第14話 絶望はすぐそこに

「ふざけてる?」


「大マジだクソッたれ。」


「いやいやいや、流石にでしょ……」


 俺はイズミが作ろうとしている料理の構想を教えてもらった。


 まぁ、なんというかお察しの通りって感じなんだが……料理の根幹にある火、っていう超便利アイテムをセルフで縛ってるからほぼほぼ生の野菜をお出しするようなものしか考えていないようだった。


 イズミ、口に出すのはやめとくけどそれは料理じゃないって。むしろ世間的には餌っていう呼称が一番しっくりくるよ。


「うーん……」


「絶望したらいつでもやめていいんだぜ。元々俺は一人でやるつもりだったしな。」


「まだ序盤も序盤だし、そんな端から匙を投げるような真似はしないよ。ただ、一応確認だけどやっぱり火は使えないってことでいいんだな?」


「あぁ、俺は他の奴より熱さに疎いみたいでな。火を使うとすぐに焦がしちまう。」


「なるほど。じゃあまず火を使う料理はなしと。あれ? でもそれなら誰かに手伝ってもらえば出来るんじゃないの?」


「自分一人で作れるレシピじゃなきゃ俺のレシピとは言えんだろ。あくまで俺が作ることに意味があるんだ。」


「あー、確かに。それならやっぱり冷製料理になるのかな。火加減の必要がない料理があればまた別だけど。でも今考えてるようなサラダみたいなのは難しいと思うよ。もう他に作ってる人もいるし。」


「ぐ……ま、まぁでも味付けを変えるなりすりゃ、十分俺の料理に……」


「イズミ自身がそれでいいなら良いけど、そういうのってやっぱり独創性とかそういうのが大事なんじゃないの?」


「……あぁ、その通りだ。返す言葉も見つからねぇ。やっぱり今ある手札をただ単純に使うだけじゃダメみたいだな。何か一つ、ひらめきがないと。」


 流石に手札がひどすぎるという問題は置いといて、まぁ概ねは同意だ。


「そもそもイズミって野菜料理を作りたいの?」


「いや、出来れば肉料理がいい。俺の好みってだけだがな。」


「じゃあそうすればいいじゃん。」


「馬鹿言うな。火が使えないんだぞ。焦がして終わりに決まってんだろ。それとも生で食わせる気か?」


「いや~生で食べられるお肉とかないかなって。」


「あるにはあるが……そういう肉は大抵マズい。例えば昼間のサンドワームの肉なんかもそうだが、あいつらは体内の水分量が低すぎるせいで細菌が住むことができない。だから食っても食中毒の心配はねぇが、パサパサすぎて食ったら逆に口の水分が持ってかれちまう。」


「なるほど。じゃあうまーく細菌を殺せるような調理方法を……」


「それが熱処理だ。手っ取り早く細菌をブチ飛ばせる。」


「それ以外の、だよ。もしかしたら他の手もあるかもしれないじゃん。」


「可能性は否定しねぇ。だがそんな方法、俺は聞いたこともない。まぁ俺はこの近辺のアストリア近辺の話しか知らねぇからもう少し北の方に行けば特殊な調理法みたいなのがあるかもしれねぇがな。まぁキャラバンで出さなきゃいけねぇっていう制約もあるし、見つかっても実現できない確率の方が高いだろ。」


「他の団員の人にも聞いてみれば? 何か知ってるかもしれないし。」


「それは最後の手段だ。出来れば俺の経験を基にした料理にしたいからな。」


 小一時間程度話してみると、結構人となりってわかるものだ。イズミは基本口が悪くて不良っぽいけど、伝統とか決まり事とかそういったものはきっちり守る真面目さも持っている。団長に対する恩の気持ちもあるのかな。


 結局、今日はそれ以上特に進展はなかった。午後は違う作業に振り分けられたこともあってあまり話せなかった。ぼんやりと肉料理を作りたいってイズミが考えてるってことぐらいしか分からなかったな。


「どうしたの? ぼーっとして。」


「え? あぁいや、ちょっと疲れたな~って。割とハードだったし。」


「これから長旅になるんだし、体力はつけておいてよ?」


「……面目ない。」


 今日の夕飯はシチューだった。といっても普通のものとは段違いに美味い。おかわりが一度しかできないのがこんなに苦痛だなんて。一口一口が体中に染み渡って明日も頑張ろうという気分にさせてくれる。


 でも今日は昨日ほど純粋に料理を楽しめなかった。イズミはこのレベルの料理を作らなきゃいけないんだ。食べる側じゃなくて作る側の視点に立つとその難易度の高さをひしひしと感じさせられる。


「アリス、覚えてるかどうかは分からないけどさ。」


「うん。」


「昔、ロン爺たちが自家製の燻製肉作ってたことあったよな。」


「あぁ、あったね。結構美味しかったな~」


 おもむろにロン爺の名前を出したことを俺は一瞬後悔した。でも、アリスは気にしていない様子だった。俺自身も動揺するわけにはいかず、そのまま話を続けた。


「あぁいうのってキャラバンで出来たりしないかな。」


「何? 食べたくなったの?」


「うーん、まぁね。」


「そうだな~燻製っていうのはちょっと難しいんじゃない? アレって結構ちゃんとした部屋みたいなの必要でしょ。出来ても干物とかかな。」


「そうだよな~」


 干したりするのは考えたけど、生肉を干してたら虫がたかっていずれ腐って食うことすら困難になるのがオチ。熱処理を封じられるとここまで肉の調理ってきついんだな。燻製なら焦がす心配はないからある程度希望があるかとも思ったけど、そうなると今度は設備の問題がふりかかってくる。八方ふさがりだ。


 イズミを尊重するなら俺がこんなにでしゃばるべきじゃないんだろうけど、協力するといった手前何か形に残るような手助けをしたい。


「うん? カイくん、燻製肉が食べたいの?」


 俺たちの会話を聞いていたローエンさんが話しかけてきた。


「えぇ、まぁ……」


「なかなか限定的な要求だね。でも君は運がいいよ。レオフェルドは燻製料理が盛んでね。特に燻製肉は世界でも超有名な代物さ。」


「へぇ~、あ! もしかしてこの前言ってた特産品の煉瓦と関係あったりします?」


「鋭いね。そうなんだよ。レオフェルドでは基本的に燻製器は煉瓦で作られる。細かい原理は私も知らないが、どうやらその煉瓦を使うことが美味しさの秘訣らしい。」


 レオフェルドの燻製料理か。ちょうど次の停留地だし、参考に出来る部分がないかイズミに提案してみる価値はあるかもしれない。


「ありがとうございます!」


「どうしたしまして。あぁそうだ、今は結構時間あるし先に済ませてしまおう。」


「済ませるって……何をですか?」


「昨日言ってたじゃないか。未来視だよ。今なら明日のことぐらいはすべて見れそうだ。」


「あぁ、そういえば……」


 確かに未来を見てほしいと頼んだな。すっかり忘れてた。


「それじゃあ、アリスさん。少し見させてもらっても構わないかい? 恥ずかしかったら断ってもいいんだよ。」


「いえ、平気です。お願いします。」


 それを聞いてローエンさんは黙ってうなずき、眼帯を外して左目を開けた。


「…………」


 アリスは緊張している様子だった。無理もない。ローエンさんの左眼は何というか不思議な威圧感を感じる。はるか上から見られているような錯覚さえ起こす。


「これは……」


 ローエンさんは驚いた様子でそう呟くと、すぐに左目を閉じて眼帯を付け直した。


「な、何が見えましたか?」


「……とりあえず、一つずつ順番に伝える。まず、キャラバンは明日の夕方レオフェルドに到着する。」


 当初、レオフェルドの到着予定は明日の昼だった。サンドワームの一件で半日ずれたんだろう。


「その後は……?」


「……襲撃だ。」


「えっ……」


「深夜、みんなが寝静まったころに襲撃がくる。このまま行けばキャラバンの商人たちもろとも、全員死ぬことになる。」


 ローエンさんの言葉を聞いて、血が急激に冷えていくような感覚がした。


 忘れていた。


 ここでそれを思い出せたことはある種、幸運だと言えるかもしれない。


 この旅が、命がけの旅であるということを。

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