第34話 皇帝の過去

 蒼龍の本当のお母さん。

 女戦士といえば、婆やみたいな感じだろうか。婆やと、蒼龍のイメージをコラージュさせてみるが、今一つうまくいかない。

 そんな小蘭の妄想を掻き消すように、皇后の話は重みを増した。


皇帝あのひとも、そんな彼女をことのほか愛し、側に置いて寵愛したわ。

 やがてあの子は、戦地で蒼龍を身ごもった。

 皇帝あのかたはね、まだずっとお若い時に戦で受けた傷が原因で、子種がないと言われていたの。その上、五十路を超えてできた蒼龍あのこを、大変お喜びになったわ。

 大勢いる妃の中で身ごもったのは、今も昔も彼女だけ。皇帝の嫡子は、これまでもこれからも、蒼龍ただ一人なの。

 それなのに。

 彼女はよほど、彼を愛していたのね。蒼龍を産み落とすとすぐに、また戦地に戻ってしまった。姉妹のように育った私に、赤子の蒼龍を託して」


「生まれたばかりの子を置いて?

 それほど、皇帝を好きだったということですか?あんな」

 鬼畜でどSなおっさんを。

 言いかけて慌てて口をつぐんだ小蘭に、皇后は穏やかに微笑んだ。


「ふふっ。言いたい事はわかるわよ。

 でもね、あの方も昔はとても格好良かったの。強くて勇敢で、こと戦では抜群のカリスマ性を発揮したわ。

 女好きは昔っからだけど。そんなあの方の寵を得ようと、妃達はみな必死だった。

 ただ、皇帝がその時間の大半を戦に費やす中で、戦にまで随行したあの子は、他の妃達から一歩抜きんでていたわ。

 私も平気なふりはしていたけれど、本音はすごく妬けていたわ」


 氷のよう、とまで言われた皇后様が、昔の皇帝を語る時、少女のようにはにかんだ顔をする。

 その変化に、小蘭が少なからず驚いていると、皇后様はふと目を伏せた。


「でも。とある戦で、彼女は命を落としてしまった。信頼していた家臣の裏切りで、暗殺の的となった彼を庇い、その盾となって」


「そんな!」

「……。

 その他にも色々なことが重なって、彼はすっかり猜疑心が強く、人を信じぬようになってしまった。

 これは私の想像にすぎないが……戦場をともにした二人には、私や他の妃との間にはない絆があったのでしょう。半身を失ったように感じたのやも」

「でも……なら、何だって皇帝は、蒼龍にあんな仕打ちを?

 そんなに好きなひとの子どもなのに」


 皇后は哀しそうに首を振った。


「分からない。

 でも、きっと彼は、蒼龍を厳しく育てているつもりなのね。

 あのお方と蒼龍は、いがみ合っていても実によく似ている。女の好みも同じだわ。辺境の女ばかりを好きになる。

 お互い似たもの同士だから、同族嫌悪が募るのかもね。

 あの二人は昔っから、蒼龍の母に黎妃、そしてお前。ずっと同じ女を取合ってる」

「蒼龍と皇帝が似ているなんて」


 あんな鬼畜ジジイと一緒にしないでほしい。そんな小蘭の心が、ムスッとした表情に現れていたのか、皇后は苦笑した。


「あら、正直だこと。でも、いずれお前にも分かるわ。……ただ」


 何かをいいかけ、皇后はそれをやめて話題を転じた。

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