第31話祖父side ~末息子夫婦~

 末の息子夫婦が国を出た。

 数ヶ月前の騒動など忘れたかのように颯爽と旅立って行った。

 これで私の気がかりは一つ減った。


「哀れな女だ。……母親としての人生を歩む覚悟を持てば、それなりに普通の人生を送れただろうに。自分の娘を理解できなかった。いや、できなかった。理解できないが故に、遠ざけた」


 愚かなことよ。

 己の想像していた娘ではなかったからか。

 母親として愛することを放棄した。

 理想通りの娘ではないと悲しむだけ。

 娘の代役にしていた少女。これもまた理想に外れたら、あっさり捨てた。


 王都のプライド伯爵邸は何かと騒がしかった。

 使用人達も漸く落ち着けるだろう。

 落ち着く時間すら、与えられなかったのだ。彼らの苦労が偲ばれる。


「自分の夫のことすら理解できていないのだ。娘のことを理解できないのは当然だったな」


 末息子の嫁は勘違いをしている。

 ユーノスの穏やかな気質に騙されているのか。

 芸術家という側面を見て理解した気でいるのか。


「馬鹿な女よ」


 どれだけ優し気な雰囲気を醸し出そうとも、ユーノスはグリード公爵家の者。


「あの子ほどグリード公爵家の気質を受け継いだ者はそういないというのに」


 見た目に騙されて、本質が見えていないのか。

 いや、ソレは何もあの嫁だけではないな。

 大多数の者達がユーノスの本質に気がついていない。

 ユーノス自身がソレを見せていないから致し方ないことではある。


 ユースティティアは見た目も中身もグリード公爵家そのものだ。

 末息子の嫁は愛する夫に見た目が似た中身別人だと思っていたのかもしれん。

 夫に容貌だけ似た娘と。

 中身だけ祖父母に似たのだと考えていたのやも……。


 ユースティティアは、両親、特に母親と良好な関係を築こうとしていた。

 幼いなりに努力していた。早々に切り捨てていたが。その努力すら息子の嫁は気付いていないだろう。努力しても無駄な人物に義理を果たした孫娘を褒めるべきか、そんな女に心底惚れ込んでいる末息子を呆れるべきか。





『お母様とは挨拶程度の会話しか交わしていません』


 親子の会話以前の問題だ。


『……なんと言いますか。エンビー嬢が愚図ってしまわれて……』


 自分よりも年上の少女が幼子のように駄々を捏ねる様を見たら、それをどう表現していいのか分からない。ユースティティアも質問内容に困ったことだろう。


『きっと、私にお母様を取られると思われたのかもしれませんね』


 遠目で語るユースティティアの表情は、どこか疲れていた。


『私は、お母様の望まれるような娘にはなれませんから』


『心配するな。普通の令嬢はあのような態度は取れない』


『エンビー嬢が特別ということでしょうか?今の私くらいの年齢で伯爵家に来たと伺いましたが……』


『今の暮らしに慣れたせいだろうな』


『なれ……ですか』


『ああ、元の暮らしに戻るのは難しいだろうに』


『そうですね』


 散々、甘やかされ贅沢を覚えさせられた子供。

 だが、あの少女はそれを享受し続けた。

 おかしいと、何故か、と想ったこともあっただろうに。

 それを誰にも言わなかった。言えなかったのかもしれんが、ユースティティアが伯爵邸に戻って来てからも態度を改めることもしなかったのだ。自業自得だ。


「海外に行かせて正解だな」


 嫁の方はどうだか知らないが、末息子は正確にこちらの意図に気付いている。

 大陸の国々を巡って来いという命令に。

 華やかなことを好む嫁だ。

 息子の方も芸術家ということで各国の社交界で十分以上に注目されたことだろう。


「帰還は未定……」


 ユーノスのことだ。

 十年単位の期間を考えているに違いない。

 もしくはそれ以上の期間だと。

 元々、相思相愛の二人だ。

 あの嫁もお気に入りの少女のことなど直ぐに忘れよう。



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