第42話 失うことが怖い ~エドワルド視点~
エリザベスと名付けた大型犬を保護してから、だいぶ時間が経ったが。今もまだ、飼い主だという人物は現れない。
それに少なからず安堵感を覚えてしまっている事実は、否定できないところだ。
(理由は、定かではないが)
少なくとも、エリザベスを抱いて寝れば安眠が約束されているのは確かで。
そして、だからこそ。
(手放したく、ないな)
マッテオに調査させた結果、王都に住む貴族や商人の飼い犬ではないことが証明された。
となると、残りの可能性としては商人の商品であったか、最悪の場合は盗品か。
いずれにせよ、ここまで誰も名乗り出てきていない以上、この先もエリザベスの元の所有者が見つかる可能性はほぼないと見て間違いないだろう。
(であれば、だ)
エリザベスの身支度を待つ間、自室でマッテオに持ってこさせた執務を終わらせてから、調査結果に目を通していた私は。
最後の一文まで読み切ったその資料を、そっとテーブルの上に乗せる。
「いっそ、本格的に迎え入れるか」
思わず口から出てしまった言葉に、やはりそれが一番いい方法だろうと自分自身で納得する。
最近はこれ以上飼い主探しを続けていたところで、無意味に終わるような気がしてならなかった。
何よりエリザベス自身が、元の飼い主を恋しそうに探す姿も、帰りたそうにしている素振りも見せないのだから。
「……迷い犬ではなく、捨て犬だったのかもしれないな」
あれだけの賢さを持ちながら、未練を一切感じさせないのは。そのことを理解しているから、かもしれない。
あるいは、放り出される際に直接そう告げられたのか。
確かめる術が存在していないので、こればかりは推測でしかないが。
「どちらにせよ、意思を確認してから、か」
メガネを外して、目頭を軽く揉む。
久々に大量の資料を読み込んだので、目が少々疲れ気味なのだ。
以前ならば、この状態でしばらくの間目を閉じていただけで、執務を再開していたのだが。
(そろそろ、エリザベスが来る頃だ)
言葉には出さずにそう考えて、思わず口元が緩む。
部屋の中には私一人なので、別段問題はないのだが。こんなところを誰かに見られたら、怪しまれるだろうなという自覚はある。
だが同時に、それだけエリザベスが私の中で大きな支えになっていることも事実なのだ。
「犬と共に眠るのが、こんなにも幸せなことだとは知らなかった」
大きな体は私が抱きしめても、潰してしまうのではないかという心配もなく。
そのあたたかさと柔らかな香りに癒されて、驚くほどすんなりと眠りの世界へといざなってくれる。
それは本当に、今まででは考えられないほど幸せで。
そして同時に、エリザベスを失うことが怖いとも思う。
いなくなってしまったらと考えるだけで、恐怖と焦燥感に
それほどまでに、大きすぎる存在なのだ。
だから、こそ。
「選んでもらわなければ」
メガネをかけ直して、真っ直ぐに前を見据える。
先ほどよりも楽になった両の目で見るべきは、望む未来だけだ。
そのために必要なものがあるのならば、何でも揃えてみせよう。
すでに手放す気など、毛頭ないのだが。
「さて、まずは何から話そうか」
より信頼を得るためには、私のことについて伝えておくべきだろう。
人と同じように扱う。それがエリザベスに対する、私からの誠意の示し方だ。
何より、これから飼い主になろうとしている人物が何者かも分からないままでは、不安にさせてしまうかもしれない。
それでは無意味だ。エリザベスには、安心してこの屋敷の中で過ごしてほしいのだから。
「了承を得たあとに必要な物も、考えておかなければ」
エリザベスに対して真摯に向き合うことを念頭に、幸せな未来を思い描きながら。私はその時が訪れるのを待った。
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