第32話 餅撒きのような何か




 軽快に路道をかっ飛ばそうと言ったって、それでも俺は善性の塊だから、喚きひしめき合う人々に轍を刻むわけには行かない。


 しかしこの光景を前にしてどうしろというのだ。人々はがなり声を上げて方々を行き回り、人の身に余る超能力は火や水の形を成して互いを傷付け合っている。


 何時から日本はこんな末法の様を晒すようになったのか。異様に高く歪み聳える建築の足下に、塵屑のように積み上げられた看板の列。毒々しい色合いは、喧伝よりも牽制を意図しているか、或いは他者への敵意を押し出しているようにも見える。


 一人の異能者が炎を吹き上げ、訳の分からぬまま中華料理屋の軒先に詰めかけた群衆を焼いた。


 叫び声が上がる。「金」人殺しの目。「金」ぼろを纏った親子が刃物を握っている。「金!」困窮が故に他者を踏みつけ、混迷が故に抜け出せぬ。


「こりゃあ祭りだ。旦那、奴等祭りに熱狂していやがらぁ」


 中華料理屋の裏手から、バンを動かして道路に出た先、直線上を埋め尽くす騒動を目の前にし、アラタメはへらへらと笑った。


「金金金ぇ言って何が狙いなのかも分かっちゃいやせんぜ。くるりと後ろ向いて逃げだしゃあ事が済みます」


 そう言ってハンドルを回そうとしたアラタメの手を、俺は押し留めた。「なんです?」意外そうに彼女は俺を見る。


「何時からこうなったんだろうな。そんなに十年間は酷かったか?」

「ここは屑籠ですからねえ。ですが旦那だって散々目にしてきたはずでしょう? 陸軍やら調査局やら、そんなモンが必要なくらいにゃ世は堕落の一途を辿るばかりでさ」

「そうだな。押さえ付ける力が強いんだから、抑えられる方も荒れ果てていると思うべきだった」


 それにしたって信じられる光景ではない。端的に言って終わっている光景である。真っ昼間から普通の顔した人間が、刃物を持ちだして人を殺そうなど。


「そら、あれでしょう。異能のせいでしょう。拳銃よりもずっと簡単な暴力装置が手に入っちまったモンだから、持たねえ奴も刃物を持たざるを得なくなっちまった。当然の帰結ですぜ」

「全く人の身に過ぎた力だなあ」

「なら神さんはそれを取り上げやすかい? ねえ旦那?」


 どうだろうか。俺は少し思案する。何故と言うにそれは救いだ。武器を取り上げ、平穏をもたらす救いだからだ。


 罪を犯した者には罰を。罪そのものを取り上げて、全てを不問にするなど、まさしく救世の業。慈愛に満ちた神の恩寵に他ならぬ。


 俺はこちらに気が付き、笑って銃を突き付ける人々を見、何時かのように思った。


 救い難き者共よ。救いが必要な人間は、往々にして救われるべき人間性を持っていない。救われたいとすら思っていない。


「まあ今は救う必要なんてないから救わないんだけどな。アラタメ! 薄汚い違法薬物を投下だ! どうにでもなってしまえ!」

「合点承知ですぜ旦那ぁ!」


 車上に飛び移り、運転席のアラタメと共になんかビニール袋に包まれた白い粉をばらまけば、群衆は何かに気が付いたように歓声を上げ、我先にと包みの方に群がっていく。刃物すら放り出し、腕一杯に抱え込もうとしている。


「餅撒きみたいで楽しいなこれ」

「五円玉も撒きましょうかい?」

「やだよこんな奴等とご縁があるなんて!」


 そんな風にして開けた道に、最高速度で車をかっ飛ばす。当然追いかけてくる奴らもいるが、そいつらだってあらぬ方向に餅を撒いてやれば、方々追いかけて散っていく。


 ミニゲームみたいで楽しいなこれ。たまに妙に強そうな奴が全部無視して炎とか雷とか纏いながら突っ込んでくるが、そいつらにはチャージショット(単なる投擲)で対応だ! 力が強すぎると途中で袋が破けてしまうのが難しいところだな。


「だけどチャージショットで倒したはずの敵がたまに復活してくるんだけど。寧ろ前より元気になってない? ゲームシステムおかしくない?」

「そりゃ旦那、その薬物は体内の何らかどうたらで異能活性魔力活性の効果を持っていやがるからですよ。違法と言いやしやすが軍でも使われてるはずですぜ。用量用法守らなきゃ頭ぶっ飛ぶんで禁止扱いもさもあらんな品ですが」

「うーん、通りで光景の終末感が増していると思った」


 言いながら、意味不明な喚き声を上げつつ飛び込んできた人型の雷を蹴り飛ばす。人型の炎も巻き込んで二枚抜きである。こうなると作業ゲーになるな。


「ところでアラタメ、この車どこに向かってんの? 北になにか目的地でもあったっけ?」

「何を言ってるんですかい旦那ぁ! あの腐れ爺の頼み事は北門にあるって話じゃねえですか。そこに謎の箱を置いてくるって話でしょう?」

「あ、そういやそうだった。すっかり忘れてたわ」

「俺ぁ折角旦那の為に言われずともこうして目的を遂げさせてやろうってのに酷いなあ全く! 内助の功を少しは労ってくれても良いんですぜ? 内助の功を!」

「難しい言葉を知っているなあ。内助の……こう? ちょっと知らない言葉だな……」


 しかし本気で忘れていた。懐から硬く封印された鉄製の小箱を俺は取り出す。継ぎ目は存在しないが、壊そうと思えば壊せるだろう。しかしこんなちいちゃな小箱を置くことに何か意味でもあるのだろうか?


 見れば大通りの先には、見上げるほどの大鳥居が構えている。そこにもわらわらと群衆が集まっており、邪魔である。車の上から投げ捨ててストライク出来ないかな。


「いや無視して知らねえ振りしないで下せえよ旦那。どうせ分かってる癖に! へへ、旦那を旦那って呼んでるのはそういうことですよ旦那様ぁ」

「お前俺の何が好きなの?」

「えーっこんな場所で告白させるつもりですかい酷いなあ酷いなあ旦那は全く酷いなぁ! えっへへそれでも聞きたいってんなら仕方ねえ耳かっぽじってようく聞いてくだせえって危ねえな邪魔だっての!」


 アラタメが急ハンドルを切り、空中から落下してきた何かを避けた。アスファルトに亀裂を生じさせたそれは、濛々と立ち込める土埃の中に、八つの瞳を蠢かす。


 突然現われたのは、なんか……なんか……名状しがたい何かだった。三メートルはある長身に、全身ぶくぶくに膨らんだ肉塊。それに八本の腕と八本の足が付いて、一つの顔に一つの口が叫んでいる。


 北門に集っていた人々もよく分からないようで、悲鳴を上げながら逃げ惑っている。しかし肉塊は彼らに目もくれず、「おうおう」だの「えんえん」だの絶叫を上げながら俺達を睨んでいた。


「おいおいマムロ先生の眷属か何かか? あの先生みそぎさん以外にも作ってたのかよ。これは浮気に入るのかな?」


 そうアラタメに言うと、彼女は驚いたような顔で言った。


「あっ、姉さんだ。いやあお久しぶりですねえ姉さん」

「えっ、何? お前もマムロ先生の眷属だったの?」

「いや違えますよ。ほら、頭にちゃあんとメイドが付けるアレが付いてるでしょう? 他は全裸ですがそこだけはキッチリしているのが姉さんでさあ」

「うーん、全裸メイドと考えれば少し興奮してきたぞ」


 全くの嘘である。こんな化け物が頭にプリムを付けているなどギャグでしかない。そしてこんなのを姉さん呼ばわりするアラタメの頭もおかしいんだろうな。俺の周りに居るのは頭のおかしい奴ばかりだ。悲しくなるね……。


 そんな風に思いながら、身体ごと車に突進してきた肉塊メイドを押さえ込む。中々の強さである。


 これは人の域ではないな。魔獣だ魔獣。しかし足が八本もあるので足払いが有効である。弱点丸出しか?


「そもそもそのクソデカ肉袋を足八本で支えるってコンセプトがおかしくない? そこまでやるならキャタピラでも付けろよ」

「ちょっと旦那ぁ、乙女に重いとか失礼ですぜ。姉さんも怒っちゃったじゃねえですか」

「というかお前、姉だって言うなら説得ぐらいしてくれよ。今はデート中だから家族は帰ってくれって」

「デート! で、え、と! いやあ旦那もそう思ってくれやしたかいこれはデートええそうですぜデート! ああいやなんだか言葉にすると恥ずかしくなっちまってどうにもいけやせんねえへへへへ!」

「聞けよ」


 しかし聞く耳を持たないのはお姉さんも同じようで、「うううう」と咆哮を上げながら丸太ほどもある八本腕を繰り出してくる。泣きじゃくっているようなのはひょっとして妹に対する嫉妬か何かだろうか。


 勿論冗談である。その身が苛む苦痛に泣き声を上げ、人としての在り方に反した己を無明の内に嘆いていることは分かっている。ぐちゃぐちゃに絡まるどころか溶け合い、互いに拒絶し合う四つの魂が俺には見えている。


「人造人間、ホムンクルスの改造品か。しかし奇妙な話だ。ホムンクルスって普通魂とかなくない? 仕掛けがなければ自由意志を獲得することもない生体ロボットだろうこの手のは」

「文句はお嬢さんのクソジジババ共に言ってくだせえよ。俺だって詳しくはねえんだから」

「というかお前もお前で何なんだって話だがな。お前がこの肉塊と姉妹って言うのなら」


 アラタメは素知らぬ顔でにっこりと笑っている。とてもではないが、器だけで動いているようには見えん。歴とした魂がその内には存在している。


「まあ、全ての謎は何時も通り、明日の俺に任せるとして」


 蹴り飛ばし、ビルに突き刺さった肉塊を見つめつつ俺は言った。


 まだ動くか。そりゃあ動くよな。生命活動そのものが苦痛ならば、身体の三割を削がれた程度じゃ苦痛には入らんだろう。その三割だって再生し、泡立つように膨らんで元通りだ。


「で、殺すけど良いよな? お前の姉さんかも知れないが、恨むなよアラタメ」

「俺は旦那を恨みませんよ。旦那を恨むのは旦那自身でしょうが」

「あっ、そうだな。また誰かのせいにするところだった。反省反省」


 誰かのせいにして誰かに恨まれたがる俺ってもしかしてマゾなのかもしれん。十字架に縛られて杭を打ち付けられるとか、古来からマゾヒストの憧れの姿とも聞くしな。涜神に興奮しているという意味でも。


 しかし俺は涜神に興奮などしなかった。あったのは殺意だけだ。


 だから殺す。殺す事しか出来ない救世主というのは、逆説的に、殺害こそが救済だと示している。


「な訳ねえだろふざけるな馬鹿が」


 と、そんなカルト思想に溺れかけることもなく、俺は立派に勇者を成した。そして今も成しましたとさ。


 飛び掛かってくる肉塊を手刀で細切れにしてから炎上させ、塵一つ残らず消滅させる。


 無論、魂も。あんなにくっついたら乖離させるとか出来ないし。魔法使いとか聖女様だったら出来そうだけど、俺って壊すことしか出来ないから。この場合の俺とは聖剣ちゃんも含めた俺である。


「姉さんは天国に行きましたかい?」


 ふと、アラタメが車から降りてそう言った。彼女は姉が去った地面を見つめている。


 天国か。俺は空を見つめつつ言った。


「そんなものは存在しない」

「じゃあ地獄に?」

「それも存在しない。あるのはこの地上だけだ。天国も地獄もこの地上さ。どちらに属するのかは当人次第」

「……そうですかい、旦那」

「いや、今良いことを言ったな俺。これからは決め台詞にしようかな」

「台無しですよ旦那ぁ!」


 そう言ってアラタメはぱしんと俺の肩を叩いた。そしてにぎにぎとベタベタと触ってくる。邪魔くさい。


 いやだって『死ね』って名乗りと共に現われるよりマシじゃない? 『勇者が来たぞ』って名乗りも実質死ねって言っているようなものだし。


 というか思い返せば死ねって言ってばかりだったな俺。まあ死んだ方が良い奴等ばっかりだったから仕方ないな!


「で、そちらの迷える民の皆さんはどうする? 天国か、地獄か、どっちが良い?」


 肉塊にも逃げ惑わず、大鳥居の向こうからこちらを見つめていた人々に俺は声をかけた。


 ボロ布を纏った彼らは恐れ戦きながらも、俺をじっと見つめている。まるで何かを見定めるように。


「持っているだろう」内の一人、顔に皺を刻んだ老人が言った。「お前が持っていると聞いた」嗄れた声で、求めるように俺を指差した。


「我らの望み。我らの願いを、貴方は持っている。そして、あの御方も我らに渡すことをお望みの筈」

「あの御方ってのはオワリちゃんの兄だか父だか母だかの事かい?」

「何を言う。尊神尊氏こそ我らが滅すべき邪悪。ロトゥム様から伝え聞いているはずだ」

「げっ、こいつらお爺ちゃんのカルト教団かよ……」


 そう言って俺は懐から小箱を取り出した。それを目にし、彼らは「おお……」と眩い物を目にしたように打ち震えた。


「その箱こそ、かの人が我らに下賜されしもの。どうぞ、こちらへ……」

「俺は鳥居の穴の窪みに置いてこいって言われただけなんだが」

「では、置いて下さい。あの御方が望むことがそれならば、何某かの意味はありましょう」


 そう言われ、まあ爺さんの頼みだから仕方ねえかと着いていき、鳥居の窪みに小箱を置いた。彼らは何かを待ち望むようにそれをじっと見つめている。


 じっと見つめ続ける。


 ……飽きてきたな。


「旦那ぁ」とアラタメが言った。


「何も起こらねえんですが、ひょっとしてあの爺さんに皆騙されてんじゃねえですか? 何か意味深な物を放り投げて反応を楽しもうって腹ですよあの性悪爺が考えそうなこった」

「うん、そうかもしれん。よし帰ろ帰ろ! これで爺さんの依頼もクリアってな!」

「ま、待って下さい!」


 と、老人が慌てたように言った。見れば集団の内、力自慢っぽい若者達が数人がかりで開けようとしているが、箱はうんともすんとも言わない。そりゃ空間そのものに仕掛けをしてあるっぽいから無理だろ。


「で、なに? まさか開けて欲しいとか言うんじゃねえよな」

「開けて下さい……。あの人が貴方を使わせたのならば、貴方が開ける事を想定されたのではないか、と……」

「お前達まで俺を十徳ナイフか何かと勘違いしてんじゃねえのか?」


 開けるならこんな小箱じゃなくてワインとかにして欲しい。しかし流石にぜえぜえ言って小箱と格闘している若者君達が可哀想なので、スパンと手刀で蓋を切った。


 で、肝心の中身は……と、中を見れば、そこには丸まった札束と手紙が入っていた。なにこれ?


「それは……あの御方からの指令書ですか……! これからの計画に対する、詳細な指示……!」

「い、いや、ちょっと待ってくれ」

「どうしたんですかい旦那。妙なことでも書いてありやしたかい?」


 初めの一文を目にし、俺は溜息を吐いて目元を抑えた。手紙の全文はこうである。


『拝啓 梅雨に近い季節の云々を前略。

 さて、私の依頼を受け、貴方は見事に目的地へと辿り着いたかどうかは知りませんが、誘惑に負けて箱を開けたことは確かです。ざまあみろと言いたいですね。

 しかし、ざまあみろと言いたいことはもう一つあります。それは人見様が一文無しだと言うことです。

 女に金を出させてデートをするとか恥ずかしくないのか? と、古い時代の人間である私は思ってしまうわけですが、昨今の情勢の変化から、そんなヒモ野郎が大手を振って世を歩くのも、あり得ぬ事ではないでしょう。

 ですが、かの救世の勇者である人見様が、職業をヒモに変えてしまうのは余りに不憫。

 そこで、私が費用を用立ててあげました。これで美味しい歌舞伎揚をお土産に買ってきて下さいね。

 加えて、女の金で別の女に貢ぐ光景というのも、笑ってしまいますが、余りに不憫だと思います。どうか詩集も菓子も、これで用立てて頂ければ幸いです。

 返済計画は後々、顔を合わせてご相談しましょう。そこまで悪辣にはしないつもりです。感謝して下さい。

                                         敬具

西暦二千三十年 五月二十六日

                            ヨビソン・ロトゥム

第九異能病院 特別措置患者 第五号

人見 翡翠 様

追伸 人見様を歓待するよう私の部下に命じておきましたので、どうか優しく対応してあげて下さい。何か勘違いしているようなので、とても面白そうだと思います。』


 一読し、俺は拳を握りながら呟いた。


「クソジジイがよぉ……! 勝手に借金させてんじゃねえよボケ!」

「うわこりゃ酷え。やっぱり笑ってんじゃねえですかあの性悪爺!」


 アラタメが手紙を覗き込みつつそう言った。老人は「どうしたのですか?」と興味津々に見つめてくるが、いやーこれは……流石に見せるのは可哀想な気がしてきたぞ……。この人達、やけに熱心に爺さんの指示を待ち望んでいたみたいだからな……。


「えー、見たい? 絶対失望すると思うけど……見る?」

「何故その様な顔を浮かべているのかは分かりませんが……頂戴します」


 そう言って老人は手紙を読んだ。周囲の視線に囲まれたまま、老人は何度か文字を読み返し、「ふむ」と呟いた。


「少し質問があるのですが、よろしいですかね、人見様」

「えー何? あの爺さんが如何に意地が悪いかって話?」

「いえ、この文中にある土産とは、一体如何なる品物かと思いまして」


 謎に老人はそう言った。えーと、なんだっけ?


「えー確か、カナナナ君が東京駅で売ってる苺のケーキで、あとメルニウス用に同じケーキと更に別の何か。オワリちゃんは適当な詩集を二十冊。爺さんが高い歌舞伎揚」

「あとはマムロ先生の生肉……はもうありやすね。みそぎさんの宝石が最後でさあ」


 そう言うと、老人は集団へと告げた。


「聞いたかお前達! これこそが、あの御方が望んだ事だ! 今すぐこの品々を用意しろ!」

「えぇ……」


 その言葉に「はい!」と元気よく返し、人々は方々散らばっていった。えぇ……ありがたいけどそれで良いのか……?


「なに、あの御方が遊ばれるのは常のことです。あの御方は大体遊びますので」

「まあ確かに格ゲーやったときも『儂は一ラウンド目は遊ぶから!』とか言ってたな。そのままストレートでフルボッコにしたが」

「それに、まだ動くべき時ではないと、それを知れただけで十分です。ええ、この事実だけでも如何様にも使えましょう」


 老人はそう笑い、開け放たれた小箱を懐に収めた。そうして恭しく言った。


「さ、我らの住処に案内しましょう。品物が揃うまで、どうかくつろいで下さい」

「おー……まあ楽できるなら良いか。良いな? アラタメ」

「えー俺はもっと旦那と楽しみたかったんですがデートはここで終わりですかい残念だなあ残念で溜まらねえなあ」

「はは、お二人はご夫婦ですかね? だとしたら邪魔をしてしまって申し訳ありません」


 その言葉にアラタメは目を見開き、ぽかんとして、やがて満面の笑みで言った。


「うわあ良い爺さんだなこいつ! 気が変わりましたよゆっくりしていきやしょうぜ旦那ぁ!」

「急にうるさっ」

「では、旦那様? ふふ、私も貞淑な妻となりましょうか? ねえ旦那様ぁ」

「そんなピアスバチバチの格好で貞淑を気取るんじゃねえ」


 ベタベタとしつこく絡んでくるアラタメを引っぺがしながら、俺達は老人に着いていった。



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