第33話 異形の正体、非情な招待

『さて、皆集まったみたいだね』


ワタシと、引き摺られている元・異形の男が広場に近づくと勝利の余韻でザワザワしていた空気がピシッと固まった。


いやそこは歓声上がる場面じゃないのー?!


「いや、流石にその姿は驚くでしょ…」


アルル君、正解。


ワタシが降臨した姿は見ているはずなんだけどなー?なんか、恐怖映像を観ちゃったヒトみたいな顔してなぁい?大丈夫そ?


『ま、とにかく。コイツの事を説明しないとね』


白目を剥いているこの男。名前は前沢タカヒロといって異世界…日本から転移してきた殺人犯だった。


元々モラハラDV野郎だった前沢は、金持ちお嬢様だった平田小百合さんを口論の末殺害。小百合さんの魂は地球の輪廻の輪に還ったんだけど、殺害現場となったホテルの部屋に『神ノ門』が開いてしまった。


コレに関しては事故なのか故意なのかは不明。『アマノイタ』にも記録されてないんだよね…。まぁ、そんな感じでこっちの世界に転移してきた彼は殺人を犯したばかりの姿。つまり、前に神族の里に現れた黒髪の少女の遺体と一緒に転移してきた異世界人というのは彼のことだった。


前沢はこの世界でも犯罪を犯し続けた。何せ、性根が悪人だったから。転移の影響でチート能力を手に入れた彼が神族の女性に目をつけたのも本当の話で、その結果が封印という罰。


これがどうしてこんな事になったのかというと、キッカケは一人の小悪党。


そいつは、本当に偶然、前沢が封印された場所にたどり着いてしまった。封印からは前沢の悪意が漏れ出ていて、小悪党を侵食。小悪党じゃ封印を解くには至らなかったみたいなんだけど、身体を乗っ取ることには成功した。


そして、力をつけつつ封印された恨みを晴らそうと再び神族の里を襲った時に犠牲になったのがユージュリア。前沢に身体を乗っ取られた小悪党とその仲間はその時に消滅したんだけど、ユージュリアの力を浴びた前沢は封印に干渉する力を得てしまった。


まぁ、それは微々たるものだったんだけど、小悪党に取り憑いたときに増やしていた仲間の力…魂を媒体にして封印を破ることに成功したのが、ほんの数日前。


数多くの魂を犠牲にしてきた前沢は、その罪の重さからヒトの魂では抱えきれないほどの穢れを持っことになった。今までは封印がそれを抑えていた事もあってヒトの姿を保っていたんだけど、封印が解けたことで一気に膨れ上がり、あの姿になったみたい。


そして、彼は自我を失い本能だけで神族の地を…『神ノ門』を目指した。


心の底では日本に帰りたかったんだと思う。


どうしようもない奴なんだけど、故郷は捨てられなかったんだね。


…ま、可哀想だなんて1ミリも思わないけど!!!


むしろ、ユージュリアに土下座して謝って貰わないと気が済まないどころか、もっとビンタしてやりたいんだけどね!!!


過ぎたことは戻せないし、神の権能があっても出来ないことは沢山ある。そもそも、神様ってのはヒトの枠から外れた頑強な魂の事を指すもので、世界をひっくり返すような力は持ってないんだよね。あるとすれば、膨大な魔力と知識くらいかな?


例えば、手元に世界中の正確な情報が標示されるタブレットがあったとする。だけど、使う側が『何を知りたいか』を明確にして尚且つ書かれた内容を理解できなければ意味がない。


神の権能というのは、利用する側の理解力を底上げする為の物だから『全てを無かったことに』なんてのは無理だし『過去に戻る』だとか『死んだ者を生き返らせる』といったのも出来ない。


異世界漫画によくある『時間停止』みたいなものはあるけれど、それは生命には適用されない。何故?と聞かれると困るんだけどこれはもう『神が作ったルール』としか言いようがない。それだけ、生命に関しては厳格なルールが設けられているのだ。


そして、その厳格なルールを逸脱した魂に制裁を加えるのも神の仕事の一つ。明確には、神が世界に放った監視の瞳である精霊の取りまとめ役である精霊王やその上の精霊神がその任に就いている。


つまり、精霊神になったワタシの仕事ってワケ。


いやー、ココに来て怒涛の展開ってヤツだよねぇ。最初はユージュリアの肉体が保管されてるなら、その魂を持ったワタシが使わせてもらおう!って軽い気持ちだったんだよ。


…いや、『柚子』はそんな風には考えないと思う。


『柚子』は日本人の普通…な女子高生だった。そんな彼女が、魂が混ざってるからといって亡くなったのと同じ肉体を有効活用しよう!なんて思い至るとは考えられない。つまりこれは『フリョウヒン』な精霊の意思。


生まれたての精霊に人格は無いから、主人格は柚子なんだと思う。そこに精霊の気楽さとユージュリアの知識が混ざった感じがしっくりくるかな?


ユージュリアとしても、神族は死んでも再び肉体に宿るという神族内の常識があるから自分の肉体を使っちゃおうぜ!という方向に意識が流れたんだよね。たぶん。


柚子としては『世界を楽しみたい!』という気持ちが強く出てたから、上手いこと噛み合っちゃって今があるってワケだ。


(これも、創造神の導きだったんかな?)


触手の先で時々ピクッ……ってなってる男を見つめる。


思えば、この人も可哀想な家庭環境に生まれてきていた。ほんと、そりゃグレるわ…って感じ。まぁ、それでもこの道を選んだのは彼自身だからね。罪はしっかり償ってもらいます。


この場につれてきたのは、神族の皆を安心させる為。…この男のせいで彼等は外界と分断してこの場所を守るのに精一杯になってしまった。その結果、何が起きたかと言うと…『次世代が産まれなくなる』というものだったんだ。


簡単に言えば、守るのに必死で外から還ってくる魂も入れなくなってたんだ。


でも、それも今日で終わり。


神族の里は開かれて、やがて還ってきた人々で賑やかになる筈。


『これで…良かったんでしょ?』


神の言葉で問いかけると、『そうだよ』と言わんばかりに優しい風が頬を撫でていった。


「さて、精霊神ユージュの名のもとに、この男の魂はこの場で浄化され。神族の里はこれより外に開かれ、離れた子らもいずれ還ってくるでしょう」


声に魔力を乗せて、里全体に広げていく。


『開け、開け、閉ざされた場所、閉ざされた扉、あるべき者はあるべき場所へ還り、開かれた扉は新たな風を運ぶ』


里全体にこの場所はこれから開かれるんだと宣言し、男を高く掲げる。ここからはこの男に与える罰だ。


『罪深き異界の魂よ。これよりお前は、この世界で殺めた魂の数だけ、弱き生命に生まれ変わる。ただし、それはヒトに非ず。そして、殺められた者達が受けた苦痛よりもさらなる苦痛を味わう事になる。それは殺めた魂の数と、与えた苦痛の3巡を全てその身に受けるまで続くだろう。その時が来たら、この世界での贖罪は終わり、元の世界での償いが待っている。心して贖罪の旅路へ向かうがいい。逃げ道はない』


男の身体がビクンビクンと大きく跳ね、男が覚醒する。他の者には聞こえていないが彼の頭の中では彼に与えられる刑が告げられている筈だ。その証拠に彼の顔は段々と青ざめ、やがて恐怖に歪んでいった。


「ひぃっ……いっ……いや…だ…」


ミシミシという骨の軋む音が聞こえる。


「いいいい痛いっっ!!!痛いぃぃぃ!!!!!助けてくれぇぇぇぇぇ」


肉がブチブチとちぎれる音が聞こえる。


「嫌だぁぁぁ……助けてくれぇ……俺は…お…れは……ァ…ァ……」


触手が解かれ、小さな肉塊がボタリと落ちる。


ウゾウゾと動いたかと思うと、小さな子供のような大きさで餓鬼のような姿の男が震えながら立ち上がった。


「手は出さないでね。ここで皆が思う存分に倒しちゃうと刑期が少しだけ短くなっちゃうから!」


今にも襲いかかりそうな皆を諌めると、構えている武器はそのままに、ワタシ達を囲んでいた人垣が割れた。その先には、長年彼を封じ込め神族の里と外界を隔ててきた森。


醜い小鬼ゴブリンとなった彼は一目散に森へと駆け出した。


青い皮膚のゴブリンというのはゴブリンの中でも特に弱く、産まれてもあっという間に仲間達に殺されてしまう。異世界の魂は強い力を持つけれど、彼の魂には大きな枷が付けられているからこの世界で悪さは二度と出来ない。


彼が向こうの世界に帰れるのは、この世界で彼が殺めてきたヒトの数だけ死んで、彼が他人に与えた苦痛の3倍を受けた頃。正直、どれくらいになるかは分からないけど犯した罪に対しての罰としては妥当かなーって思う。


まぁ、そんなワケで『やったらやり返される…3倍返しだ!異世界の果てまで逝ってキューの旅へご招待!』ってね!

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