第37話 王子覚醒

 僕はまずゴルドさんとボルマン3世陛下に見えるようにももたろう団子こと、パウ団子を食す。我ながらうまい。実は、少し日が経っているものを選んで食べたのだけど、出来立ての瑞々しさはなくとも、餅の弾力と蜂蜜と醤油(こちらでは雷油らいゆ)を合わせたタレはあっていて、おいしい。妙な匂いもしないし、カビも生えてない。これなら日持ちもして、お土産にぴったりだ。


 おっと……。呑気に料理のことを考えている場合じゃないな。


 密かにパウ団子の中に入れていた薬が、身体の中に染み渡っていくのを感じる。


 僕は以前、セリディアの王宮で父――ガリウス陛下の代わりに呪いを受けた。

 7つのギフトのうち、6つを失ったのだけど、失ったのはギフトだけじゃない。

 そのギフトの力によって得た体力や魔力、技術なども失っていた。

 有り体にいえば、ほぼ普通の子どもに戻ったのだ。


「他はいい。拙者がやる」


 ブレイブさんが進み出る。

 子ども相手に、大の大人が寄ってたかって相手などできないと考えたのかもしれない。他の獣人たちを制し、ブレイブさんだけが僕と向かい合った。


 僕はグッと腰を落とし、タンと地を蹴る。

 ブレイブさんの懐に潜り込み、すかさず剣を振り下ろした。

 一瞬驚いた表情のブレイブさんだけど、僕の攻撃をあっさりといなす。

 手の甲で刃を払うと、僕に向かって拳を打つ。

 僕はその拳を剣の柄で受けるが、さすがに勢いまで殺せず、吹き飛ばされる。くるっと空中で一回転し、勢いを殺して着地する。そこにブレイブさんが迫る。連打を繰り出し、僕を無理矢理押し始めた。


「おお! いいぞ、ブレイブ。やれ!!」


 ブレイブさんが優勢なのを見て、ゴルドさんが声を上げる。

 ボルマン3世陛下も楽しんでいる様子だった。


 さすがはブレイブさん。

 獣人で、元『番犬ドーベル』の一員だけはある。

 力強くて、何より速い。スピードに特化した獣人なのだろう。

 こんな人相手に完勝していたアリアにも驚きだけど、改めて獣人たちの戦闘能力の高さに感心する。


「もういいだろ。降参したまえ」

「ダメです。ゼファさんと約束しました。必ずあなたたちを解放すると」

「まったく……」

「え? なんですか?」

「ゼファも君も、どうしてそう自分の身を投げ出すことに躊躇がないんだ」

「大丈夫です。僕があなたたちを助けます」


 大丈夫。今、僕の身体に1度失った体力や魔力が満ちて行くのがわかる。

 筋肉や頭に、経験と一緒に技術が刻まれていくのを感じる。

 何より呪いによって失われたものは、それだけじゃない。


 かつて僕の人生を彩った7つのギフトもまた自分の身体に戻ろうとしていた。


「ギフト――――」



 【剣神ソード】!



 あらゆる剣術を修めることができるギフト。

 僕がかつて獲得した剣術が、ブレイブさん以下獣人の皆さんを圧倒する。

 最後に木刀を本物の剣みたく腰の鞘に収める動作をした後、それまで立っていたブレイブさんたちは倒れてしまった。


 鍛錬場は静まり返る。

 僕はくるりと振り返り、勝負を裁く騎士を見つめた。

 騎士は思い出したように「勝負あり」と、僕を指差し勝利者を宣言する。


「さすがル――――」


 アリアは一番に飛びはね、僕を祝福する。

 だけど、僕の名前を言いそうになって、慌ててゼファさんに羽交い締めになっていた。


「そんな……、馬鹿な……」


 一方、ゴルドさんは膝から崩れ、呆然とする。

 対照的にやんややんやと手を叩き、ボルマン3世陛下は喜んでいた。


 そのゴルドさんの前に、ゼファさんが立つ。

 すでにその目には野生の獣のように光っていて、ゴルドさんは思わず悲鳴を上げた。


「さあ、ブレイブたちを返してもらうぞ」

「くそ…………、勝手にしろ」


 ゴルドさんは約束を守った。

 もしかしたら、他の買い手を探して、渋るかと思ったけど……。


「ゴルドよ。約束は約束だ。返してやれ」

「し、しかし、陛下」

「商人は信頼が一番である。それに女子供に負けた獣人を欲しがる客などおるまい」

「た、たしかに……」


 最後にボルマン3世陛下に説得され、渋々ブレイブさんたちの奴隷契約を破棄していた。まさかこの段階で陛下に助けられるとは、僕も思ってみなかった。最初は『番犬ドーベル』のことを恨んでいるみたいことを言っていたけど、それは本当でも案外と根はいい人なのかもしれない。


 それだけに、この後のことを思うと、少し胸が痛んだ。


「何? もう団子はないのか? 1度食べてみたかったのだが」

「申し訳ありません。その代わり、レシピをご用意しました」

「ほう。この通りに作れば、我が野望であるハーレム騎士団が作れるのだな」

「ハー……それはわかりませんが、強い騎士が作れることは間違いありません」

「よし。早速、料理長に作らせるとしよう。楽しみだのぉ」


 レシピを以て、ウキウキしながら炊事場の方へと向かうボルマン3世陛下を見て、少し胸が痛かった。




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