最初の勇者アンドレア
第四十二話
私は、もうすぐ亡国になりそうな国の第二王子だ。
兄である第一王子は、
他に兄弟はなく、私が死ねば王家の血は確実に途切れるだろうが、それより前に、そもそも国が今正に無くなる寸前である。
我が国の生き字引と呼ばれた宮廷魔法使いであるサリー。
御年九十歳の声がでかくお節介な婆さんで、幼い頃から色々な知識を授けてくれた。
サリー婆さんが語るには、大昔は、高度な魔法文明でこの世界はとても便利で先進的な生活を民達は営み、平和な世だったらしい。
本当だろうか?
私には、夢物語にしか聞こえないので想像すらもできない。
生まれた時から、人の生と死を身近に感じる世の中で、世界が平和だと感じた事は一度もない。顔見知りや、会ったことがある人、聞いたことのある人の名が、戦死者として報告される日々だった。
だから、私は――地獄しか見たことがない。
今この世界は、貧しい物資に困窮し、化物が闊歩して次々と国々を滅ぼし、人の滅亡を目前としている。
まだ形の残る国は、私の国だけ。
大陸中の難民たちが寄せ集まり、共に命を削って最後の抵抗を続けている。
平和な世ってどんなだろう?
サリー婆さんによると、今から二百年ほど前、当時栄えていた魔法大国の王が周辺国へ侵略戦争を仕掛け、戦線がどんどん拡大し、世界大戦へと進んでいったらしい。
魔法大国が、大陸の半分を支配する中、抵抗するもう一つの大国と小国が連合軍となり、世界地図は何度も塗り替えられる。戦争に関連し、人を殺す魔法や技術は向上するのに、人の生活は困難なものになっていき、国々は疲弊していった。
そして、二十年前、魔法大国は突如――沈黙した。
前線基地はそこかしこに残っているのに、誰一人いなくなり、有耶無耶に戦争は終わる。
不気味なその状況に、各国は藪を突かぬように、敢えてその原因を突き止めず、自国の復興に務めたそうだ。当然だ。敵国と言えど、他国を気に掛ける余裕は全く無かったから。
やっと平和が戻ったと、人々に笑顔が戻って束の間、たった数ヶ月で状況は変わる。
魔法大国の方面から、化物が世界に溢れ出したのだ。
人類圏は、徐々に削られ、とうとう大陸最南端の我が国を残すばかり。
我が国は、大陸の尻尾と呼ばれる細長く突き出た半島で、大陸と繋がる防衛線が他国よりは圧倒的に短く、攻めも守りも堅い地形だ。幸いにも化物は海は渡らないので、今までどうにか生き残ってこれた。
だが、半年前に人型の化物が現れ状況が悪くなった。
「サリー婆さん」
「なんじゃ?アンドレア」
最前線の要塞の防壁の上、遠目に人型の化物を確認する。
昨日殺したやつと違う個体のようだ。
「あの人型の化物、何なんだろうな‥‥。昨日人型と対戦した魔道士が、何語かわからないが、人型は言葉らしきものを話したと言ってたんだ。あれは、元々は人なのだろうか?」
「さあな。言葉をか‥‥。長く生きとるが、あんな化物が人と同じであるはずがないではないか。ありえん」
「だよなあ‥‥。あいつら、人のように、人と同じ魔法を使う。他の獣形の化物と違ってやっかいだ。本当に人とは違うんだろうか?話せるなら話し合いでどうにかならないものかと思うのだがどう思う?」
「それこそありえん。何語かわからんかったんじゃろ。意思の疎通は諦めい、アンドレア」
「‥‥わかったよ」
もうすぐ前線部隊の交代時間。
ここで気を抜くと、被害が大きくなり死人が増えるので気が抜けない。
私が死ぬと我が国としては流石に不味いから、前衛には出れないが、交代する前線部隊を指揮しながら魔法で後方から支援する。
本来なら、第二王子の僕が借り出されたりはしないのだが、あの人型の化物のせいで、私の戦力もなくてはならない状況なのだ。
長く続いた世界大戦で、英雄と呼ばれた多くの戦力を失ってきた。
後継を育てる余力もなく、優秀なものからどんどん高潔にその命を散らしてきた事で、年月をかけて様々な魔法技術や剣術が、知識が、武器や武具、魔導兵器などが失われてきた。
大戦初期は、超大魔法と呼ばれる、今じゃ想像もできないような魔法が飛び交っていたらしい。一つの魔法で村一つが吹き飛んだ、なんて話も聞く。恐ろしいが、今の状況には喉から手が出るほど欲しい魔法だ。
膨大な知識の継承が出来ず、失われた魔法の数々。
惜しいことだが、あちこちで火の手が上がり、本さえも残っていない。
我が国の城も、大戦中期に一度燃え落ちており、多くを失っている。
私は、魔力が特別多い方なので、一つでも超大魔法の知識があれば、この国を救えたのに、と思う。
絵空事をついつい考えてしまうが、現実的に、今ある戦力で戦うしか私達に選択肢はないのだ。
その選択肢の一つであり、欠けてはならない歯車の一つが、私の戦力。
剣の方がどちらかと言えば得意なので、本来なら前線向きではあるが、私が今使うことができる攻撃魔法でさえ、この時代では数少ない最大の攻撃で戦力だ。
自身含め、何も無駄にはできない。
帰って来る前線部隊の指揮官は、生まれた時から私の専属護衛をしてくれていたニコライ。
本来の王国軍の指揮官達は、先の防衛で、次々と失われている。兄上もそうだ。とうとうニコライまでも僕の専属を離れ、指揮官として立たざる得なくなった。それ程、刻一刻と状況は悪化している。
戦闘経験のない民達までもが、生き残るため、生きるために、誰かを生かすために戦線に立つ。
ニコライは、かなり薄汚れ、装備も酷い有様だが、大きな怪我はなさそうだ。
神様、ニコライを今日も無事に戻してくれてありがとうございます。
神なんて、この状況じゃちっとも頼りにならないのに、ニコライに関わらず、知ってる顔を迎える度に神に祈ってしまう。
仕方がないじゃないか。
ニコライは、私の専属護衛だが、剣の師匠でもある。
当然、強いのだが、もういい歳なのだ。本来なら、そろそろ後継を選定しつつ、引退も考え始める年頃なのに‥‥と考えると、申し訳なくなる。
赤子の頃からの付き合いだ。ある意味、父上より父親のように僕を育ててくれた人。
平和な世なら、親孝行したいのに、今尚、心配させて苦労させていることが悔しくてたまらない。
「?!ニコライっ!危ないっ!!」
ピカリと光を見たと思ったら、細長い閃光が走り、凝縮された魔力の光線がニコライの方へ延びる。人型の攻撃魔法だ。
咄嗟に剣を投げ込み、軌道を変え運良くその攻撃魔法を逸らすことができた。
弾け飛んだ私の剣が弾け飛び宙を舞うのが見えた。
「殿下‥‥、助かりました‥‥」
「ああ、危なかった‥‥。肝を冷やしたよ。助けれてよかった」
本当に良かった。また、神に短く感謝を伝える。
肩の力を抜き、安堵の溜息を吐いた瞬間だった。
「あ」
見開いたニコライの目と目線が重なったと同時に、私はニコライに突き飛ばされた。
私がいた場所にニコライの躰が割り込み、私の目の前で、ニコライの頭部が魔法の光と共に吹き飛ぶ。
べちゃりと纏わり付くニコライの肉片で、私は現実を悟った。
ニコライが――死んだ。
「あああああああああああああっ」
首のないニコライが先程まで握りしめていた剣を拾い上げ、攻撃が飛んできた方向へ私は跳躍する。
次の攻撃を打とうと杖を構え、今はもう人が失いし飛行魔法で宙に浮く人型を捉え、私は、力の限り切り込んだ。
化物の肉を切り裂き殺すが、それでも怒りが収まらず更に一太刀、更に一太刀と入れた瞬間、剣から眩く目の開けられないほどの光が溢れ出し、膨大な情報が私に流れ込む。
「何だ‥‥これは‥‥‥」
私は、今この瞬間――
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