四十七話 秘めていた想い

 ボロボロとなった二人がいたのは城ではなく、そこからある程度離れた森の中であった。

 そこから見える城には巨大な穴ができておりそこで魔力の爆発が起きたことが分かる。


 フワフワとした感覚の中、ボロボロになった体を認識した蒼佑は生きていることを不思議に思いつつ、それでももう長くないことを悟った。

 それは傍にいる魔王も同じであり、そのまま二人とも命の火が消えてしまえばこの大きな戦いが終わることを示していた。


 ふと、そんなボロボロとなった魔王と目が合った。お互いにぱちくりと目をしばたたかせた。


「ねぇ、勇者……空が、綺麗だね」


「だな」


 二人が無事なのはその強靭な肉体によるものと魔力による強化だが、それでも相当な衝撃が加わったようであちこちから血が吹き出している。

 肉体欠損も酷く、二人して足が動かない。


 だからこそ、仰向けになり空を見ることしかできず、魔王は蒼佑に話しかけた。彼もソレに答える。

 青く冴え渡る空がまるで嫌味なほどに、れとしていた


「これで魔王としてもおしまい。せめて普通に生きられたら良かったのにね」


「ははっ、同感だ。俺も勇者じゃなかったら……そういや、どうなったんだろ?」


「あははっ、なにそれ」


 まるで悔いるような物言いだが、その雰囲気はとても明るく清々しいものであった。

 蒼佑も勇者じゃければ良かったと思ったようだが、むしろこちら側の方が大変ではあったものの仲間に恵まれていることを考えると必ずしもそう言えず、なんとなく疑問を口すると魔王は明るく笑う。


「ホントはね、魔王なんて向いてなかったんだ。皆の命とか背負っちゃってさぁ、重いよ」


 それは彼女の胸の内にあった不満。重すぎる責任にそうボヤく。

 蒼佑はただその言葉を静かに聞いていた。


「せめて恋とかしてみたかったけど……最期に良い人と会えたから、それで良かったのかもね」


 魔王がそう言いながらギリギリ動かせる手で彼の手を握った。急にそう言われ彼はポカンと首を傾げている。


「ねぇ、名前教えて?私はソフディスって言うんだ」


「俺は……ソウスケ」


 よいしょよいしょと言いながらソフディスが彼の元に腕だけで向かう。その下半身は酷い損傷のためもう使えない。

 ちなみに蒼佑は動かせて右手と首 程度だ。

 彼の元に辿り着いた彼女はそのまま覆い被さる。


「もし魔王じゃなかったら、きっとソウスケと良い出会いができたと思う。だってこんなに素敵なんだもん」


「そうなのか?」


 戦う前から、なんとなくソフディスが蒼佑から感じていたその雰囲気に惹かれていた。もはや命尽きる一歩手前となった今、それをどれだけ前面に押し出したとしても問題はない。

 彼女はせめて死ぬのならと、自分らしさを表すことに決めた。


「そうだよソウスケ……ちょっと早いけど、私を殺してくれてありがとう。ずっと辛かったから、卑怯だけどやっと逃げられる」


「そりゃ卑怯かもな……でも、そんなものか。誰だって重すぎる責任なんて辛いだけだろうし」


 魔王としての責任と、勇者としての使命を背負った二人だからこそ、その肩書きの重さを知っている。

 二人とも心の底では、ソレに悲鳴を上げていた。


「ふふっ、やっぱりソウスケも同じだったんだ。私たち似た者同士かもね」


「そんな訳あるか、俺は民の命まで背負っちゃいない。ソフディスほど重くはないよ」


「またまたぁ、ソウスケだってたくさん殺したでしょ。ほんとは辛かったんじゃない?誰も殺しなくないのにって」


 見透かしたようにソフディスは言った。それが当たっているからこそ、蒼佑は沈黙を貫いた。

 それは肯定の意を示していたことを、彼女はすぐに察した。


「……ねぇソウスケ。私のこと、ソフィって呼んでくれない?……普通の女の子として、そばにいて欲しいの」


 ソフディスは蒼佑の手を握りながらそうねだった。慈しむように彼の頬を撫でるその表情には愛情さえ感じられた。


「……あぁ、分かったよ。ソフィ」


「っ……嬉しいよ、ソウスケ」


 まどろみの中、掠れた声で最期に蒼佑は彼女ソフィの名前を呼んだ。

 その時聞こえた彼女の嬉しそうな声、そして唇に感じた柔らかい感触。

 そうして物言えぬ彼にソフィは言った。


「愛してるよ、ソウスケ」


 彼の意識が無くなるとし、愛おしそうに呟く声が聞こえた。

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