第44話 旅の始まりの鐘が鳴る

 ガヤガヤと騒がしい音で目が覚めた。

 周囲のざわめきが、まだ夢の中にいる私を現実へと引き戻した。

 人々の声や足音が徐々に意識を鮮明にしていく。

 空の明るさからして6時の鐘はだいぶ前に鳴ったらしい。

 太陽が昇り始め、朝の光が木々の間から差し込み、柔らかく周囲を照らしている。

 他のパーティは町へ戻る準備を始めている。

 焚火を片付け、荷物をまとめる姿があちらこちらで見られた。

 目が覚めたことに気が付いたウィルは肩越しから少し覗いてきた。

 

「おはようございます、ヴィヴィ。眠れましたか?」

「おはようございます、ウィル。眠れたみたい……」


 結局この格好で寝たのね、私。

 ウィルの身体に寄りかかって寝ていたことに気付き、恥ずかしさが再燃した。

 なんとなく他のパーティが忙しないので、私達も立ち上がった。

 隣の見物人パーティは、もう出発するようだ。

 彼らも荷物をまとめて、王都へ帰る準備をしている。

 帰都の直前、5人全員が親指を立てて「グッドラック」と声をかけながら去っていった。

 私は「ハハハ……。みなさんもどうぞお気をつけて……」と苦笑いしながら返答した。

 全員が全員、他人の動向を見物するなんて、面白いパーティだね。

 普通、そんな行動は一人くらいはたしなめるものだと思うじゃない?


「何かあったのですか?」

「え? えと……、一晩隣で過ごしたからお別れの挨拶をしに来てくれたんじゃないかな」


 ウィルは納得したように頷き、手際よくお湯を沸かし、アイテムバッグから取り出したソーセージを焼き始めた。

 私はその間にパンをもらい、丁寧にスライスしていく。

 朝食の準備を手伝いながら、心地よい朝の時間を過ごした。

 最初は遠征中に逃げ出すことばかり考えていたけれど、こんなにも穏やかで心地よい旅の始まりを迎えるとは思ってもいなかったよね。


「ウィルの言う通り、神斗君に会えたよ。連れてきてくれてありがとう」

「心配事が減ってよかったですね」

「あっ、リンゴは私が剥くよ」


 焼けたソーセージを手際よく、パンに挟んで皿の上に置く。

 ただシンプルにソーセージを焼いて、パンに挟んだだけなんだけど、とってもおいしかった。

 ソーセージは外はパリッとしていて歯切れが良く、噛むと中からジュワっと旨味が口いっぱいに広がる。

 その楽しい食感に、ついもう一口、もう一口と止まらずに食べたくなってしまう。

 そして、かたいパンが溢れた肉汁をしっかり吸い含める。


「んんん、おいしい!」


 朝から幸せな気分になり、思わず感嘆の声が漏れた。

 城で毎日朝から食べていたステーキも素晴らしかったけれど、このシンプルな朝食もなかなか!


「よかったです。」

「この世界の料理が美味しくて本当によかった!」

「食は大切ですからね。色々頑張りました」

「たくさん購入してもらったもんね」


 市場で買い出しをした様子を思い出す。

 お肉もたくさん、アイテムバッグに入っているんだよね。


「えぇ、まぁ。それもありますね」

「それも? あっ、ところで〖胡椒〗ってあります? スパイスの一種なんですけど」

「ありますよ。でも、とても高価で、貴族階級しか口にできませんね。欲しいですか? 確か……100グラムで金貨2枚はするのではないでしょうか」


 ウィルが飲み終えたコップに温かい紅茶を丁寧に注ぎ入れ、彼にそっと差し出した。


「うわっ! たっか!」

「胡椒は……買ってないですね。必要ですか?」

「ううん、ただ聞いただけ」


 販売価格が100グラム、金貨2枚ってことよね?

 胡椒が金貨2枚もするなんて、ウフフ、いいことを聞いた。

 卸値が半額でも金貨1枚、1万ギリア。

 これで金策できるかも!

 やだ、気分がよくなると尻尾が陽気に揺れる!

 

 横を見ると神斗君が眠りから覚める前なのか、モゾモゾと動き始めた。

 フフフ、まるで小さな芋虫みたいで可愛い。


「おはよう? もう起きれる? 大丈夫?」


 声をかけ、神斗君の反応を確かめる。

 神斗君がゆっくりと目を開け、朝の光に目をこすりながら上半身を起こした。

 まだ眠気が残っている様子。


「……おはよ……うございます……」


 ぼんやりとした声で挨拶してきたが、顔いっぱいに安堵の色が広がっていた。

 彼の表情を見ると、無事に再会できたことに対する喜びが伝わってきた。

 

「ウィル、神斗君の分も作れる?」


 ウィルは「もちろんありますよ」と彼にも同じものが渡された。

 ちなみに私はパン1枚で、ウィルと神斗君は2枚づつ。


「あの日から何にも食べていなかったの? 本当にお腹が空いていたんだね~。会えてよかった」

「餓死するかと思った……水は、泉があるってわかってたからよかったけど」


 神斗君は苦笑しながら答えた。

 なんの準備もなく、放り出されたみたいなものだもんね。


「近くで訓練してたんだっけ?」

「そう、この近くでね。リザードの洞窟も近いんだよ。流石に今日会えなかったらもう無理だと思ってた」


 神斗君はソーセージパンの美味しさを感じる暇もなくバクバクっと一気に食べ終え、少し冷めた紅茶をゴクゴクと飲み干した。

 その紅茶、私の……。


「ここの場所さ、〖冒険者が集まる場所〗みたいな言い方したって思い出して……」

「そうだよ! ウィルがいなかったら全然わからなかったもん。『冒険者が集まる場所』って曖昧過ぎる!」

「ウィルさんって?」

「ここは南の野営場なのですが、実は北と西にも同じような野営場があるんです」

「え? そうだったんだ。ごめん、ごめん、混乱させちゃったね」


 申し訳なく言う神斗君を見て、涙があふれそうになるのを必死にこらえた。

 彼の方が大変な状況にもかかわらず、優しく背中をぽんぽんと叩いてくれた。


「おっ、鐘の音が遠くで3回聞こえた。9時だね」


 話題を変えるように神斗君が元気よく言った。


「私たちもそろそろ動き出しましょうか」

「みんなで国を出る、でいいんだよね? やっと本格的に旅ができるってことだよね!」

「もしかしたら逃走の旅になるかもしれないけど」


 冒険者たちが次々とこの場から王都へ帰っていく。

 私たちも食べ終わると、その場を離れ、王都とは逆の方向に歩きだした。

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