十七話 先代を知った勇者は何を思う

「えっ…蒼佑そうすけ……?」


 互いに抱きしめ合う姿を親友とも言える男に見られたことで顔を赤くする幸多こうた


「えっ……ソウ、スケ?」


 幸多が発したその名を聞いたものの何が起きたのか理解が遅れているアシュリー。


 そして、物言わぬ蒼佑。


「………………邪魔したな」


 しばらく黙りこくっていた蒼佑は苦し紛れそう言って踵を返した。聞こえてきた恐ろしく低い声。

 彼の顔色は悪い。


「待って!ソウスケ!」


 幸多を振り払い蒼佑の元に駆け寄るアシュリー。

 一瞬は気が付かなかったものの、かつて愛していた彼の面影と今の彼に結び付けるのはそう難しいことではなかった。

 長く彼を待っていたが、このような形で再会するなどと一体誰が予想できたというのか。


「……ごめんアシュリー、ずっと待たせてたもんな」


「違うの!コウタとは別にそんなんじゃなくて!」


「えっ、それはどういう……」


 意味深なことを言う二人を見て困惑する幸多。彼こそもっとも不憫な人物であろう。

 なにせ初恋の相手が自分の親友と既にただならぬ関係にあり、いまさっき抱き合って初恋が叶ったと思った矢先にその関係を否定されたのだから。


「そんな関係じゃないのに抱き合うわけないだろ、変な気を遣わなくていい……じゃあな」


 そう言って彼は扉を開けて出ていってしまった。

 強い拒絶をその背中に宿らせたまま。


「いやぁぁぁぁぁっ!」


 ただ、その拒絶を受けたアシュリーは膝から崩れ落ちることしか出来なかった。




 中から聞こえてくる声は薄らとだったが、外にいた面々はきっと感動的な再会を果たしているとそう信じて疑わなかった。

 しかし酷く表情を曇らせていた蒼佑を見て、それが間違いであるとすぐに理解する。


「用は終わった、すぐあっちに戻るぞ」


「っ……ソウスケ…?」


 彼の様子を見た メリーナを除く 皆は驚愕した。ゾッとするほどに鋭くなった目に複雑な感情を読み取ったのだ。

 足早にその場を立ち去る彼に困惑しながらも着いていく皆。蒼佑の目を見た彼らはかつて旅をしていた頃を思い出していた。

 初めて人を手にかけ、恐ろしいまでに気が立っていたあの時を。


 蒼佑の胸の内、様々に入り乱れた感情。その中でも大きかったのは悲しみである。

 そして彼らはすぐに分かった、アシュリーは他の男と結ばれていたのだろうと。



 涙を流しながら膝を抱えて丸まったアシュリーを見て心配する幸多。

 しかし彼はただ寄り添うことしか出来なかった。


 しばらくして外から戻ってきた夢愛ゆめたちがその状況に困惑したが、幸多から事情を聞いて驚いた。

 しかし、置いてきぼりにされたままの幸多は立ち去っていく蒼佑を止めることはできず、困惑から覚めた頃には既に手遅れだった。



 次の日、未だ立ち直らないアシュリーがようやく口を開いた。


「ソウスケは、前の勇者…」


 悲しみをたたえながらそう告げた彼女に皆が一様に絶句した。


「アタシの、大好きな人……まさか戻って来てくれるなんて、思わなかったぁ……」


 別の世界から来るなど、本来ならばありえないことなのだ。予想することさえありえないほど。

 それが、こんな形になるなどと夢にも思うわけが無い。


 再び涙を流す彼女に誰もが口をつぐむ。


 探していた親友とも呼べる男が元勇者であった上に、自分の初恋の相手が彼を好いていたことに驚愕と悲しみが混じった感情に包まれる幸多。


 また、夢愛ゆめも似たような感情だった。

 もっとも、彼女は既に蒼佑と結ばれることはない。

 その事を知る由もない彼女はどうすればいいのかと頭を抱えた。アシュリーが恋敵になったことと、自分の大好きな人が元勇者だったこと。


 紅美くれみは、今まで目の敵にしていた男が自分より遥かに強い存在であったことを未だに信じられず、どうせ大したことがないだろうと必死に思い込んで自分の心を落ち着かせていた。


 そしてグリエラは、自分の想定が当たってしまったことで恐怖に体を震わせていた。

 もしかしたら戦わなければならないかもしれないと。

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