第3章

第27話


 「広瀬警部補に、お願いされまして。」

 

 う、わ。

 

 「広瀬さんは、ぼくの彼女の両親から口説いたんですよ。

  一足早く可憐な孫が欲しくありませんか、って。」

 

 ……で、できる。

 凄い。説く順番をしっかり理解してる。

 

 そういえば、是枝俊也を河野時之助が保護する流れを作った時も、

 各方面を手玉に取ってたな。

 凄まじく優秀な聖人だわ。

 

 だから、その聖人が亡くなってしまうと、

 すべてが崩れていったのだろう。

 おそらく、広瀬涼音の養父となった叔父も、

 広瀬昌也の存命中は、まともを装えていたに違いない。

 

 でも、どうして、

 広瀬昌也が、ラスボスに

 

 「俺が頼んだんだよ、バァカ。」

 

 え。

 時之助、戻ってたのか。

 

 「おう。おつかれさん。

  思ったより早かったな。」

 

 「はい。

  引っ越す前に、一言、ご挨拶をと。」


 あ。

 そう、か。

 宿場中の近くに住んでたんだっけ。

 

 「ご紹介いただき、広瀬さんの家の近くに越すことになりました。

  小さいですが、日当たりの良い一軒家です。

  ささやかですが、家庭菜園のできる庭もついています。

  ぼくはすぐ好きになりました。」

 

 え。

 じゃぁ。

 

 「綸子に友達ができるか、不安でしたが、

  涼音ちゃんが仲良くしてくれそうですから、

  親として、ひとまず安心しています。」

 

 あ、あぁ。

 そういうことになるわけか。

 

 コイツ一人なら不安しかないが、

 精神を犯されていない彼女がいて、死なずに済んだ彼女の両親がいて、

 しかも、あの無垢モードの涼音が近くにいるなら、

 日吉綸太郎改め間崎綸子の漆黒は、薄くなる可能性が皆無ではない。

 

 でも。

 いま、間崎綸子が、どれほどの闇を宿しているのか。

 己の野望のために母親を殺した甲斐田良英の存在を認知しているのか。


 ……振れっこないよな、この雰囲気じゃ。

 いまは、コイツのほうを。

 

 「先生。」

 

 「ははは。

  ぼくはもう、先生ではありません。

  きみの言う町医者になろうと思っています。」

 

 うわ。

 なんて素直な。

 14歳の説得に簡単に応じてしまったわけか。

 

 ……まぁ、最後は建設現場のキャタピラー運転手に収まれた奴だから

 町医者でも別に問題はないんだよなぁ。

 

 「それなら、患者の苦しみに蓋をせず、

  向き合わせ、乗り越えさせる医者になれますね。」


 「っ。」

 

 「麻酔を使って寝かせ続けるのは、

  病巣を摘出するためですから。

  いまの先生なら、お出来になります。」

  

 「ぼくは

 

 「町医者こそ、尊い聖職です。

  苦しむ人に寄り添い、その回復を手助けする最前線です。」

 

 「……

 

  きみ、は……」

 

 「俊也、お前、

  またわけわからんこと言ってんじゃねぇぞ。

  広瀬さん待ってるんだぞ。さっさとしろよ。」

 

 あぁ、そうか。

 それは、確かに。

 なら、最後に、これだけを。

 

 「綸子さん。」

 

 「!

  は、はい……。」


 あぁ。

 この印象的な二重瞼は、まさしく。


 止め、られた。

 予想と違う形ではあったが。


 実父、甲斐田良英の魔の手に堕ち、

 闇に満ちた東京JL病院地下二階で拷問器具を百日間振るわれ続けて、

 全身に惨たらしい黒々とした打ち身と痣を刻印されながらさせられ、

 闇業の執行人に堕し、孤独と憤怒と憎悪に沈みながら復讐の機を伺う。

 

 その、寸前で。

 ぎりぎりで、食い止められたんだ。



  「おめでとうイケボ

   幸せを、からだいっぱいに受け止めていいんですよ。」



 「……

 


  は


  はいっ!!」

 

 あ、笑った。

 すごいな、めちゃくちゃ心揺さぶられる愛らしさ。

 さすがキャラクター投票ランキング第2位。


 ……なんでだろ。

 河野時之助が天を仰ぎながらため息を吐いてるんだけど。


*


 「これぞ蜥蜴の尻尾切り、だな。」

 

 東京JL病院爆破事故は、

 ガス管の管理施工業者の業務上過失致死で幕引きとなった。

 

 「まぁ確かに老朽化はしてたろうさ。

  なんせ、戦前の建物だからな。

  

  だけど、ろくに立ち入らせない癖に、

  地中のモンだけ管理しろっていうのは、

  相当無理がある話だわな。」

 

 「……業者の方々は、どうなるんでしょう。」


 「たぶんな、そいつらはそいつらで、

  なんか後ろ暗いもんがあるんだよ。

  それとバーターでこれのお縄にさせてるから、

  なんも言い出せねぇよ。

  

  あぁ、推測だぞ、推測。

  人に喋るんじゃねぇぞ。」

 

 「それは、もちろん。」

 

 喋る相手もいやしない。

 桃井薫にこんな話する意味もないし、

 菜摘が関心を持つような話でもない。

 交友関係が狭いというのは秘密を守りやすくはある。

 

 交友関係、か。

 月宮雫は、総愛されだったからなぁ…。


 「まぁ、さすがにあの実験場はしばらく鳴りを潜めるだろうよ。

  いろいろと立ち入りが入ったし、なにより。」

  

 ん?

 黎明期のネット記事。

 ブログみたいなやつだが。

 

 あ、

 あぁ。

 

 「わかるか?

  心霊スポット探索と称して、

  わけわからんやつらが来てる。」

 

 旧日本軍の怨霊っ!?

 元従業員、悲痛な叫び!

 夜中に何者かが徘徊する音と叫び声が聞こえた、か……。

 

 地味に合ってるわけだが、

 これだと眉唾にしか見えないな。

 

 「あいつらからしても、

  そっちで処理されたほうが都合がいいからな。

  眉を顰めるフリして放置してやがるよ。」

 

 ……。

 

 からんからん

 

 ん?

 

 げっ!?

 

 「やぁ。

  ひさしぶり、かな?」

  

 と、遠山孝明っ!?

 

 うわ。

 夏用の洒落たうっすいスーツ着てんな。

 お前は大手町にでも勤めてるつもりなのか。

 

 「誰だ?」

 

 「警視庁捜査二課の捜査官です。」

 

 「……んだと?」


 「おいおい。

  そう身構えないでくれますか。

  僕はいま、ただの客なんですから。」

 

 信じられるか。

 お前みたいなカネがうなったやつが、

 こんな場末の純喫茶に来るわけねぇだろ。

 

 「……お前、なんか、

  失礼なこと考えちゃいねぇだろうな。」

  

 ぶっ!

 

 「おすすめはなんですか?」

 

 いるわ、こういうやつ。

 

 「欧風カレーですね。

  たぶん、都内有数のレベルです。」

 

 なんせ、原作世界では雑誌にちょくちょく載るんだもの。

 そのたびにちょっと忙しくなっては、潮が引いたように去っていく。

 場所が悪いのか、人が悪いのか。

 

 「ほう。言いますね。

  僕はカレーには少し煩いんですよ。

  ではそちらをお願いしましょう。」

 

 「……かしこまりました。」

 

 河野時之助、

 そういう引き方もできるんじゃん。

 まぁそりゃそうか。

 

 「さて、と。

  是枝俊也くん。

  単刀直入に伺います。」

 

 なにを聞いてくるんだよ。

 

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