第12話 無力と違和
「いいぜ。なんだよ。」
「ありがとう。それじゃあまずこの二人について紹介しよう。カイくんとアリスさんだ。」
俺とアリスはイズミに軽くお辞儀をした。
「私の方から言おうか。」
「いえ、自分で話します。僕たちの問題なので。」
「……うん、そうだね。そっちの方がいいだろう。」
「あぁ? あんたの話じゃねぇのか。まぁいいや。で? どんな要件だ。」
「………………まず始めに、」
なんというか……入口って難しいな。俺たちの話をするのに一体どこから話せばいいんだろう。話の出口は決まっているはずなのに、いまいちどう切り出せばいいのかが分からない。
でも、俺たちの旅に同行してもらうならこれだけは隠すわけにはいかない。
「俺とアリスは帝国に追われている。」
「…………は?」
何とも間の抜けた声が返ってくる。当然だ。突拍子がなさすぎる。
「悪いが冗談じゃない。俺とアリスは一昨日の夜から極秘裏にではあるだろうけど、帝国に指名手配されてる。」
「国際的な指名手配犯は公表されるのが通例だろ。それを極秘裏にって……あんたら、一体何やったんだ?」
「俺たちが何かをしたわけじゃない。ただ俺たちは知ってしまったんだ。帝国の秘密を。」
「……なるほど。無い話じゃねぇな。ゼルディアはきなくせぇ話に事欠かねぇしよ。で、その帝国の秘密っていうのは?」
「イズミは神器って聞いたことあるか。」
「昔話ではな。まさか、実在するってんじゃねぇだろうな。」
……そうか。神器に対しては存在も疑うくらいの認識の人も少なくは無いんだ。
「いや、そのまさかだ。帝国は今封印された神器を復活させようとしてる。」
「何のために……なんて聞く必要はねぇな。支配欲と独占欲にまみれた国だ。いくらでも想像はつく。つーかオルドリスにいたあんたがよくそんなことに気づいたな。」
「俺の親父は王冠の守護者の末裔だったんだ。三日前の夜に帝国の奴らに殺されて、王冠の欠片を奪われた。その次の日には村を焼かれたよ。」
「……それでここまではるばる逃げてきた、と。まぁ大体いきさつは分かった。んでそれを俺に話してどうするつもりだ。」
「俺たちはいろいろと用事があってエルダリオンに向かってる。そっちもさっきの話を聞く限り、行きたい方向は一緒のはずだ。もしイズミが良ければ、途中まででも俺たちに同行してほしい。」
「なるほど、あんたらのお眼鏡にかなっちまったっつーわけだ。確かに俺は強いからな。そんじょそこらの盗賊や平和ボケした帝国の兵士たちなら何人いても完封できるだろうさ。」
そう言ってイズミは少し考えた後、再び口を開いた。
「だがダメだな。この話は断らせてもらう。」
「……理由を聞いてもいいか。」
「簡単だ。俺にとっちゃリスクとメリットが見合ってない。俺は一人でも旅ができる力を備えている。わざわざあんたらと組んでいく必要がないんだよ。あ、でもそっちのアリスって奴とだったら行ってもいいぜ。」
アリスはいきなり名前を呼ばれて困惑してる様子だった。
「わ、私……?」
「あぁ。勘違いすんなよ。別に変なことを期待してるわけじゃねぇ。あんた、相当強いだろ。さっきから見てたが魔装を片時も解除してねぇ。確かそういう修業があったよな、名前は忘れたが。」
「私は……まだ未熟だから、いつでも戦えるようにしてないといざというときにカイを守れない。必要に駆られてやってるだけです。」
「どうだか。まぁいいや。ともかく、アリスは俺の苦手な近接戦闘を補ってくれるだろう。カイ、こう言っちゃ悪いが旅の仲間としてあんたは足手まといだ。あんた、見たところ魔術使えねぇだろ。」
「……昔から、練習はしてたけど初級の魔術も使えなかったよ。」
「だろうな。魔力を微塵も感じねぇ。そっちの事情は知らねぇが、俺の旅には守られるだけの奴はいらない。厳しいようだが、あんたと同行する気にはなれない。」
イズミの言葉はとても厳しかった。でもそれは冷静な状況判断から来ている言葉で悪意を持って言っているわけではなかった。俺にとってはむしろその事実が何よりも辛かった。
「……仲間探しなら他をあたってくれ。俺も帝国の奴らは好かねぇから、応援はするよ。話はこれで終わりか?」
「…………あぁ。」
「そうか。じゃあ俺は戻らせてもらう。」
イズミはそれ以上何も言わずに去っていった。
あいつは口は悪いがいい奴だ。俺がへこんでるのを察して気を遣ったんだ。
ローエンさんとアリスも俺がショックを受けていることを感じたんだろう。二人はそこから話しかけてくることはなかった。
自分の無力さが憎い。ロン爺たちが死んだときも俺が戦う力を持っていれば、誰も欠けることなくあの機械人形を倒せたかもしれない。俺を守って逃がすことを優先したからアルバさんとロン爺は犠牲になった。
……ダメだな。俺は心も弱い。さっきまであんなに美味しかった飯がもう喉を通らなくなってきた。今日一日の疲れが一気に噴き出したように感じる。どっ、と何かが決壊したような感覚。最悪の気分だ。
飯を食ったらすぐに寝よう。明日以降は働かなきゃいけない。疲れを溜めちゃいけない。
俺は夕飯の後、食器を返してすぐに客車に戻った。ローエンさんとアリスは焚火の近くでイズミと何か話してる様子だった。でももうどうでもいい。あの様子じゃ説得は難しいだろう。
……こんな日に限って星がきれいに見える。今にも落ちてきそうな満天の星空だ。今の俺にとってはそれすらも俺を責めているようにさえ感じてしまう。
もう何も考えたくない。
俺は村を焼かれた夜のことを思い出しながら、静かに涙を流して瞼を閉じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カイくんは相当ショックだったんだろうな。すぐに客車に戻ってしまった。こういうときはそっとしておくのが一番だろう。
それに対してアリスさんは変わらず説得を続けていた。
「うーん……やっぱりだめ、かな?」
「ダメだな。というかあいつのためにもならねぇだろ。」
「と、いうのは?」
「俺は戦闘になるとだいぶ雑になっちまうからな。人目をはばかって戦うなんて芸当は難しい。当然騒ぎも大きくなる。あんたらの旅はまず見つからないようにするのが第一だろ? 俺みたいなのが混じるとそもそも見つかりやすくなるっつーか……」
「なんだ。それならそう言ってくれればよかったのに。それに帝国の人たちも騒ぎを大きくされるとかなり分が悪くなるからむしろプラスかもしれないよ?」
「……あ、極秘に追われてるんだったか。いやでも見つからないに越したことはないだろ。帝国が吹っ切れて条約そっちのけで追ってくるようになるかもしれねぇし。」
「た、確かに……」
「それに、というか実のところこっちがメインだが……あいつは得体が知れねぇ。」
あいつ? 何の話だ、いきなり。
「あいつ、っていうのは誰のことかな?」
「は? あんたらは感じなかったのか?」
「感じなかった……?」
「カイのことに決まってんだろ!! あいつ、何がかは分からねぇが明らかに他の奴とは異質だ。少なくとも俺はそう感じたぜ。」
「……アリスさんはそういうの感じたことある?」
「いえ、私もあまり心当たりは……」
アリスさんに聞いておきながら私は一つ自分の中に心当たりがあることに気づいた。
私には彼の過去が見えなかった。昔、一人だけそういう人物を見たことがある。あれは確か、医療ミスの調査で病院を訪れた時だ。調査中に一瞬だが視界に入ってしまった。その人はかなりお腹の大きくなった妊婦さんだった。
付き添いの旦那さんの過去ははっきりと見えた。でも、その妊婦さんの過去は黒塗りにされたように全く見えなかった。
当時は私の力にも不調があるのかと思ったがそこから十数年、カイくんに出会うまでそんな人物には出会わなかった。
いくつか質問はしたが、まだその原因は分かっていない。確かに得体が知れないという理由で同行を断るのは分かる。だがそうなると一つの疑問が浮かぶ。
「イズミくん。君は彼のどういうところに異質さを感じた?」
「……悪い。すげぇ感覚的な話だから、具体的にどういうところっていうのは無い。」
「でもその口ぶりから察するに君は彼が異質であると確信しているみたいだが。」
「……端的に言えばあいつには勝てる気がしねぇ。」
「……どういう意味かな。」
「そのまんまだ。力で負けてるとは思わねぇ。戦えばほぼ確実に俺が勝つ。理屈ではそう理解してる。でも俺の本能が否定するんだ。あいつには勝てない、って。」
「………………」
「まぁ理解は出来ないだろうさ。感覚の問題だからな。でもローエンさん、見たところあんたも感じてるみたいじゃねぇか。あいつの異質さを。」
「…………私はあまり感覚で話すことを好まない。職業柄避けている部分もあるかもしれない。だけど、君のその話はとても興味深く感じたよ。彼に感じていたなにかを上手く表現できなかったんだが……勝てない、か。なぜかその感覚が腑に落ちた。」
「よかったよ、俺だけじゃなくて。でもあいつに力があるって認めたわけじゃねぇ。俺の意見は変わらねぇさ。少なくとも今の状況じゃあな。ま、だけどあんたらには興味がある。もしかすれば気が変わるかもな。期待はしないでほしいが。」
「その言葉だけで十分だよ。ありがとう。」
「……あぁ、明日も早いからな。すぐ寝ろよ。」
そう言うとイズミくんは自分の車両へと戻った。
まぁ説得はそこそこ収穫あったかな。カイくん、落ち込んでいたから調子を取り戻してくれるといいんだが。
……いや、今の話は彼にするべきじゃないか。いきなり自分がおかしいと言われて混乱しない人間はいない。話すべき時を待つか。
今日は何とも星がきれいだな。旅の門出に相応しい。明日以降は忙しくなりそうだからな。私も早めに寝ておこう。
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