第35話 商人を騙せ!

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「ももたろう団子?」


 話はエストリア王国で行われた会議まで遡る。

 僕はアリアにブレイブさんたち以上の価値ある商品を提示できれば、ルフタニア国王は興味をなくすのでは、と提案した。


 でも、ブレイブさんたち以上に、国王の興味を引く商品となると、なかなかない。

 相手はエストリア王国以上に豊かな国。ちょっとやそっとの貢ぎ物ではなびかない可能性が高い。


 そこで僕が提案したのは、「ももたろう団子」だった。


 「ももたろう」というのは、ヴァルガルド大陸では有名なお伽噺だ。

 実った桃の実から生まれた男児が大きく成長し、自分の育ての父親を殺した竜を犬、猿、鳩とともに討伐するという、子どもも大人も知る英雄譚である。


 このお話でもっとも有名なシーンは、犬、猿、鳩を家来にする場面だ。

 ももたろうはおばあさんからもらった団子を分け与え、加勢を願うのだけど、団子には不思議な力があって、犬の力が強くなったり、猿が突然喋り出したり、鳩が小舟を操れるようになったりできるようになるのだ。


 ももたろうは強くなった犬、猿、鳩とともに竜を倒したという。


「その団子がどうしたの、ルヴィンくん」

「ももたろうに出てくるおばあさんの団子のような効果があれば、ブレイブさんたち以上の価値にならないでしょうか? たとえば、僕みたいな普通の人族の子どもが、バラガスさんみたいな強そうな獣人に勝っちゃう、とか」

「そんな団子があるなら、確かにみんなほしいだろうけど、そんなの作れるの?」

「作れません」


 僕があっさりと否定すると、皆はずっこけた。

 まあ、正確には作れないこともないけど、作りたくないというのが本音だ。

 おそらく僕の【料理レシピ】なら作製することは可能だと思う。

 でも気球の時もそうだけど、僕としては軍事転用できるものを作りたくはなかった。


「じゃあ、どうするの?」

「騙すんです。さっき僕がゼファさんにしたみたいに」

「俺にした? …………あ。まさか、君!!」

「はい。ゼファさんに食べさせたパウ団子。ビリビーの蜜を使ったなんて言いましたけど、実は真っ赤な嘘なんです」

「なっ! でも、俺は――――」

「あれは団子のせいじゃなくて、ゼファさんの正直な気持ちだっただけです」


 ゼファさんの顔が途端に真っ赤になる。

 僕みたいな子どもに騙されたからか。

 あるいは正直な気持ちと聞いて、照れ隠ししているのか。

 判然としなかったけど、ゼファさんの嘴が僕の顔を突っつくことはなかった。

 代わりに嘴を大きく開けて、大声で笑い始める。


「クハハハハハハ……。何が『番犬ドーベル』の参謀だ。こんな子ども――おっと失礼。王子様に1本取られるとはな」

「君が騙されるのも無理ないよ」

「どういうことだ、団長」

「ここにいる全員がもうルヴィンくんの魅力に負けて、彼を受けて入れているからさ。ボクも含めてね」


 アリアは白い牙を見せて、子どもみたいに笑う。

 無邪気な笑顔にゼファさんは白旗を出すしかなかった。


「料理長という肩書き……。伊達や酔狂で選ばれたわけじゃないんだな」


 ゼファさんは縄で縛られたまま1度姿勢を正す。

 僕の方をじっと睨み、頭を下げた。


「ルヴィン・ルト・セリディア殿……。我が女王の料理番。どうか俺に力を貸してくれ」

「そんな……。力を貸してもらうのは、たぶん僕の方になると思います」


 こうしてゼファさんの容疑は晴れた。

 縄を解かれると、僕たちは硬く握手を交わす。

 エストリア王国に頼れる参謀が戻ってきた、というわけだ。



 ◆◇◆◇◆ ルフタニア王国王宮 ◆◇◆◇◆



 要はゼファさんと同じことを、ボルマン3世陛下やゴルドさんにも仕掛ける。

 この一見普通のパウ団子を、ももたろうが犬、猿、鳩に上げた団子のように見せかけるわけだ。


 僕が提案した趣向にボルマン3世陛下とゴルドさんは乗った。

 場所を王宮内にある騎士の訓練場に移す。

 するとゴルドさんはある人たちを連れてきた。


 そのうちの1人の獣人が僕たちの方を向く。

 灰褐色の短髪の髪に、濡れたような黒い鼻先。

 ピンと立った耳は狼ににているけど、少し丸みを帯びていて、琥珀色の目もクリッとして可愛く見えた。恐らく軍犬ぐんけん族の獣人だろう。


「ゼファ、お前……。まだ諦めてなかったのか?」

「当たり前だ、ブレイブ。お前らをエストリア王国に帰す。それが参謀としての俺の役目だからな」


 軍犬族の獣人――ブレイブさんが吠えると、ゼファさんは静かに睨み返した。

 瞳にこもった信念に、ブレイブさんも感じるところがあったのか。

 それ以上、何も言わない。そのまま沈黙が落ちるかと思ったが、聞こえてきたのはゴルドさんのくぐもった笑い声だった。


「挨拶はそこまでだ。ゼファ、こいつらを倒してみせろ。そのももたろう団子とやらでな」

「なっ! 仲間を殴れっていうのかよ」

「何か問題でも……? 有用さを示すなら、こいつらよりも強くなくては。ねぇ、陛下」

「グシシシ……。その通り。ボコボコにするのである」


 ボルマン3世陛下は『番犬ドーベル』に恨みがある。

 というより、獣人そのものが好きではないのだろう。

 その獣人がやっつけられるなら、自分の商品に何されてもいいというわけだ。

 ひどいな……。


「どういう魂胆かわからぬが、拙者は構わぬ。ゼファを信じるぞ」

「しかし――――」


「ここにいるは何の変哲もない一般人の娘……」


 少し節を刻みながら、突然進み出たのは、ずっと黙って状況を窺っていた女性だった。ローブにすっぽりと身を包んでいた女性は、フードを取る。揺れる銀髪と、きめ細かい白い肌が訓練場の空気にさらされた瞬間、ボルマン3世陛下は声を上げた。


「おお。なんと美しい!」


 鼻の下を伸ばし、陛下は頬を染める。

 横のゴルドさんは顎に手を当て、「どこかで見たような」と首を傾げていた。


(ほっ……。どうやら気づかれてないな)


 内心ホッと胸を撫で下ろす。

 まさかこの人が、エストリア王国女王アリア・ドゥーレ・エストリアとは思うまい。ただ2人が気づかないのには2つ訳がある。1つはアリアのトレードマークでもある耳と尻尾が消えていることだ。これは僕が【料理レシピ】から作った消える塗料のおかげだ。

 もう1つは、まさか女王自ら乗り込んでくるわけがない――という相手の先入観である。


 実際、ボルマン3世陛下は僕のことにも気づいてない。

 まさかゼファさんが女王とセリディア王国の王子を連れてくるなど、微塵も思っていないのだ。


 もうすでにボルマン三世陛下を騙しているような気分になってきた。

 でも、大一番ここからだ。


「あなたは……」


 当然、ブレイブさんたちには気づかれた。

 獣人たちは見た目よりも、匂いで相手を認識すると、アリアが言っていた。

 いくら耳と尻尾を隠していても、元団長の匂いを忘れる獣人はいないはずだ。


 ボルマン3世陛下が盛り上がる横で、アリアはさりげなく口に指を当てて、合図を送る。打ち合わせにない、アドリブを始めたアリアはそのまま先ほどの節を刻みながら、僕が持った皿からパウ団子――ももたろう団子を摘まみ上げた。


「けれど、ももたろう団子を食べれば、立ち所に強く、たくましく……」

「まさかあんな娘が相手をするのか。あんなに華奢な身体なのに」


 さっきは獣人をボコボコにしろといったボルマン3世陛下が、突如現れた絶世の美女の心配を始める。顔を青ざめていたのは、ボルマン3世陛下だけではない。ブレイブさんたち奴隷獣人たちも、真っ青になっていた。


「ちょっと待ってくれ。団――――娘と戦うっていうのか?」

「そうだ。残酷である。かわいそうなのである」


 ブレイブさんは元団長のアリアを殴れないのはわかるけど、そこにボルマン3世陛下が同調するって、どういう状況なんだよ。なんかややこしくなってきた。

 この状況に、さっきまで弁舌で劣勢に立っていたゼファさんが息を吹き返す。

 いや、こういう状況を待っていたのかもしれない。

 ニヤリと笑うと、嘴を開いた。


「だからだろ。この華奢な体格の娘が獣人に勝てば説得力があるんじゃないのか?」

「し、しかしだな」

「いやならいいんだぜ。俺はこの団子を他国に売りさばく。皇帝陛下なら高く買ってくれるだろうな。ついでに、違法に獣人を奴隷にしたことをチクってもいい」

「おま――――。違法などではない。契約書は正式なものだ」

「どうだかな? 契約書がちゃんとあるかどうかもあやしいものだ」

「貴様……! よーし。そこまで言うなら良かろう。その娘が勝てば、獣人との奴隷契約を解いてやる」

「男に二言はないな」

「商人の神に誓おう」

「よし」


 念のため、ゼファさんとゴルドさんの間で証文を作る。

 お互いのサインをして、ついに決闘が決まった。


 ただボルマン3世陛下も、ブレイブさんも納得してないらしい。


「ゴルド! 勝手に決めるなである。あの娘が獣人に八つ裂きにされたらどうなるである!」

「なら、その前に止めればいいだけのことです。それに多少の傷は魔術で癒やせます」


 ゴルドが説得する横で、今度はブレイブさんが喚く。


「おい。いくら雇い主の命令だからって……」


 と言いかけたところで、ブレイブさんは何かを察知したらしい。

 ピンと耳と尻尾を立てて、恐る恐る振り返る。

 ゴルドさんとボルマン3世陛下の見えないところで、アリアが鬼の形相を浮かべていた。その顔には「戦わなかった本気でボコる」と書かれていたのが、ブレイブさんにはハッキリと見えたらしい。


 さすが元『番犬ドーベル』の団員だけあって、アリアの恐ろしさはよく知っているようだ。


「じゃあ、始めますが、よろしいですね」


 おそらくこの状況に一番戸惑っていたのは、国王陛下に呼び出され、審判役を命ぜられたルフタニア王国の騎士団長だろう。


 アリアと、ブレイブさんを含む数人の獣人たちが向かい合う。

 前者は「こわ~い」というふうに猫を被って演技していたけど、後者は本気でガチガチに固まっていた。


「それでは――――」



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