第24話 卵の中身は
僕は今ヴェーラさんの診療所にいる。
実は少し驚かせたくて裏口からこっそり入り、ヴェーラさんの仕事机の下に隠れてドッキリを実行した。
サルサに気配の消し方や音の立たない歩き方、人の死角への入り方などを学んでいて良かった。
勿論驚いてはくれたが最初は幽霊か何かかと思ったらしい。
僕の顔を見るなり
「疲れてるのかしら……」
と言い横になろうとしたのだ。
本物と分かってからはもう号泣しながら抱きつかれた。
やっぱりこの人の涙腺は弱いらしい。
「で?それは……変装?」
髪型も髪の色も、服も違うのだからその感想は妥当であろう。
「そりゃ勿論。僕は死んだことになってなきゃいけないからね。」
どうやらヴェーラさんは僕が流した噂にまんまと引っかかったらしい。
変装して冒険者ギルド、女装して周辺の酒場やダンジョンにまで出向いたのだ。
そのくらいの成果があってもいいだろう。
ちなみにどこかの某ギルド職員に協力を仰いだ。
髪を脱色して金髪にし、癖を無くしてショートのハーフアップ。
首元や肩が隠れる服と胸にパット、皮の胸当て。
自分でも中々に可愛い少女の冒険者の出来上がりだ。
この格好でダンジョン内で少し血を流せば
雑談の中でラスラトの話題が出たら
「わたし……見ちゃったんです。あの診療所で惨劇を……」
なんて数回語っただけで数日後には酒場の話題に出るようになった。
事実診療所は血飛沫と固まって変色した真っ黒な血だったものが辺り一面を占めている。
面白半分で見に来た奴が更に噂を広めてくれた。
勿論死体も偽装した。
スラムの孤児等を利用して都市の肉屋からおよそ30キロ分の売れない肉や骨を大量に買い取らせる。
治癒魔法でそれを人間の形にしていく。
治癒は修復と前に言ったがそれの応用である。
適当な服を着せ、大きな石でぐちゃぐちゃにし、放置すれば勝手に虫やネズミなどが寄ってきて食い荒らしてくれる。
運がいいことに見物人が腐った人間の死体を見たと言いふらしてくれた。
もし来なくてもスラムで誰かを買収すればいいだけの話だ。
ちなみに今日の変装は商会のお坊ちゃんって設定。
前世のスーツのようにパンツにシャツ、ジャケットに上着。
青色に染め、少し長めの髪は内側に折り込み、ピンで留めて擬似的に短くする。
毛先は揃えてお坊ちゃま感を出す。
内ポケットに手帳、最近話題になっているインク内包型のペン。
ちなみにこのペン、14万サンクもした。高ぇよ。
この格好で冒険者ギルドに架空の商会を装い前金を払って護衛の人選をして貰った。
そこでもラスラトの話題はすぐに出てくる。
「それはそうとご存知ですか?…あの診療所のこと………」
これらがヴェーラさんを騙せる程の偽装工作。
この周辺でラスラトが診療所を襲い闇医者を殺した、というのが周知の事実となった。
我ながら頑張った方であろう。
今日来たのはヴェーラさんに街の現状を聞くためだ。
勿論僕の方でも闇医者時代に知った手を使って情報を集めてはいるが、ここに長く住んでいるヴェーラさんの方が上手であろう。
とてもキラキラした目で自分の膝を叩いている。
そこに座れってことですね…………
「髪こうなってるの……なるほど………バッサリ切りたくない時に使えるわねこれ………」
久しぶりなのだ、頭だけでも触らせてやろう。
「ヴェーラさんは今の現状どう思います?ラスラトが死んだことによってこの診療所も安全とはいかないでしょう。」
「……ラスラトがいなくなった今ここは混乱状態にあるわ。最悪なのが領主がついに手を出してきたことね。スラムなんて貴族にとってはゴミ同然。いえ、それ以下ね。潰し合いを助長して疲弊したところを叩く。多くの人間がこの都市から追い出されることになるわ……恐らく教会も協力している。大方追い出された難民を無理やり連れ去る、或いは………」
この人は一度考え始めるとどんどん深みにハマっていく。
「そうね、私はここを出るわ。
私とラスラトファミリーとの契約はとっくの昔に破綻しているもの。それに教会と領主が手を組んだのなら私達みたいな闇医者は真っ先に叩かれるでしょうね。」
「僕もです。念には念を入れて出る時はカルロの裏道を視野に入れてます。
勿論サルサと一緒に。
すぐにとはいかないけど、一月以内には出るつもりです。」
この他に既にスラムを出た重要人物、逆にここ周辺を狙っている他のスラムマフィアや裏ギルド、傭兵や暗殺、撹乱工作スパイなどの暗い仕事をするヤツらについての情報交換をした。
どうやら領主の行動はやぶ蛇だったらしい。
_______________
「ねぇ……シオくん。
私と来ない?あなたはこんな所にいるべきでは無いわ。あなたの力は使うべき人、場所があるのよ。私ならあなたを導ける。あなたの価値はこんなところで燻っていいものではない。だからお願い、私と来て。」
以前からずっと考えていたこと。
この子は翼をもがれた天使。
同時に眠れる悪鬼の卵である。
このまま綺麗な新たな羽を生やし殻を破るのならば問題は無い。
私は怖いのだ。
もう殻は破れかけている。
卵の中身を覗くのがどうしよもなく怖い。
もし姿を覗かせるのが醜悪で汚い悪鬼だったら。
もしその時、私はこの子をどうにかできるだろうか。
傷ついた心を無意識に覆うこの子に刃を向けられるだろうか。
昔のように心臓に杭を突き立てられるのだろうか。
私は彼を殺せるのだろうか。
「…………、
で?ヴェーラさん今なんと?まるでヴェーラさんが僕の神様みたいな言い草じゃないですか。何故僕の明日をあなたに委ねなければならないんですか?僕にはもう委ねる人がいるというのに。」
「ッ………」
「ヴェーラさんは僕にとって確かに恩人です。感謝なんてしてもしきれません。それでもサルサをバカにしたのは許せない。ですが今回は聞かなかったことにします。」
―――――違うわ、決して彼女のことを………
言えない。
事実私はサルサという女のことを役不足だと感じている。
もし初めて出会うのが彼女ではなく私だったらと。
彼は嘘とサルサへの侮蔑には異常に敏感だ。
彼は私の膝から降り、髪を解き魔術でいつもの黒髪に戻す。
月明かりに照らされる黒い髪がとても綺麗だった。
相変わらず顔はまだ幼さが残る。
だが顔つきには何かに吹っ切れたような大人っぽさと同時に……全てに対して諦め、達観しているように見えた。
まだ彼が諦めていないものがあるとするならばそれは………
「それじゃ、また今度。ここから出る前にお酒、飲みましょう。僕、変な店でしか飲んだことなくて。もちろんサシで。良かったら色々と聞かせてください。ほら、人って目的に向かって走ってる時が一番転けやすいんです。しかもとても滑稽に。」
「人の事言えないですけどね。」
そう言い彼は診療所を後にした。
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