「僕の異世界」転生日記
蒼鷹 和希
序章、第一話(改稿)
僕は今年、三十二歳になる。
この年齢の時、前世の自分は事故に遭って死んだ。
あれから今まで、本当にさまざまなことがあった。楽しいことも、苦しいことも。
それらを忘れてしまわないように、日記にして書き残そう。
僕、大野正人が転生して犬神敦司となり、異世界専門の外交官となって働くようになる今までを———。
第一話
前世の僕は異世界ものが大好きだった。異世界に行く手段は転生、転移、召喚など様々で、話の内容もハーレム、断罪回避と様々である。その中でも僕はパーティーの仲間と共に旅に出て、チートスキルで魔王を討伐。その国のヒーローとして崇められるという話が特に好きだった。
その日は、ある漫画の最新話が公開された日で、帰りの電車で読むつもりで駅に向かっていた。
時折ライトが切り取る、くたびれた人々の横顔。二十四時間おきに繰り返されるこの光景。
これから先もずっと続くのだろう、そう思っていた。
信号が青になり、僕は歩き出した。僕を先頭にぞろぞろと数人が続く。
半ばに差し掛かったあたりで急に強い光に照らされた。振り向くとトラックが遠くに見えた。そちらの信号は赤なので、じきに減速するだろう。そう思って僕は止まらず進んだ。白い車体が闇の中で一際目立つ。
トラックは減速せず、突っ込んできた。
衝突音と共に、甲高い悲鳴が上がった。
何が起きた。状況を確認したいのだが、なぜか動けない。
視界に赤いものが、見えるような見えないような。
意識が、途切れた。
『ねぇねぇマサ兄、これ見て!吹いたらね……』
妹が、おもちゃを持ってこちらを見ている。袋状になった紙の先がクルンと巻いた、息を吹き込むと音が鳴って先まで伸びる物だ。妹は咥えて、それに息を吹き込む。
やはりピーと音が鳴り、妹はきゃっきゃと笑ってこちらを見た。
『あんた何してるの!それ誰から盗った?』
怒声。妹の顔から笑みが消え去る。いつもこうだった。母は僕らを疑うことしかしない。
『お友達に……借りただけだよ、盗ってなんかないよ!』
必死に誤解を解こうとする。だが努力も虚しく、母の平手を食らってよろける。
『うわあぁぁああ!お兄ちゃん、助けて、助けて……!』
泣き出す妹。僕らを睨む、冷たい両親。
それはいつの事だったか———。
目を開けると、そこは靄で満たされたような、一面白の世界だった。
空も地面もなく、空間全体が白で満たされているのに天地が分かるのは、僕以外にも人がいるからだ。
「お。起きた?」
覗き込む女性が一人。僕が答えるより先に向こうが話し出した。
「私は誰だと思う?……正解は神様だよ!そう見えないって思ったでしょ?」
僕は答えようとして、呻いた。自分が動けないと思ったのだ。事故の痛みで。
だが実際、痛みを感じなかった。体を起こしてみる。軽い。彼女はそれを見て、くすりと笑った。そして返事をしていないことに気付き、答える。
「神様だなんて、信じ、られ……な…………」
息が苦しい。何度か咳込み、何か吐き出した。血だ。
「君が死ぬのは私も予想外だったよ。だからお詫びに転生させてあげよう。異世界が良いんだっけ?」
そう彼女は言った。正直言って、信じられないが、とりあえずこくこくと頷く。
神様と名乗った彼女は、神話に出てくるようなイメージの古風な服装ではなかった。
というよりも、デニムにパーカーという、現代風のファッションである。
彼女は言って笑う。
「君は死んだんだ。まあ、分からなくても良いけど」
自称神様が身を翻すと、ポニーテールの長い金髪が揺れた。
「確かに僕は……、死んだみたいだ。仕事の引き継ぎもしていないのに……、初めての交通事故で」
彼女は何か装置のようなものを操作していたようだが、しばらくして振り向いた。
「転生の手続きできたよ、いってらっしゃい!」
こうして、僕は赤ちゃんになった。
少し冷えた空気が頬に当たるのを感じる。異世界の室内なのだろう。どんな感じだろうか?
期待に胸を膨らませて、目を開ける。
「…………?ふぇぇ……」
「あ、あっちゃん、起きた?」
何も見えない。なぜだ?瞬きをしても不明瞭な世界だ。
これは何かが顔に被さっているわけではなく、赤ちゃんはまだはっきりと物を見ることが出来ないからなのだと気づいた時には、数時間が経過していた。
そこから、ミルクが離乳食に代わり、はいはいが出来て立てるようになった。
前世の同じ頃の記憶はもちろん無いため、普通より遅れているのでは無いかと母と一緒に不安になったが、無事に育ったようだ。
僕は四歳になり、この世界について色々と分かってきた。
まず、この世界は前世と同じ世界だ。
それに気づいた時は、それはもう大泣きした。今まで異世界だと信じていたのだから、その分ショックは大きい。
次に、僕の今世での名前は犬神敦司というようだ。母の名前は犬神まどかだ。父の名前は知らない。父は今時珍しい気もするが仕事人間のようだ。単身赴任なのかも知れない。不倫や失踪という選択肢は見ないことにする。
———ごめん、異世界に飛ばすの忘れてた☆
でもその世界のことよく知ってるでしょ?ある意味チートじゃん!
僕がここは前と同じ世界だと気が付いた時、心底楽しそうな神様の声が聞こえた。ウインクした彼女の姿が目に浮かぶ。反省の欠片もないようにしか聞こえない。
だが、彼女の言う通り三十二年間の知識があると言っても、僕はそれを使う気はない。天才だなんだの騒がれた挙句、将来周囲に追い付かれて苦しむだけだ。それならば全て学び直すつもりでいた方がいい。
今世の僕は前世のような、誰の記憶にも残らないつまらない会社員人生だけは送りたくない。
どうしたら充実した人生になるか、計画を練らなければ。
彼は疑問にすら思わなかった。トラックに轢かれて亡くなる人なんて、一日に一人や二人ではないだろう。何人も毎日転生させると、異世界は転生者で溢れかえるだろう。
彼は知らなかった。
神はここ数十年のトラックに轢かれた人の中から、わざと彼のみを選んで転生させたのだ。
異世界に転生させなかったことも、彼の前に姿を見せたことも。転生理由はもちろん嘘だ。
全てが、彼女の思惑通りである。
「今回は、どんな破滅を見せてくれるかな……?」
誰にも届かない声が、闇の中にこだまして消えた。
「僕の異世界」転生日記 蒼鷹 和希 @otakakazuki
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