三十三話 紅美への実刑

 どうしようもない状況にある紅美くれみは今、チュリカたちに呼び出されここマハラにある広場に連れてこられた。

 そこには蒼佑そうすけ幸多こうたらのパーティもいた。


「えっと、アタシは……」


「お前は知らなくていい」


 皆に囲まれ困惑した彼女は事態が飲み込めず困惑しているが、チュリカに冷たく突き放され口を噤む。

 しかしチュリカはその手には土塊でできた杖を握っており、彼女が何やらを念じると土の柱が紅美の後ろに突如現れ、彼女を括り付けた。


「安心しろ、殺しはしない」


 チュリカがそう告げ杖を掲げる。何かが起こることは誰の目からも分かった。

 彼女がその杖を振り下ろしソレを勢いよく地面へと突き立てた時、紅美を括る柱から出た杭のようなものが紅美を貫いた。


「ギッ……ア''ぁァ……」


 それはギリギリ急所を避けたものであったが、彼女はあまりの痛みに呼吸困難になる。

 もはやその口から出てくるのは声にすらならない奇声であり血反吐を吐いている。


 しかししばらくして土杭が消えサラが傷を癒した。彼女の回復魔法によるものだ。


「これからしばらく、お前には反省の時間をやる……この時間が無駄にならないといいな」


 恐ろしいほどに冷たい声と何も映さないほどに暗い瞳でチュリカが言った。それは一片の慈悲さえ見えない断罪であった。

 死なない絶望と死への恐怖が同時に紅美を襲った。



 繰り返し繰り返しその胴を貫かれてはサラによる回復魔法で傷を治される。

 永遠と感じるほどに続いたソレを終えた時、周囲は酷い血模様ちもようであった。

 ギリギリ失血死をしないラインを考えれば、これをもってこの断罪を終了するしかない。


 チュリカが鼻を鳴らすと手に持つ杖が塵と化して紅美をしばる柱が塵と化した。

 支えの無くなった紅美が地面にドサッと音を立てて落ちた。

 瞼を薄く上げ意識をギリギリ保つ彼女に蒼佑とチュリカが近付く。


「懲罰の時間は終わりだ。お前には眷属化の影響もあって敵に回ることもあるだろうが、お前自身の意思で敵に回らないようになるといい……そう思っている」


 例の魔族が危険な状態になれば、紅美自身の意思に関わらず体が勝手に助けに行ってしまう。

 そうなれば、その魔族と戦っている相手との敵対は避けられず、それが蒼佑である可能性は大いにある。

 チュリカがその意図でもって語っている中、蒼佑は紅美を担いだ。


「ぁ……はや……ぶさ……」


「喋るな、死ぬぞ」


 それに気付いた彼女が蒼佑に話しかけるが、傷自体は塞がっているとはいえ危険な状態の紅美に無理をするなという意図で蒼佑は言った。


「……ソウスケ、そいつを寝かしておいで」


「分かった」


 そんな彼に、チュリカは優しい声でそう言った。


 紅美を寝かし、監視の意味も兼ねて彼女の隣でこれからのことを考える蒼佑。

 そんな彼の元にやってきたのはチュリカであった。彼を後ろから抱きしめるように首元に腕を回し、彼に体を預ける。


「悪いけどこれはケジメだから、それは理解して欲しい」


「分かってる。俺の方がワガママ言ったんだ、むしろそれに応えてくれた皆には感謝してる」


 仲間とは言えないにしても、ある種同胞ともいえる人物をここまで痛めつけたことで蒼佑の心情を心配したチュリカの声は彼を労るものであった。

 しかし蒼佑も自分勝手なことは理解していた。

 だからこそ今回の事は受け入れている、それくらいの精神は持ち合わせていたようだ。


「そっか……でも、あれだけ敵意を向けられて尚そこまで守ろうとするのは、どうして?やっぱり同郷だから?」


「そう、だな……それに五年前は、誰にも優しく出来なかったから」


 それは彼の後悔であった。

 殺伐とした雰囲気を纏っていた彼は自分が無意識に仲間に冷たい態度をとっていたと思っている。

 度重なる戦いに加え人の悪意で命を狙われ続けていた彼の目つきはあまりにも鋭かった。

 それはまるで切っ先のように。


 だからこそロックたちには強い感謝の念を抱いている。それはチュリカたちに対してもそうだった。


「だから、俺はもう少しだけ優しく在りたい……そう思ったんだ」


「そう……でも、これだけは言わせてほしい」


「なんだい?」


 チュリカは、彼の蒼佑の頭を撫でながら言葉を続ける。


「ソウスケは、あの時からずっと優しい。みんな知ってる」


 仲間に対して冷たいと思っていたのは彼だけだ。周囲の人々は蒼佑なりに優しく在ろうとしていることは知っている。

 その努力は確実に皆に伝わっていた。


 それに当時の彼はまだ十二歳だ、彼が既に求められていることの大きさがあまりにも酷なほどで、誰もがそれ以上を求めないどころか頼って欲しかったほどだ。

 子供でありながら未来を背負わせ、危険な場所へ送り込んだ挙句悪意に塗れさせたのは残酷ことだった。

 それなのに優しさを求めるなど、それは愚行に他ならないことを皆は知っていた。


 蒼佑が優しく在ろうとしているのは、ただの自戒から来る努力である。

 

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