後味の悪い物語短編集
日下朔クサカサク
侵略の惑星
見渡す限り草原が広がっていた。吹き抜ける風は無数のざわめきを生み出し、遠くの地平線へと向かって走り去っていった。空は灰色の雲に覆われ、何層にも重なり合って異様に低く見えた。
着陸した宇宙船は、太い杭のような三脚を草原に突き刺し、停止していた。やがて船腹が開き、梯子が降ろされると、二人の乗員が現れた。彼らの真っ白な宇宙服は光を反射し、眩しく輝いていた。
「生命体は、今のところどこにも見当たりませんね…」ユミールが言った。
「ああ、だが隠れている可能性もある」隊長が答えた。
「大丈夫でしょうか?」とユミールが心配そうな表情を浮かべた。
「ユミール、この星の生命体が敵意を抱いているかもしれないという懸念はわかる。だが、心配はいらない。事前の調査で、この星の生命体が植物性であることがわかっている。植物性の生命体は一般的に温和で平和的だ」
「そうだといいのですが…」
「そうか、ユミールは初めての偵察任務だったか」と隊長が言った。
「はい、今までは情報局に勤めていたんですが、それが急に偵察団に異動になるなんて…」とユミールは不安そうに語った。
「最近は星の開拓が急速に進んでいるからな。今は、集めた情報を元に行動を起こす段階にきたってことだ」と隊長は笑顔で答えた。
「あっ、見えてきました!あそこが居住地みたいです!」
ユミールの指差す方向には、背の高い建築物が数軒建ち並んでいた。
「建築物を造る技術はあるみたいですね」とユミールは心なしか安心した様子だった。集落に近づいていくと、子供の身長ほどの大きさの生命体が何十体も身を寄せ合っているようにみえた。
「うわあ…たくさんいますね…」
「植物性の生命体は集合体を形成しやすい傾向があるからな」
「彼らが我々の交渉の意図を理解してくれるか心配ですね」
「今はこの翻訳機に頼るしかないな。以前の星でもコミュニケーションが取れたことがあるから、心配はいらないだろう」
「でも以前の星の生命体は肉食性だったはずですよ」
「やってみないと分からないこともあるさ」
さらに集落に近づくにつれて、その建築物が竹のような植物を使って構築されていることがわかった。地球の竹よりも太く、淡い橙色をしていた。
「この星の資源の量からして、あの建築物は何度も建てては取り壊し、再利用しているのだろうな」
「でも、驚くべき技術ですよね。竹を組み合わせただけで、あんな背の高い建築物を造るなんて。こんな知能があれば、我々の提案もすんなり受け入れてくれるかもしれないですね」
「そうだといいな。さて、彼らは一体何をしているんだろう?」
「ちょっと見てみますね」そう言って、ユミールはポケットから双眼鏡を取り出した。
「集まって揺れているみたいですね。それにしても…」ユミールは引き攣った表情で双眼鏡を隊長に手渡した。「見てください、彼らの顔…」
「…あんな種類の生命体もいるんだな」隊長は双眼鏡をしばらく覗いた後、ポツリと言った。
それは植物性の人型生命体であった。最も特徴的なのはその生命体の顔付きである。頭部は色も形も細長いさつま芋のような見た目で、赤黒く、ところどころひび割れていた。顔面の中心部には黒くぎらついた大きな宝石のような目がついており、鼻と唇は人間のものと似ていた。手足は細長く、白いぼろ切れを一枚だけ着ており、みすぼらしい姿であった。体長は平均一メートルほどだが、大きいものでは二メートル近い個体までいる。そして、その生命体が何十体も身を寄せ合って上下に揺れているのであった。
「なるほど、形態は奇妙で気味悪いが、植物性の生命体というのは、大抵ああいう不恰好な生物なのだ」と隊長は自分に言い聞かせるように呟いた。
「彼らは何をしているんでしょうか」
「摩擦熱によって暖を取っているのかもしれないな。とにかく――」隊長は軽く咳払いをした。「とにかく、あの中の一体とコンタクトを取ってみよう」
「そうですね…」
「とりあえず、彼らのことはサツマとでも呼んでおこうか」
ユミールは笑った。「確かに、私も似てるなあと思っていたんですよ、サツマイモに」
「さて、行こうか」
二人はついに建築物の下まで来た。サツマの集合体まではまだ50メートルほどの距離がある。そこで隊長は堂々と胸を張って歩き出し「おーい」と大声で呼びかけてみたが、彼らからはまったく反応がなかった。相変わらず集まって上下に揺れているだけである。隊長はもう一度呼びかけながら大きく手を振った。両手を振るのは友好のサインである。しかし、彼らの反応はなかった。
「彼ら、耳が聞こえないのでしょうか?」後ろでエミールが言った。
「あのタイプだと耳がついていない可能性もあるな」
「それに、目も見えていないのでしょうか」
「そんなはずはない。あの大きな目玉を見てみろ」
「もしかすると、あんなに大きな目玉をしていて目が悪いのかもしれません」
「なるほど。それはありうるな。もう少し近づいてみることにしよう」
「大丈夫ですか?」
「いざとなれば急いで宇宙船に戻ろう。一応その準備はしておいてくれ」と隊長は言った。
隊長は集合体にゆっくりと近づきながら、揺れる海藻のように大きく手を振ってみせた。異文化交流マニュアルによると、この手の振り方が最上級の友好のサインだとされている。すると、20メートルの距離まで来たところで、一体のサツマが突然振り向いた。そして黒い眼玉をギラギラと光らせながら、首を何度も傾げた。隊長はその場に立ち止まり、手を振り続けた。そのサツマは首を傾げながら、集合体から離れて隊長の方にゆっくりと歩いてきた。
「おお、やったぞ。こいつとコンタクトを取ろう」隊長は手を振ったまま、ユミールの方を振り向いて言った。
「た、隊長!」その時、ユミールが慌ててサツマの方を指した。
「なに?」さっきまで一体だったサツマが、いつの間にか隊列を組んで十体ほどでこちらへ向かってきているではないか。隊長は慌てて引き返しながら、ユミールに手で合図し、「遠くへ逃げろ」と伝えた。ユミールは頷くと振り向き、走り出した。村の外れに建築物が見えたので、ユミールはまずそこを目印に走っていった。隊長もその後を追って走った。
「奴ら追ってきませんでしたね」
「ああ、我々を見失ったようだな」
隊長とユミールは遠くに見えるサツマの集合体を見ながら話した。
「奴らが鈍足で助かった」
「でも奴ら、まだ我々を探しているようですね」
サツマたちは、先ほどまでユミールがいた場所をキョロキョロと見渡していた。サツマの行動に敵意があったのかどうかは分からないが、不気味な生命体が何体も並んで向かってくるのはあまりにも恐ろしかった。
「やはり、もう少し慎重に行動し、彼らが一体のときにコンタクトを試みる方が良さそうだな」と隊長は言った。
「でも隊長、もう日が暮れてきていますよ」とユミールが言いました。
「随分と早いな」
「小さな星ですからね」
「心残りはあるが、今日は一旦宇宙船まで引き返すのが良さそうだな。この星の文明レベルはまだ低いだろうから、人工的な光が一つもないようだ。夜になると真っ暗闇だ」
「そうですね」とユミールは立ち上がった。
「しかし待て」と隊長が言った。「もし、サツマ達が我々に敵意を抱いているとしたら、建築物の周りの見回りが強化されるかもしれん」
「そうですかね…」
「そうなる前に、せっかくだからこの竹のやぐらの中を見ておかないか?ここは村のはずれでサツマ達もいないようだ」
「でも、もしかしたら上にサツマがいるかもしれませんよ」
「確かめてみるか?」
隊長は梯子を登り始めた。
「隊長、危険です。帰りましょうよ。また明日来ましょうよ」とユミールが言う。
「だめだ、明日にはこの辺にもサツマの見回りが来ているかもしれない。ユミールはそこで見張りを頼む。どうせ見晴らしの良いところだ。遠くからこっちに向かってくるサツマがいたら、俺に知らせてくれ」
「隊長、なるべく早く戻ってきてくださいね」
「見たろ、奴らは鈍足なのだ。追いつかれることはないさ」
ユミールは不安そうに空を見上げた。空は真っ赤に染まっていた。
やぐらに実際に登ってみると、相当な高さがあった。三、四階建てのビルほどの高さがある。やぐらの上には六畳ほどの部屋があり、さらに三つに区切られていた。三つの部屋を区切るのは竹の扉で、簡易的な鍵のようなものまで付いていた。奴らの寝床ではなさそうだった。あまりにも殺風景で、生活感を微塵も感じられなかった。そもそも、植物性生命体がわざわざこんな高いところまで上がってくるだなんて考えられない。植物性生命体は基本的に大地の養分を餌としており、寝泊まりも大地の上か、土の中というのが一般的なのである。
隊長は双眼鏡を取り出し、遠くのサツマの集合体を観察し始めた。約百体近くが集まっていた。注意深く観察すると、白いぼろ切れ以外の服を着たサツマが数体いることに気づいた。
「まさか…」
隊長は思わず声を漏らした。その服は間違いなく、我が星の宇宙偵察部隊の制服だった。宇宙農業生産科の制服もあれば、機械工学科のものもある。数年前、新たな宇宙工業地の開拓のために様々な分野の職員を引き連れて出発した偵察隊のことを思い出した。彼らは宇宙嵐に巻き込まれて亡くなったはずだったが…
「隊長!気づかれました!早く逃げてください!」
やぐらの下からユミールの叫び声が聞こえた。隊長は急いで双眼鏡をしまい、身を屈めて周囲を見回した。隊長が見ていた方向とは逆から、大地を揺るがす轟音とともに、大量のサツマが猛烈な勢いで押し寄せてきた。空はすっかり暗くなっていた。
「隊長!早く!」
すでにユミールは宇宙船に向かって走り出していた。
「おい!待て!」
隊長はやぐらの上で腹ばいになり、身を隠しながら、走るユミールの背中を見守った。しかし、サツマの大群はあっという間にユミールに追いつき、ユミールは囲まれて羽交い締めにされてしまった。その瞬間、ユミールの悲鳴が夜空に響いた。
「隊長!ああああああああああああ!」
ユミールはサツマ達に囲まれてもみくちゃになった。
「そんな馬鹿なことがあるか」と隊長はつぶやいた。彼は植物性生命体が他の生物に危害を加える例を今まで一度も聞いたことがなかった。しかもあのサツマは、昼間は鈍足だったのに夜になると急に活発になり、俊敏に動いた。つまり、夜行性だったのだ。そして、あの大きな宝石のような目は夜に活動するためにあるのだろう。昼間は、光が乱反射するせいであの大きな目の中が見えにくかったのだろう。
ユミールを取り囲んだ二十数体のサツマ達は、激しく上下に揺れ始めた。ユミールの叫び声はもはや聞こえなくなっていた。間違いない。彼らはああやって人間をもみくちゃにすることで、自分たちの仲間に変えてしまうのだ。一体どういう生態系を持っているのだろうか。植物性の生命体であることには間違いないが、あのような方法で仲間を増やす種類なんて聞いたことがない。
ユミールを囲んだサツマ達の、乾燥した肌の擦れ合う音は、その夜延々と続いた。
隊長は恐怖と絶望感に襲われながらも、冷静さを保とうと必死だった。やぐらの上で身を潜めたまま、状況を観察し続けた。サツマ達の群れが去った後、隊長は慎重に梯子を降り、宇宙船の方へと向かった。
途中、隊長は立ち止まり、振り返った。遠くに見える集落では、サツマ達が再び集合体を形成し始めていた。その中に、新たに加わったユミールの姿があるのではないかと思うと、胸が締め付けられた。
宇宙船に戻った隊長は船内のコンピューターに向かい、今回の偵察で得た情報を入力し始めた。サツマの特徴、その行動パターン、そして恐ろしい変容能力について、できる限り詳細に記録した。
「この惑星には危険が潜んでいる。サツマと呼んだ植物性生命体は、我々の予想を遥かに超える能力を持っている。彼らは知的で、技術力があり、そして何より恐ろしいことに、他の生命体を自分たちに変える力を持っている。さらに、彼らが以前の偵察隊の姿を取っていたことから、我々の情報も得ている可能性がある。今後の偵察や開拓の計画は、この新たな情報を考慮に入れて慎重に立てる必要がある。そして、ユミール…君の犠牲を無駄にはしない。必ず、この惑星の謎を解き明かし、君を救出する方法を見つけ出す。それが、生き残った者の責務だ。」
隊長はデータの記録を終え、宇宙船のエンジンを始動させた。この惑星を去り、本部に戻って詳細な報告をする必要がある。しかし、隊長の心の中には、この惑星に再び戻ってくる決意が固く刻まれていた。ユミールを、そして恐らくは以前の偵察隊のメンバーたちを救出するために。
宇宙船が地面を離れ、徐々に高度を上げていく。窓から見える惑星の風景が小さくなっていく中、隊長の脳裏にはサツマたちの不気味な姿が焼き付いていた。
宇宙船は、闇に包まれた惑星を後にし、広大な宇宙へと飛び立っていった。
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