バタフライエフェクト、カオス理論
「この記事が出たせいで、バーデン侯爵家には領民だけでなく、他領の民達や他の貴族達から批判が殺到したようです。王太子殿下と今の王太子妃殿下のラブロマンスを支持する方々が多かったものですから」
アントンは何を考えているか分からないような笑みだった。
「更に、当時のことを知る貴族からも話を聞きました」
アントンは別の資料をタマラに渡す。
「お貴族様から……直接お聞きしたということでしょうか?」
タマラは恐る恐るクリソベリルの目をアントンに向ける。
するとアントンは「ええ」と何てことはないように頷く。
「その……お貴族様から直接情報をいただいたとなると、料金も……」
タマラは依頼の追加料金が高くなるのではと不安になってしまう。
「追加料金のことはお気になさらずに。タマラさんからはそこまでの額は取る気はないです。それに、実はとある大貴族の方々からも依頼が舞い込むことがあるので、その際にガッポリ料金をいただいています。だからこの探偵事務所の経営は安泰なんですよ」
アントンは悪戯っぽい表情だった。
「そう……ですか……」
タマラは少しだけホッとし、表情を綻ばせた。
そしてアントンから受け取った資料に目を通す。
そこには新聞記事には書かれていない真実があった。
新聞記事とは違い、ホルストが傲慢な侯爵令息ではないということ。彼はただニーナを愛していたのだが、素直になれず本心とは裏腹なことを言ってしまうだけだったらしい。実際、落石事故の際ホルストは身を挺してニーナを守ったのだ。彼女に想いを寄せていないと到底出来ないことであった。
しかし、ニーナはホルストの今までの態度に嫌気が差していたとのこと。ニーナはホルストの下半身不随の責任を取る形で彼と婚約させられそうな空気になっていた。そこで彼女はホルストを支えるのにもお金が必要になってくると周囲を説得して染料研究に励む。それは少しでも彼との結婚を遅らせる為だったらしい。ニーナは染料の研究所で王太子オスカーと出会い、意気投合していたそうだ。
そしてニーナは見事に国に利益をもたらす結果を出した。それにより王太子妃として打診が来た。ニーナは当時伯爵令嬢だったが染料研究の実力が認められ、外交等も問題なく出来ると判断されたのだ。
更にオスカーとニーナは国民を味方につける為、先程タマラが読んだゴシップ記事を出版社に書かせたそうだ。
それによりホルストはニーナの気持ちが分かり、落胆した。しかし、愛するニーナの為に身を引く選択をした。更に、ニーナへの恋心を叶えられなかったショックから治療をやめて死ぬことを決意したらしい。
バーデン侯爵家はホルストではなく次男が継ぐので、彼は死を選ぶことに躊躇わなかったそうだ。
「やっぱり、私が石を蹴らなければバーデン侯爵令息様はこんな決断をしませんでしたよね……」
タマラは悲痛な表情を浮かべていた。
「ですが、貴女が転んで石を蹴らなければ、ニーナ王太子妃殿下は王太子妃にはなっていなかです。貴女や僕が着ている服に使われる染料技術も開発されていなかったのですよ」
アントンは慰めるようにタマラにそう言った。
「だとしても……」
タマラは暗い表情で俯き、口をつぐんだ。
「まあ……ある意味バタフライエフェクト、カオス理論ですね。タマラさんが石につまずく、そしてその石を蹴った影響で、ニーナ妃殿下は王太子妃となった……。全ては石から始まった……」
アントンは少し考える素振りで天井を見ていた。
タマラは俯いたままである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます