第6話伯爵夫人のお気に入り5

「普通は分かりそうなものだけれど……」


 大体察するものだと思う。

 子供だから分からない筈がない。逆に子供だから周囲の空気に敏感だ。


「致し方ございません、お嬢様」


「フィデ……」


「エンビー嬢が屋敷に来られたのは七歳の時でした。奥様の心の慰めになるのならば、と旦那様も黙認されていたのでしょう。私共も奥様がお嬢様を、エンビー嬢が母親を求めていたことを知っていましたから」


「そうね」


 お互いがお互いを必要としていた。

 母にとって、エンビー嬢は『娘の代わり』。

 彼女にとっては『母親の代わり』。


 だけど、『母親の代わり』は娘が戻ってきた。

『娘の代わり』はもう必要ない。

 彼女は本能的にそれを感じ取っているのだろう。



「ラース副団長の奥方は優秀で、そのこともあり、王子殿下の教育係も兼任しております。王宮を辞するのは難しいかと……」


「確か王立学園を特待生として入学された方だったわね。王子殿下の教育係になるのも納得できるわ」


「はい。主席でご卒業されております。在学期間中も、常に主席をキープされていたそうです」


「本当に優秀ね。王家がスカウトするはずだわ」


「はい。王立大学に女性で初めて入学した才媛です。男性だったならば、文官として大いに活躍されたでしょう」



 女性であるが故にその道を閉ざされた。

「女性だから」と彼女は選択肢を奪われた。

 国が定めた法律とはいえ、頭脳明晰な女性からすれば理不尽この上ないだろう。

 プライドの高い女性なら尚更。


「同情はするけれど……、流石にこのままではね」


「職を辞されるでしょうか?」


「無理でしょうね」


 ラース副団長夫人は、今の仕事に誇りを、やりがいを感じているのが嫌でも分かる。

 娘のために仕事を辞めるという選択肢など、彼女の頭には存在しないだろう。


「お母様を説得するのは骨が折れそうね」


「お察しします」


 まぁ、説得するのはお父様なのだけど。

 不安だわ。





 結局、父は折れた。

 説得を諦めてしまった。

 お母様を味方につけたエンビー嬢の粘り勝ち。

 この時も母の暴走を止めなかったお父様。


 お母様の行動はその後もエスカレートしていく。

「いい加減にしろ」と言いたいくらいに、エンビー嬢を構い倒す。

 それはエンビー嬢も同じ。

 彼女もまた「母親」に甘えるような態度を崩さなかった。

 それが良いことなのか悪いことなのか私には分からない。少なくとも、この行動の結果、私とエンビー嬢の関係を決定付けたのは確かだった。



 「本当に、どうしてこうなってしまったのかしら?」


 エンビー嬢を実の娘のように可愛がる母。

 それを当たり前のように享受するエンビー嬢。

 二人の関係は改善されるどころか、加速度的に悪化していったのは言うまでもない。




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