第三十五話

 砦に着いた僕等を待っていたのは、整列した騎士団だった。


「ここにいるのは、見習いを卒業し、騎士になって一年目、二年目、三年目の新人であり、未来のお前等の目指す姿でもある。見習いの五年間を全うした者達だ。今日は、こいつらが前線で魔獣を討伐し、そして、お前等の護衛もする」


 僕は、圧倒された。

 まず、騎士達の整然とした姿に格好良いと感じながら、そこにいるだけで空気がピンと張り詰めビリビリと騒ぐような気がした。そして、自然と僕も姿勢を正さないと、という気分になったが、ジルベール教官の「新人」と言う言葉に、僕等との歴然とした差を見せつけられ、新人と言えど、見習いとの圧倒的な格差に慄き、圧倒されたのだ。

 それは、僕だけじゃなかったようで、見習いの幾人かがゴクリと喉を鳴らすのを感じた。



 魔境に入りすぐに遭遇した魔獣はとてもおぞましいものだった。


 四つ足で、その体躯は大人の倍以上に大きい。全体的に黒っぽく、目は赤い。闇をまとうかのようなもやを巻き付け、此の世の悪いものを凝縮しているかのようだ。

 足が震え怯える僕等に構うことなく、騎士たちは、冷静に怯むことなく、連携しあっという間に魔獣を切り裂く。

 それは、とてつもなく頼もしく、現実離れしており、だからこそ、僕等の日常がこうやって守られているのだと言う確かな比に、尊敬と感謝が胸に染み込んだ。



 昼過ぎに砦に無事送り届けられた僕等は、ジルベール教官にこう言われた。


「お前等が目指す騎士の姿を目に焼き付けた感想はどうだ。恐ろしくなり、自分には騎士は無理だと思った者は、辞めてもらって構わない。罰も無い。向き不向きは誰しもあるものだ。誰も責はしない。だが、騎士になると覚悟の出来たものは、明日も同じ時間にここに来い。明日より本格的に騎士見習いの訓練を開始する。以上だ、解散」


 どこか宙を彷徨うような足取りで家に帰った僕を「まぁ、今日は早かったのね。おかえりなさい」と、笑顔で迎えてくれた母と、昨日は殆ど構ってやれなかった可愛い弟の「だっこー」の言葉に、僕の幸せの形がここにあるのだと今までない程強く感じた。


 弟を寝かしつけ、頭を撫でながら考える。

 自分がなんと愚かだったかを。

 父さんに決められたから、騎士にならないといけないと思っていた。

 それなら、せめて、父さんのようにはなりたくなくて、毎日家に帰れる騎士なろう‥‥だなんて。

 騎士を馬鹿にするにもほどがあることを僕は愚かにも考えていたのだ。


 父さんも、魔獣からこの辺境を護っている騎士‥‥。


 家にめったに帰らない父さんはあまり好きではなかったが、父さんも騎士なのだと考えると、自分の浅はかさに情けなくなった。


 騎士とはどういう存在か。

 騎士を目指すとはどういうことか。


 たった二日間の体験が、僕の意識を変えた。

 今の僕は騎士だ。自分の意志ではなかったけれど、騎士になれる機会を与えられている。手にするも、手放すも僕次第。


 もしも、この壮大な砦がなかったらと思うと、騎士がいなかったらと思うと‥‥。


 僕は今日、魔境という、魔獣という現実をの当たりにした。

 もうこれに関しては、無知ではいられない。

 勇者は、いつの時代も現れ、これらの首魁である魔王を封印してくれるが、勇者が魔王を封印するまで、盾となり一番身近で食い止めるのは、この砦であり、騎士であり――きっと将来の僕等。


 ふさふさとした弟の細く柔らかい毛を撫でながら、僕の心に芽生えたのは、単純に「護りたい」という確固たる気持ちひとつだった。


 僕は、騎士になる意志を固めた。




 毎日の訓練は、過酷なものだった。何度も吐いた。傷だらけになった。

 でも、僕は一人じゃない。

 二八番隊の仲間たちと共に、来る日も来る日も、諦めることなく励まし合い、時に喧嘩もしながら、一歩一歩着実に騎士となるための力をつけていった。


 半年経った頃、身体強化の魔法の使い方を教わった。


 騎士の基本は、身体強化の魔法だ。魔力を操作し、身体の一部を体の動きに合わせ強化することで、驚異的な身体能力を瞬時に発揮することが出来るようになる。

 通常、両手でも持つのがやっとの大剣を軽々と振り回せるようになったり、とんでもない跳躍ができるようになったり、魔獣に体当りされて吹っ飛ばされても強靭になった肉体は衝撃をも軽減させる。

 この身体強化は、割と誰でも出来る魔法のひとつなのだと言う教官の言葉に驚いた。

 例えば、商会で荷運びする人がよく使う魔法らしいし、鍛冶職人が鉄を打つ腕を強化する時にも使う魔法らしく、日常でもよく使われるのだとか。

 家で、火を起こす火種に母さんが魔法を使ったり、水を出すのに魔法を使っているところは見たことがあったが、身体強化の魔法という魔法自体、僕は初めて知るものだった。


 そもそも自分の魔力の流れすらわからない‥‥‥。

 魔法を使おうと思ったことすらなかったのだ。


 周りを見ると、サム達は、軽々と身体強化の魔法を使い、跳ね回っていた。


「みんなすごいね‥‥。僕、自分の魔力の流れがよくわからないし、どうしよう‥‥」


 一人出来なくて青褪める僕を見てみんなが「え?!」と驚いていた。

 どうやら、大概の子供は、高く飛べるのが面白いので、遊びの中で自然と身体強化の魔法を覚えるらしい。そう、家から殆ど出ない、子供同士で遊んだ経験が年の離れた幼い弟しかいない僕には、そういった環境が皆無であったのだ。


「おい、みんな!アレクの猛特訓をするぞ!」


 サムが言うと、みんな口々に「任せろ!」「頑張ろうな!」と、手取り足取り教えてくれた。

 自分の魔力の流れ、というものを感覚的に意識出来るようになるまでが一番苦労したけれど、一度わかればそこからは意外に早かった。

 家でも、弟を抱っこして高く跳躍すると、弟が喜ぶので、みんなが言う「遊びの中で自然と身体強化の魔法を覚える」と言うのがわかる気がした。高く跳べることは楽しいのだ。

 魔力は無尽蔵ではない。

 必要なところに必要な分だけ使わないと、すぐに枯渇しそうになる。

 意識せずに出来るようにならないと、騎士とは言えない。

 同期の見習いの中で、一番遅れている自覚があるので、人より努力しないといけない。二八番隊のみんなの足を引っ張りたくないし、僕は、自分の意志で騎士になると決めたのだ。


 ただ、ひたすらに努力した。


 辛くても、悔しくても、泣きたくなっても、歯を食いしばり踏ん張る。

 一年経つ頃には、一番ひ弱だった僕も、体力もついて、みんなに肩を並べたと言えるくらいに成長できた。


 サムは、明るくいつも二八番隊を引っ張る兄貴分で、頭の回転も良く、運動神経も抜群で何でもそつ無くこなすすごいやつ。

 オジーは、サムとは家が隣同士で一緒に育ったそうだ。ちょっと気の弱いところもあるけど、サムがうまく立ち回れるようにいつも周りの雰囲気に気を配ってくれるサムの参謀。

 コーリーは、ちょっと軽口が多いけど、一番人の気持ちに敏感で、気落ちしていると一番欲しい言葉や態度をくれる頼れる存在。

 ゼノは、頑固だけど真面目で正義感の強い一番騎士っぽい男だ。

 リックは、僕より頭一つ分でかくて体格も良いのに一番優しいし人懐っこいやつだ。


 みんな、父親が騎士で、小さい時から当たり前に騎士を目指している。

 自分の意志関係なしに騎士見習いとしてこの砦に足を踏み入れた僕とは騎士への思い入れも違ったけれど、きっと今は同じ目線で同じ景色を見ているのだと日々感じる。


 それに、たくさん話したのだ。

 一人ひとりの考え方、日常のちょっとした小話、美味しい食べ物の話に、憧れの騎士団の騎士の話や武勇伝に、町の噂話とか。

 世間知らずな僕に、嫌な顔せずにみんないてくれたし、話に加えてくれた。

 嬉しくって、楽しくって、僕が知らなかった世界。


 二八番隊のみんなは、はじめての仲間で、多分だけど‥‥はじめての――友達。


 家族との幸せ、訓練はきついけど、信頼できる友達との幸せな日々に、何の濁りもなく澄んだ日々が過ぎていく中、僕の知らない内に濁りはのだと知ったのは、出かけの僕に「いっちゃやー」と、泣きながら張り付いた弟をなんとか宥め、いつもよりだいぶ遅くなってしまった日だった。



 その日、遅刻したくないと、急いで走って訓練場に着いた僕が見たのは、二六番隊と二七番隊から羽交い締めにされ、殴られている――二八番隊大事な友達が傷だらけの光景だった。

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