど、俺が雲を眺めてるところを見て何が面白いのか。
「悠夜って雲好きなんだよね」
「別に好きなわけじゃない。やることがないから流れる雲を見てるだけ」
「私は雲を眺めてる悠夜さん見たことないですよ?」
「当たり前でしょ。あなたと居る時は退屈しないんだから」
俺はあくまで暇つぶしで雲を眺めてるだけだ。
だから暇にならないなら雲をわざわざ眺めることなんてしない。
まあ小さい頃と違って今はスマホがあるから雲を眺めることはしないけど。
「悠夜っていつからそんなに女の子を弄ぶのが上手くなったの?」
「は?」
「無自覚とか。というかさ、ずっと聞きたかったんだけど、二人はどういう関係なの?」
「さっきも言ったろ。バイト先の先輩と後輩」
正確に言うともう少し複雑にはなるけど、簡単に説明するなら先輩後輩が正しい。
珠唯さんは不貞腐れているけど、まあ可愛いから無視しておく。
「珠唯ちゃんは悠夜のことが好きなんだよね?」
「はい」
「それで悠夜も珠唯ちゃんのことは好きなんだよね?」
「好きか嫌いかで言うなら」
「言い方がめんどくさいけどまあいいや。お互い好きだけど付き合ってはないんだよね?」
「俺がフリーターである限りは付き合っても後悔させるだけだから」
「そういうことね。キープとか最低」
多分生まれて初めて聖空の言葉に同意した。
珠唯さんが気にせずにアプローチを続けているから変に感じないけど、やっぱり俺がやってることはキープであって、人として最低な行為だ。
「違います。悠夜さんはちゃんと私とは付き合えないって言ってくれました。だけど私が諦められないから付きまとってるだけです」
「それこそ違う。俺があなたとの関係を終わりにしたくないからって中途半端な断り方をしたから諦められないだけだ」
「私は悠夜さんに本気で断られても諦めません。それと、そんなこと言われたら嬉しすぎてにやけちゃいます」
珠唯さんが頬に手を当ててニマニマする。
俺はこの顔が結構好きだ。
「あんたらさっさと付き合えよ」
「ほら、聖空さんもそう言ってますよ」
「俺をその気にさせたらって約束でしょ」
「やっぱりキスでもなんでもしましょうかね」
「やめなさい」
そういう社会的に断れなくするのは好きじゃない。
珠唯さんには正々堂々と俺が珠唯さんしか考えられない体にして欲しい。
今がそうって?
そんなマジレスは求めてない。
「悠夜はさ、やっぱり気にしてるよね?」
聖空が元気なさげに聞いてくる。
「何をですか?」
「それは──」
聖空が余計なことを言おうとしたので床を思い切り踏みつける。
「それ以上喋るな」
「ごめん。でも、いきなり怒らないで。珠唯ちゃんが怯えちゃう」
確かに失敗だった。
だけど俺があえて話さないようにしてることを話そうとした聖空も悪い。
「悠夜さんって怒ることあるんですね」
「あれ、意外な反応?」
聖空が驚いたような顔をしているが、俺も少し驚いた。
珠唯さんは俺が怒ったところを見て、逆に興味津々みたいに目をキラキラさせている。
「確かに一瞬怖かったですけど、悠夜さんの新しい一面を見れたのは嬉しいです」
「この子は天使なの?」
「そう。小悪魔天使」
「やめてください!」
珠唯さんが照れて頬を赤くする。
こういうところは人間だけど、珠唯さんは天使や女神に近い存在だ。
「そんなこと言うなら悠夜さんは私の救世主ですからね?」
「何言ってんの?」
「悠夜さんに秘密があるように、女の子の私にはたくさん秘密があるんですよ」
珠唯さんが俺にウインクをしながら言う。
可愛いけど、みるみる頬が赤くなっていく。
「照れるならやらなきゃいいのに」
「そ、そんなこと言って、嬉しかったくせにー」
「それはそうだけど」
「私のばか……」
珠唯さんが顔を両手で隠すが、耳まで赤くなっているから意味がないように感じる。
「イチャついてるところに水を差すようでごめんなんだけど、珠唯ちゃんに一つだけ聞きたいことがあるの」
「はい?」
「悠夜はそんなに怖い顔しないで、さっきだって話すつもりはなかったんだから。ほんとに確認したいことがあるだけ」
正直聖空と珠唯さんをこれ以上話させたくない。
だけど、俺もそろそろ珠唯さんに話さなければいけないのかもしれない。
せめて珠唯さんが言っていたクリスマスまでには。
「珠唯ちゃんはさ、悠夜自身は何もしてないけど、悠夜が責められる状況になってた場合、どうする?」
「どういう質問ですか?」
「えっと、そのままの意味なんだけど、例えば私が何か悪いことをして捕まったとするでしょ? それで悠夜が周りの人から責められたら珠唯ちゃんはどこの立ち位置につく?」
「えっと、よく意味がわからないんですけど?」
当たり前だ。
そんなの俺を助けるような位置につく利点がない。
学校のいじめと同じように、いじめられてるやつの味方につくより、いじめてる方につくのが楽なのだから。
「じゃあ珠唯ちゃんは悠夜を責めるんだね」
「はい? なんでですか? 私はどんな時でも悠夜さんの味方でしかないから質問の意味がわからないんですよ?」
珠唯さんが首を傾げながら不思議そうに言う。
こういうことを素で言ってしまうからこの子はずるい。
「私って、悠夜さんのことが好きすぎるので、相当なことがない限りは悠夜さんを嫌いになったりしないですよ?」
「もういいから、ありがと」
「あ、照れました? それならもう少し続けて顔を赤くした悠夜さんを見るチャンスですね」
「それ以上続けたら俺はあなたを避けるから」
「お口チャックです」
珠唯さんが自分の口を手で押さえる。
だからなんでいちいち可愛いことをしないと気が済まないのか。
「相当なことって、親を殺されるレベル?」
「……」
聖空の空気を読まない発言によって、珠唯さんの表情が固まった。
「いい加減にしろ」
「ごめん、言い方考えてなかった」
「お前はもう喋るな。それかさっさと帰れ」
これ以上聖空が珠唯さんを悲しませるなら、俺は聖空を許さない。
今まではなんだかんだで許してきたけど、縁を切ることだって考慮に入れる。
「だ、大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしちゃっただけですから」
俺の本気が伝わったのか、珠唯さんが慌てた様子で俺に言う。
「それよりも、悠夜さんも私のこと好きすぎですよ」
「もう今更な感じするから否定しないけど、好きだよ」
「おう、まさかの肯定。じゃあ──」
「俺をその気にさせるの頑張って」
認める。
俺は珠唯さんが好きだ。
だけどまだ珠唯さんの将来を壊してまで付き合いたいとは思えない。
「まあ一歩前進ですからいいですけど」
「すごい嬉しそうな」
「好きな人に好きって言ってもらえて嬉しくない人はいませんよ」
「あ、ちなみにだけど、俺は誰かを好きになったことないから、もしかしたらこれが異性としての好きじゃなくて、人として好きの延長線上の可能性はまだあるから」
「私のこと、嫌いですか……?」
珠唯さんが寂しそうに上目遣いで言う。
わざとやっているのはわかるけど、ちょっとあざとすぎるのでやり返す。
「好きだよ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
やり返しとして珠唯さんの耳元で囁いてみたら、珠唯さんが耳まで真っ赤にしてうずくまりながら叫ぶ。
うるさいけど、いい反応をありがとう。
「実際のところ、今は『好きかも』だから。ほとんど好きに近いわからないって言い訳はしとく」
「私の頭の中はぐちゃぐちゃなので何も聞き取れません……」
耳押さえているのだから聞こえなくて当たり前だ。
結局俺が珠唯さんを異性として好きかどうかと言えば、多分好きだ。
というか時間の問題とは言っていたけど、好きにならない理由がない時点で好きなのは確定していたようなものだ。
まあ、たとえ好きなのが自覚できても、俺が珠唯さんと付き合えない事実は変わらない。
せめて俺が過去を清算するまでは。
「それができたら苦労はないんだけどな」
「はい?」
「なんでもない。それよりも晩ご飯食べてく?」
「いいんですか? 着替えは持ってきてないので悠夜さんのを貸してください」
「誰も泊まってけなんて言ってない。そういうのはまだ早いから」
珠唯さんの頬が少し赤くなる。
何を想像してるのかわからないけど、とにかくお泊まりはせめて付き合ってからだ。
それか珠唯さんが高校を卒業してから。
「頑張れ私」
「何をだよ」
「悠夜さんの愛を受け止めることです」
「意味がわからん」
それからしばらくして俺は晩ご飯の準備をする為に台所に向かった。
そして準備の間に、ずっと黙っていた聖空が珠唯さんと話していたようだけど、余計なことは話してなさそうだったのでスルーした。
そうして俺達は三人で晩ご飯を食べたのだが、珠唯さんが「そういう優しい悠夜さんが好きです」と、ちょっと意味のわからないことを言っていたけど、あれはなんだったのか。
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