第21話 嵐の前の静けさ

ソウルの街に夜の闇が広がり、街灯の光が雨粒に反射して輝いていた。ルナはホテルから出て、冷たい雨の中を一人で歩いていた。協力者との会話を終えたばかりの彼女の心には、幾重にも重なる思いが渦巻いていた。彼が渡した証拠――父、カン・ジョンウが政府高官と結んだ違法取引の書類――その重みは予想以上だった。


「これで終わらせられるのか…?」ルナはふと呟き、立ち止まって夜空を見上げた。


雨は彼女の頬を濡らし、まるで涙を隠すかのように降り続けていた。父を裏切るのか、父を守るのか――その二択に苛まれながらも、ルナの心には母の言葉が蘇る。


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回想シーン


「ルナ、真実を見つめなさい。どんなに苦しくても、真実は私たちを自由にするのよ。」


母、ソン・ジヨンが死ぬ前に残した最後の言葉。彼女は財閥の裏側に潜む闇を知り、その闇を暴こうとして命を落としたとルナは信じている。


「母さん…」ルナは小さな声で呟き、両手で顔を覆った。「私も…あなたのように強くなれるだろうか…?」


彼女はしばらく立ち尽くしていたが、意を決して歩き出した。彼女には今、立ち止まる時間はなかった。自分が目指している改革が、どれほど危険であり、どれほどの犠牲を伴うかは十分に分かっていた。だが、逃げるわけにはいかない。母が命を懸けて守ろうとした「正義」を、今度は自分が背負う番だった。


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場面転換:ジェハン財閥本社ビル


翌朝、曇り空の下、ジェハン財閥本社ビルの大理石のエントランスに、ルナとテジュンの姿があった。二人は黙々と歩きながら、取締役会が開催されるフロアへと向かっていた。前日の協力者との会話をテジュンに話すべきかどうか、ルナはまだ迷っていた。彼の反応がどうなるか予測できなかったからだ。


「今日もまた、厳しい一日になりそうだな。」テジュンがポツリと呟いた。


「そうね。」ルナは短く答えたが、彼の視線を避けるように歩き続けた。


エレベーターが最上階に到着すると、すでに数人の幹部たちが集まっており、冷ややかな視線で二人を迎えた。特にイ・ジンソクの目には敵意が満ちていた。彼はジェハン財閥の古参幹部であり、父ジョンウの信頼も厚かったが、ルナとテジュンの改革に強く反対していた。


「今日の議題は簡単です。」ルナは会議室に入り、毅然とした態度で取締役たちに向き合った。「ジェハン財閥をクリーンにするための改革案を承認していただきます。これが、私たちの財閥の未来に必要な第一歩です。」


幹部たちはざわつき始めた。ルナがどこまで本気なのか、彼らはまだ測りかねているようだった。


「あなた方が考えるような理想論だけでは、財閥は存続できません。」イ・ジンソクが冷たい笑みを浮かべて言った。「過去の方法でここまで成功してきたのです。急に方向転換など、危険すぎる。特に政府との関係を壊すようなことがあれば、財閥は一瞬で崩壊する。」


ルナはその言葉に動じず、冷静に返した。「それは私たちが過去の不正に目をつぶるということですか?ジェハン財閥は、これからの時代に合わせた新しいビジョンを必要としています。私たちは過去の成功に甘んじるわけにはいきません。」


「新しいビジョンですって?」イ・ジンソクは声を上げ、周囲を見渡した。「カン・ジョンウ会長の築いた帝国を壊そうというのか?それに…ルナ、君はまだ若すぎる。これが君の父親に対する裏切りだとわかっているのか?」


その瞬間、ルナの心に突き刺さるような沈黙が訪れた。会議室全体が一瞬で凍りつき、全員が彼女の反応を待っていた。


ルナはゆっくりと立ち上がり、イ・ジンソクに向き直った。「父を裏切るわけではありません。父が築いたものを守るために、私は未来を見据えた決断をしようとしているだけです。父が本当に守りたかったのは、腐敗した財閥ではないはずです。」


彼女の言葉には、決意と共に悲しみが混じっていた。父を守りたい気持ちと、父の過ちを正さなければならないという葛藤。その狭間で、ルナは何度も揺れ動いていた。


会議室の空気は再び重苦しい沈黙に包まれた。誰も彼女の言葉に反論することができなかった。ルナはそのまま資料をテーブルに置き、会議を終了する旨を伝えた。


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場面転換:財閥本社ビル屋上


会議を終えた後、ルナはビルの屋上に立っていた。冷たい風が彼女の髪を揺らし、ソウルの街を見下ろす。巨大なビル群と、絶え間ない車の流れ。そのすべてが彼女の肩に重くのしかかる。


「やっぱり父を裏切っているのかもしれない…」ルナはそう呟き、心の中で自問自答していた。父を守るためにすべてを隠し通すべきなのか、それともすべてを明らかにし、改革を進めるべきなのか。答えはまだ見えない。


その時、後ろからテジュンが静かに歩み寄り、彼女の隣に立った。


「ルナ、もう一度考え直す時間が必要かもしれない。」テジュンは静かに言った。「改革は必要だ。でも、急ぎすぎると大きな代償を払うことになるかもしれない。」


「分かってる…」ルナはそう答えながらも、目はソウルの遠くを見つめたままだった。「でも、私はもう引き返せない。これをやり遂げなければ、母さんの意思を無駄にしてしまう。」


「母さんのために戦うのは俺も同じだ。でも、あまり自分を追い詰めるな。」テジュンは優しく彼女に言葉をかけた。


ルナは一瞬だけ彼の顔を見て、小さく微笑んだ。「ありがとう、テジュン。でも、大丈夫。私にはあなたがいるから。」


その言葉に、テジュンは微笑みを返した。そして二人は静かに、ビルの屋上から広がるソウルの景色を見つめ続けた。嵐の前の静けさに包まれながら、二人はそれぞれの心に決意を固めていた。

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