第42話とある医師side ~手紙の行方1~
【お母さんへ。
ここは退屈な場所です。早く、家に帰りたいです。ここのお茶は伯爵家で飲んだものと違っているの。ここの人が言うにはハーブティーらしいわ。紅茶は一般的ではないようで、お菓子もクリームがないものばかり。エンビーは、クリームたっぷりのお菓子や蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキが食べたいです。
それに、ここの人たち、みんなコソコソしているの。いつも何かコソコソ話しているわ。エンビーに聞こえないように言ってるのよ。きっと悪口だわ。きっとそう。
お母さん、エンビーがいなくて寂しいでしょう? お母さんは寂しがり屋さんだから。いつもエンビーに言っているもの。でも心配しないでね。エンビーはすぐに家に帰るから。伯爵家の皆もきっと喜ぶわ。】
【お母さんへ。
今日は、農作業のお手伝いをしました。虫がいっぱいついていたけれど、全然平気。だって皆も同じだったんだもの。あれ?でもおかしいな。お母さんは虫嫌いだったよね?おかしいな。確か前にお母さんから土遊びはダメだって。あれはお母さんじゃなかったのかな?違う人が言っていたのかな?分かんない。最近ちょっと物忘れが激しいみたい。この前も知らない間に手足に痣ができていたくらいよ。頭にも瘤ができていてビックリしちゃった。皆が言うにはテーブルに頭をぶつけて、タンコブが出来ちゃったらしいの。おかしいな。だって暴れた記憶なんてないのに……】
【お父さんとお母さんへ。
今、私は入院しています。
気が付いたらベッドの中だったの。
どうやって、ここに来たのか記憶にありません。
お医者さんが言うには発作?らしいの。病気ではないらしいから安心してね。急に倒れたらしくて……。う~ん。全然思い出せない。だから何を書いていいのかも分からないの。お医者さんは病院から連絡しているから大丈夫としか言わないし。無理せず安静にしておくように言われたの。でもお手紙は書いていいって。だから、こうして書いています。
お父さんとお母さんが心配しないように、毎日楽しいことを書いてあげるね。でも、本当は何を書いていいのか分からない。一日中、ベッドの中から外を眺めるだけ。退屈だわ。】
「はぁ……」
「先生?どうしたんですか?溜息なんて付いて」
「ちょっとね」
「もしかしてまた例の患者さんですか?」
「うん……わかるかい?」
「そりゃあ、分かりますよ。大きな溜息をついて、黄昏ていましたよね」
「そうか……そんなに顔に出ていたかな?」
「出てましたよ。それは盛大に!もしかして例の患者さんに何か問題でも?最近は随分大人しいって聞いてますよ」
「まぁね……それが問題、といえばいいのか……」
私は口を濁した。
看護師の彼女に言っていいものかと考えあぐねたからだ。
個人情報だ。
だがこのケースは……。
はっきり言って私には手に余る。
「ほら、言ってみてくださいよ」
人の気も知らずに、彼女は目を輝かせている。
「そういえば、例の患者、また手紙出してるらしいじゃないですか」
「知っているのか?」
「先生、有名ですよ。例の患者が毎日毎日、手紙を書いているって。王都にいる親宛ての手紙でしょう?熱心に書いているって他の患者さんの間でも話題になってますよ」
「……そうか」
どこからともなく噂は広まっているものだ。
特に患者の噂話は侮れない。
気付いたら個人情報が駄々洩れの場合もある。病院内の力関係を患者の方が把握しているなんてざらにある。
だから、きっと例の患者が毎日書く手紙の宛先もそのうちバレるだろう。
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