第233話 キプロス動乱 (2)
ロビンの活躍により、捕らわれていたジョーンとベレンガリアを救出し、当面の危機は去った。
また、リチャードが仕掛けた奇襲が成功し、キプロス軍にかなりの損害を与えたのも、今後の展開を有利にする材料となった。
しかし、キプロスの支配者アイザックを取り逃がしてしまい、各地に斥候を放って、その行方を追った。
地理不案内であったため、迅速な行動が制限されていたが、そこに思わぬ助け舟がやって来た。
ラニエーリだ。
「逃亡したアイザックですが、島北部のアンドレアス岬の要塞に逃げ込んだようです」
「お前の親父といい、毎度報告が早いな!?」
「ヴェネツィア商人の情報網、なめてもらっては困りますな」
自信満々に報告するラニエーリであったが、実際、ヴェネツィア人の情報網は他の追随を許さぬほどに熟達していた。
商売で成功する秘訣は、何と言っても“情報”の速さと正確さだ。
どれだけ好機となる場面になろうとも、それをしっかりと掴めるかどうかは、まさに儲け話をどれほど早く耳に入れるかにかかっている。
そのため、ヴェネツィア人は誰よりも情報を重視し、迅速な情報発信の手段を持っていた。
各地に人を派遣し、在外公館や商人組合を介して情報を収集し、いち早く本国に情報を送っていたのだ。
このキプロスにしても、通商における重要な拠点であり、幾人ものヴェネツィア人が在住しており、領主との折衝からヴェネツィア商船への補給の手配など、現地に溶け込み、情報の仕入れも行っていた。
当然、領主の動向などと言うものは最優先事項であり、その行き先を探る事くらい、造作もなかったというわけだ。
ラニエーリの報告を受けたリチャードは、ジョーンとベレンガリアに護衛の兵士を残し、残る全軍でアイザックの籠る砦へと軍を進めた。
そして、アンドレアス岬の要塞を見るなり、リチャードは舌打ちをする。
「面倒だな。岬の先端部を丸ごと使った砦か」
三方を崖や海に囲まれ、攻め口は正面しかなく、その正面も強固な城壁や櫓を備えた厄介な造りになっていた。
攻め落とす自信はあるが、それでも先程のような奇襲をできるでもなく、完全防御態勢の砦の攻略となると、被害を覚悟しなくてはならなかった。
「ですが、あまり時間をかける事ができないのも事実でありましょう」
そう言ってきたのはラニエーリだ。
父エンリコ同様、シレッと入り込んでは居場所を確保しており、すでにイングランド軍の参謀のような立ち位置だ。
リチャードにしても、水先案内人として、情報提供者として、あるいは助言者として重宝しており、その発言には耳を傾けていた。
「陛下の出征の目的は、あくまでも“聖地の奪還”でありましょう。ここで時間をかける訳にも参りますまい」
「分かっている。下手すると、フィリップに先を越されるからな」
すでにフィリップ率いるフランスの艦隊は、先んじてパレスチナに到着しているであろう事は疑いようもない。
下手すると、現地の十字軍と合流して、サラディンと戦っている可能性すらある。
出遅れた上に、エルサレム奪還の栄誉を取られては面目丸潰れだ。
そこをこそ、リチャードは危惧していた。
「時間がないのも事実だが、下手に戦力を消耗するのもまた愚策だ。さて、どうしたものかな……」
「いっその事、あちらから門を開けてもらいましょう」
「何か良い策があるのか?」
「もちろんです。“交渉”こそ、商人の生きる道なのですから」
そのラニエーリの言う“策”とやらを耳打ちされると、リチャードは大爆笑をした。
そのあまりの下らなさと屁理屈ぶりにである。
本当にヴェネツィア商人とはとんでもない
「いいだろう。急いで準備させるとしよう」
「お聞き入れいただき、ありがとうございました」
「まあ、あれだな。血は争えぬ、と言ったところか?」
「父エンリコほど、熟達はしておりません」
「ダンドロ一家は親子揃って、十分すぎるほどの策士だぞ」
「お褒めいただき、光栄の極み」
やり口は最低ではあるが、別に嘘をつくわけでもない。
あくまで“時間優先”で、さっさと片付けたいだけなのだ。
リチャードにしても、フィリップに後れを取る事が一番の問題であり、だからこそラニエーリの言う“騙まし討ち”に賛同した。
戦場では騙される方が悪い。
騙す方こそが正義。
正確には、彼我の損害を少なくして勝つ事が最上の勝利なのだ。
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