エピソード59 直訴
山の中で陣を張ったシルク中将とオネストは味気ない携帯食料を食べながら今後について語っていた。
開戦後陸軍兵士八百、無戸籍者二百を率いてこの国境の地に陣を敷いた。駐屯地の様子を窺いながらまずは相手の戦い方を見るべく陸軍兵士と無戸籍者を合わせた兵をぶつけてみた。
深くは入り込ませずに攻撃を仕掛けさせると、マラキア軍は護りを固め向こうからは打って出てこない。消極的な動きに首を傾げていると北の入り口から千人ほどの兵がディセントラの町へと向かった。
この頃にはまだ町の状況が伝わっていなかったので、なにが起きているのかとオネストが戸惑い一旦兵を森の中へと撤退させた。
山を徒歩で下りた無戸籍者二百名を連れた兵がディセントラの町へと辿り着いた所で漸く無線が繋がり、エラトマの命令で送り込まれていたプノエー少尉が機転を利かせて住民を人質に町から警邏隊を追い出したことが伝わってきた。
警邏隊が町の外で留まり、駐屯地から援軍として千人が派遣されたのだ。思いもかけずに千人もの兵を駐屯地から誘き出してくれたプノエー少尉をオネストは褒め称え、「是非彼には褒章を与えるように進言してください」とシルクに熱の籠った声で言うほどだった。
「これでこちらが戦いやすくなりました」
晴れ晴れとした表情でオネストは物資と人員の補充をアオイに要請して欲しいと要求したので、黙って言われた通りにシルクは伝令を放ち直ぐに了承を得ることに成功した。
二日目になりディセントラの町のでは人質解放の交渉が始まったが、それには応じないようにして時間を稼ぐ様にと伝える。午前中には人員と物資が補充され、オネストの作戦をもとに二回に渡り大規模な戦闘を仕掛けた。
やはりマラキア軍は守備に一貫しており、打ち崩すのは容易では無いことが解る。
「なかなか出てきませんね」
できれば外へと出てきて戦って欲しかったが、マラキア軍の徹底した守りを貫く態度は変わらないらしい。
元々駐屯地を落とすことを目的としていない。
戦力が劣るスィール軍がこれから長引く戦闘において有利に戦う為には、この駐屯地にある武器や車、戦車などを奪うことが第一の目的だ。勿論その作戦上で基地を落とせる勝算があるならばその好機を逃さぬつもりではあったが、そんな期待を抱く隙すら相手は与えてはくれなかった。
「中央からマラキア国の本軍が来る前に戦況を整えておきたいのですが」
難しいかもしれませんと嘆くオネストの浮かない顔を見ながら、一日でこうも表情が違うものかとシルクは苦笑した。
三日目は慎重論を唱え始めたオネストによって攻撃を一回のみに終わらせた。カルディアからの物資が滞り始めたこと、集められる無戸籍者の数が二百を切ったことも懸念材料のひとつとなった。
本来ならば開戦してたったの三日で物資が減るということは無い。これは同時に統制地区で革命軍が活発に活動し始めたことや、無戸籍者が革命軍に降ったり、身を隠したことにより人員確保が難しくなったことが原因だ。
どうやら街では革命軍と鎮圧する役目の革命軍討伐隊が激しくぶつかり合っているらしい。もしかしたらシルクが身を置く戦場よりも苛烈な戦いをしているかもしれない。
物資を両方に届けることは難しく、距離もあるここへ輸送するよりも国内へと運ぶ方が遥かに易しく重要だと判断されているようだ。
ディセントラの町からも道路を挟んでマラキア軍と戦っているサロス准尉からも本部のアオイに物資と人員補充の要請が入っているが、それに応えられるほどの余裕がないのが現状だった。
結局その日は静かな夜を迎えて四日目を迎えることになった。
「そろそろ動きがあるでしょう」
憔悴しきったオネストが暗い声で訴える。シルクは雨の上がった空を見上げて口に頬張った食料を飲み込むと深く頷いた。
いつまでもマラキア軍がおとなしく防戦一方であるわけがない。自国に攻め込まれたのだから、それを撃退し追い出さねばならないのだから。折しも昨日振っていた雨雲は流れ、澄み渡った空が広がっている。
「相手にとっては好都合だろう」
「いいんですか?」
美味しさよりも栄養と腹を満たすことを重視した携帯食料を事務的に口に運んでいたオネストはため息交じりの声で問う。
「今更何を言っている」
誠実そのものの瞳をこちらへと向けて参謀官はもう一度「本当にいいんですか?」と確認してくる。あまりにも熱心にシルクの心情を窺ってくるので知らず苦い顔をしてしまう。
「仕方あるまい」
陸軍総司令官イサゴはシルクを派遣する際に厳命している。それは信頼しているオネスト以外には伝えていない命令であり、今更その命に背くことはできない。元より縦社会の軍に於いて上官の命令は絶対である。
しかも総司令官の直々の厳命であれば否を唱えることはできない。
「我々が手を下すのではない。手を下すのはマラキア軍だ」
それ以上はオネストも非難することはできないのか、疲れた顔に悲しみを滲ませて「大変、残念です」と惜しんだ。
「……奇跡的に命を拾った暁には、私たちには相当の処分が待っているでしょうね」
「それも覚悟のうえだ」
だが奇跡など早々起こらないからこそ奇跡だと呼ばれるのだ。
その可能性は低い。
それでも“もしも”と考えてしまうのはシルクが臆病者なのか、それとも本心ではそれを望んでいるのか。
自分でもよく解らないが、全ては始まってしまったこと。終わるまでは黙して待つしかないのだと飲み込んで、シルクは美しい空を恨めしそうに睨んだ
◆◆◆
道も無いような山だと思っていたが、二百人が通った後の山は邪魔な枝葉が取り除かれ踏み固められた地面が自然と道になっていた。時折斜面を登らねばならなかったが、それすらも手掛かりとなる木や石が置かれてあり本部へと戻ることは難しいことでは無かった。
今こうして戦場を離れて山を行くことに少なからず後ろめたい気持ちが生まれている。
弾が飛び交うあの塹壕で戦うのは兵士では無く、ただの民間人なのだ。国はシオたちを国民として扱ってはくれないが、確かに自分たちはスィール国で生活していた普通の人間だった。
国に対して不満や憤りはあれども、殆どの人間は諦め受け入れていた。
シオもいずれは引きずりおろしてやると息巻いてはいても、それが不可能であることくらいは解っていたのだ。
ただそうやって激情を糧にしなければ生きるための力を得ることができなかった。高く聳える厚い壁に隔てられた先で安寧と富を手に欲望のままに不条理を振りかざす人間たちを憎まなければ、自分たちの境遇が辛くて生きられなかったのだから。
自分たちの声が届かないことは最早動かしようがない事実。
揺るがない現実だ。
「なのに、あいつ」
サロスはこの戦場でなら有り得るとシオを唆す。統制地区で暮らしていた時ならば会えぬ人間に直接自分の意見を言えるチャンスがあると。
「一体なにを考えているんだ」
あの男の考えなどシオが想像した所で答えに辿り着けるわけがなかった。サロスが「ぶつけろ」といったその人物がどれ程の身分なのかも知らない。大層に様などとつけられて呼ばれているのだから偉い人間なのだろう。
色々と考えているのにも疲れた。シオは痛む脇腹を抑えて残り僅かの距離を黙って踏破した。
小さな背負い袋を背負い、弾の入っていないライフルを持ったシオが山を登って来たのを見て陸軍の兵士が怪訝そうな顔をする。
「お前、何故ここへ戻ってきた!?」
詰問する声は幾らか戸惑いを含んでいたが大きく威圧的だった。やはり統制地区の貧しい人間を蔑む態度が感じられ不愉快に思う反面、サロスがシオたちにする扱いは特別な物なのだと感じた。
「……サロス准尉に頼まれて来た」
「サロス准尉?じゃあ、お前は道路沿いで戦っていた無戸籍者か」
侮蔑の籠った無戸籍者という言い方にカチンとくるが黙って頷く。ここで問題を起こした所でなんの解決にもならない。
物資と人員をなんとしてでも戦地に持ち帰らなければ戦う術を失ってしまうのだ。
生きるか死ぬかがこれで決まる。
はたとそのことに気づき、無戸籍者たちの生死を握らされていることを認識するとその荷の重さに逃げ出したくなった。
なんでおれが。
狼狽しているシオに兵士が横柄な態度で「用件は?」と問うてくる。ここで物資と人員を頼むことは簡単だったが、きっとそれでは手ぶらで追い帰されるのは目に見えていた。
「アオイ様に直接伝えるようにと言われてるんだ。あんたみたいな下っ端の兵には絶対に言うもんか」
鼻を鳴らしてそっぽを向くといきり立った兵士が「お前みたいな人間がアオイ様に会えると思っているのか!」と激しく怒鳴りつけてきた。
それがいかにも小者のように見えシオは口元を歪ませる。
「あんたじゃ話にならない。勝手に会うから放っとけよ」
前に立ち塞がる兵を押し退けてシオはずんずんと進む。「おい!待て!」と追いすがる男を無視して、屋根だけのテント下にいる無戸籍者たちへと目を向けた。
少ない?
シオが連れて来られた時はテントの下に収まりきれない程の人間がいたはずだ。それなのに今ここにいるのは八十人程しかいない。テントはがら空きで、この場所は本部だというのに活気も無く沈んだ空気のみが蔓延していた。
これでは人員を要請しても却下されるはずだ。陸軍兵士たちも初めに比べて半数に減っている。半分はマラキア軍の駐屯地を攻めていると聞いているのでこんなものなのだろう。
だがこの覇気の無さはなんだ。
シオが戦っていたあの場所で戦っている無戸籍者は、ここにいる陸軍兵士の四分の一くらいだがまだ士気は高い。恐怖に後押しされ、死から免れるために必死で戦っている人間の方がやる気に満ちているのは仕方がないのかもしれないが、それでもこれは酷いだろう。
軍に所属している兵士は規律が厳しく、常に統率された行動をするはずで、戦争中という状況でこれほど気の抜けた雰囲気があるのはおかしい。
ここで彼らを指揮し率いている者の度量が低いからだとしか思えなかった。
明らかに秩序が保たれていない。
「がっかりだな」
もしこの状況を作り出している人間がサロスの言う“アオイ様”であるならば期待が持てないと舌打ちする。
「待てと言っているだろう!」
まだついてきている兵を振り切ろうとシオは周りを見て一番立派なテントへと走り出した。本陣の中を兵に追われながら走り抜けるシオを誰も咎めないことから、陸軍兵士がこの地を護ろうと思っていないように感じて拍子抜けする。
なんなんだと愚痴りながらテントが近づくと、その前だけ緊張感が漂い空気が変わり、陸軍とは違う制服を着た人間が入口を護っていた。
「どうした。なに者だ」
何事だと眉を潜めて腰に曲刀を差した男が誰何する。シオはそこで歩を止め准尉からの要望をアオイ様に直接伝えるようにと頼まれてきたのだと正直に答えた。
「要望は聞けないと准尉には答えたはずだ」
「そんなこと言われても行けって言われたからここまで戻って来たんだ」
手ぶらで帰れるかと返せば男は柳眉を逆立てて距離を詰めてくる。
「お前のような下々の人間とアオイ様が直接会うなど許可できない。さっさと持ち場に戻り戦え」
冷たい双眸に晒されてもシオは怯まなかった。簡単に口にされた、戻って戦えという言葉に腹の底が熱くなる。
「戻って戦えってことは、おれに死に行けって言ってるのと同じなんだぞ!解ってて言ってんだろうな!?どれだけあんたらの命に価値があるのか教えろよ!戦場で死んだ人間とあんたらの命のどこが違う!?」
「下らん」
男は感情の失せた顔で吐き捨て、シオを見下ろす。答えることが下らないのか、それとも質問自体が下らないと思っているのか。
やはりどんな場所でも、状況でも不可能なことは不可能なのだ。
サロスが戦場でならば例外もあると教えたことはシオに小さな希望を抱かせたが、やはり声は届かないし現状は変わらないのだと挫かれる。
でもここで諦めてしまっては今も戦っている人間たちは明日をもしれぬ運命を辿るだろう。シオがどれだけ声を張り上げて訴えても、少し先にあるテントにすら思いが通じることなど無いのだ。
「サロス准尉は、アオイ様が優しい方だとおれに言った」
苦しくて呻くように言った言葉に男が始めて表情を動かした。僅かに眉を緩めて目を丸くしたくらいの変化だったが、それが突破口になるのは間違いない。
「おれはずっとカルディアの人間は冷たくて、理不尽で不平等な欲深い奴らばかりだと思ってた。でも、サロス准尉はおれたちを仲間だと呼び、武器や食料を惜しまず与えて励ましてくれた。おれはあいつが苦手で、でもあいつはあんたらが蔑む人間たちの名前を憶えていて、死んだら悲しんでくれて、」
あの時塹壕を出る前にちゃんと説明して納得させればあの男は死なずに済んだだろう。面倒くさくてシオはその労力を割くのを止めた。その所為で死んだのだと山を登りながら己を責めて、そして名を聞いてやらなかったことを後悔した。
他に方法があったのにと努力を惜しんだせいで失われた命を悔やんだ。
だからもう逃げられない。
諦めて逃げ帰ることはできなかった。
せめて物資だけでも手に入れて、戦場で戦う人間の命を少しでも長らえさせてやりたいと思うし、そのために必死にならなければならない。
フラギの死を無駄にしない為にも。
死を以てシオに教えてくれたから。
「そんな准尉がアオイ様は優しい人だから、話せば解ってくれるはずだって言ったから」
それを支えにここまで来たのだと言い終える前に何故だが目蓋が熱くなってしまう。目尻から零れた涙をぐいと拳で拭っていると、目の前に立つ男がため息を漏らした。
「……直訴した所で変わるとは思えないが、お前の気は治まるだろう。こい」
背を向けた男の後を慌てて追う。入口の布を手で横に退けて中へと入ると大きな机の向こうに座った線の細い若い男が面を上げた。傷ひとつ無い美しい顔に澄んだ紺色の瞳が輝いている。優しげな面差しと、繊細さを感じさせる容姿はあまりにも戦場にあるには頼りなげだ。
「アオイ様、サロス准尉から使いの者が来て是非直接お話ししたいと」
「サロス准尉?」
細い眉を寄せて不審気な様子でシオを見る若い男がやはりアオイで間違いがないようだ。「用件は?」と問う声もどこか高く、大丈夫かと危ぶんでしまうシオの懸念も仕方がないだろう。
「物資と人員を回してもらいたい」
「それはできないと断ったはずだ」
「でも、それじゃおれたちは死んじまう。弾が無ければ敵を殺せないし、戦う人間がいなければあっという間に全滅する。そうすりゃこの戦争は負ける。それでもか?」
簡単なことだ。
考えなくても解ることで、戦線を維持するには物資と人員は必要なのだ。それをできないと断られては死ぬしかなくなる。
「負けることは赦されていない。最後まで戦い、必ず勝利を手にしなければならないのだ」
目を伏せて告げる無慈悲な声に、やはりこの男もカルディアの人間なのだと拳を握りしめた。
「なら弾を寄越せ。人員を回せ!それしか方法は無いだろうが!」
「できない」
左右に顎を振り再度否とつきつけられる。
ぶるぶると震える拳を必死で押え、ゆっくりと呼吸を整えた。
「あんたも、同じか」
希望の後の失望はとてつもない威力がある。底の見えない崖から突き落とされたかのような絶望感は何度味わおうとも慣れるものではないだろう。
怪訝そうな眼が「なにが?」と問う。
「おれたちが死のうが生きようが関係ないんだろう。そもそもおれたちが生きているとさえ認めてないんだから当然だろうな」
「そんなことは、」
「おれたちはただ、生きて帰りたいだけだ。だから嫌でも銃を手に戦ってる。国のためになんて考えてる奴は誰一人いない。それでも前線で命を張ってる人間よりも、カルディアの人間の命の方が尊いと思うのならおれたちにも考えがある」
負けることが許されていないというのなら自分が戦場に赴き戦えばいい。弾の無いライフルなど武器にはならない。そんな物も戦いも放棄してシオたちは他の方法を探して生き延びてやる。
戦場に戦う者がいなければ戦争にはならないのだから。
「……命に優劣などない」
シオが本気だと通じたのか、それとも緊張の糸が切れたのか。
感じやすい紺色の瞳を瞬かせてアオイは苦しげにそう呟くと右手で額を覆った。
「私も物資や人員を回してやりたい。だが、無いのだ」
物資も人員も。
搾り出された声に苦渋が満ちており、シオは目を伏せた。統制地区から連れてこられたらしい人間の数は少なかった。それならば軍の兵士を派遣してもらえばいいだろうと思ったが、シオには解らない世界のことだけにそうできない理由があるかもしれない。
ではどうすればいいのだ。
「なにか、方法は」
――――――ッイイ!
「なんだ!?」
初めて感じる耳への圧迫感。耳鳴りのような甲高い音が聞こえてシオは両耳を抑えて蹲った。鼓膜を小刻みに震わせ、同時に吸引されたかのように引っ張られる感じ。
長時間地下鉄に乗っている時に起こる現象と似ているが、それよりも異質で強力な音がする。
近くでは無く遥か高い場所から。
「どうしたのだ?」
不思議そうな顔でアオイが椅子を立ち、数歩近づく。その後ろに控えていた男が慌ててそれ以上近づくことを畏れて前を阻む。
「なにかが、来る?」
「なにか、とは?」
そんなことシオが聞きたい。
耐えられず外へと飛び出し音の発生源を探る。だがどこにもそれらしい物も、怪しい物も無くただ焦りと不安だけが煽り立てられていく。
「どこだ?なにが」
何度も唾液を飲み下して痛みを紛らせようとするがどんどん近づいて来るその気配と音にシオの神経が焼き切れそうになる。
昨日の雨が嘘のように晴れ渡った空の雲間からちらりと見えた鳥の影。
「違う!」
ゴオオオオオオッ――――。
なにが起きているのか解らないが危険なことは解った。シオは「逃げろっ!!」と叫んで注意を喚起するが、殆どの人間はぽかんとした顔でなにを言っているんだと放心している。
舌打ちをしてテントに戻り「ここは危険だ、山に逃げろ」と急かすと、アオイが困惑しながら男と共に外へと出てきた。
「あっちからなにか来る」
指差して見せるとアオイが目を凝らして雲の隙間を探す。その間にもどんどん音は近づき、シオはいてもたってもいられずにアオイの腕を掴むと山の方へと走り出した。
「おい!アオイ様をどこへ連れて行くつもりだ!!」
テントの周りにいた男たちが一斉に怒鳴りながら追ってくる。そのまま広場を突っ切って山の中へと飛び込むとアオイが足を取られてよろめいた。それに構わず引きずりながら木々の間を駆けて少しでも安全な場所へと向かおうと必死で足を動かした。
「ちょ、っと」
待って欲しいと懇願されたがまだそう離れていない。まだ安全ではないとシオの五感は警鐘をならしている。
「もう少し離れないとだめだ」
「でも、」
苦しくて、と続く声に重なるように風を切る音が上空で鳴り響き、大きな黒い影を森の中にも残して南へと向かって行く。
「――あれはっ!」
「なんだろうと構わないが、危ないのは解っただろ!」
首肯するアオイの腕を引き更に速度を上げた。
突如斜面の上で轟いた爆撃音にびくりと反応して視線だけを向ける。シオとアオイを追って来ていた軍とは違う制服を着た男たちも驚き赤い炎と黒煙を見て顔色を変えた。
シオは細い腕を掴んで誘いながらこれからどうすればいいのかと必死で考えながら山の中を進んだ。
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